感染症について −手洗いの励行とワクチン接種を−
病院医療相談開発部 佐久間 肇



1.感染予防とは
 感染予防というのは、自分に感染させないということと、他に感染を広げない、 ということの両面があります。流行性結膜炎やインフルエンザなどに感染した場合は、 他人に感染させる危険を考え、一定期間仕事もきちんと休むという決断も必要です。

2.感染の経路
 感染経路には、空気感染、飛沫感染、接触感染、一般媒介物感染、昆虫媒介感染 があります(図1)。


図1.感染経路
■空気感染 感染病原体を含む飛沫核(5μm以下)が空中を浮遊して感染する
■飛沫感染 くしゃみ、咳、吸引時の飛沫(5μm以上)が鼻粘膜や、口腔粘膜に付着して感染する
■接触感染 a)直接接触感染:菌が直接接種されて感染する
b)間接接触感染:汚染器具などを介する感染
■一般媒介物感染 汚染された食物、水などによって伝播する
■昆虫媒介感染 蚊、ハエ、ネズミなどが媒介する感染

3.感染予防策(図2)
 感染防止の基本として、血液や痰などの生体にかかわるすべての「湿性物質」 を感染性とみなして対応するという概念で、「標準予防策(standard precaution)」 というのがあります。感染防止の最も基本的な対策になるものです。
 そして、この標準予防策がとられたうえで、特異的な感染経路を示す疾患に対して 「感染経路別予防策」を追加適応する二段階の感染予防対策が推奨されています。
 標準予防策と組み合わせて実施されるこの感染経路別予防策は、疾患と病態に 応じた感染経路の遮断を目的としていて、病院における感染予防策の基本となります。


図2.感染予防策
■標準予防策(standart precaution)
■感染経路別予防策  
  (1)空気感染予防策
  (2)飛沫感染予防策
  (3)接触感染予防策

(1)標準予防策
 標準予防策は、感染症の病態にかかわらず、すべての患者のケアに際して適用されるもので、 血液やその他の体液への接触を最低限にすることを目的に、全ての患者の汗を除く(1)血液、 (2)体液、(3)粘膜、(4)損傷した皮膚を、感染の可能性がある対象として対応することで、 患者さんと医療従事者双方における感染の危険性を減少させようとするものです。


図3.標準予防策
■手洗い
■手袋
■マスク、ゴーグル、ガウンの着用
■注射針や血液付着物の処置
■職員安全対策

 標準予防策の基本は「手洗い」です。
 あらかじめ血液や体液に触れる危険が予測されれば、さらに手袋を着用します。 そして、感染あるいは汚染の広がりが予測されれば、マスク、ゴーグル、ガウンの 着用が勧められます。
 さらに、病院では、使った注射器や処置具についての事故防止を含めた廃棄方法 や消毒法の配慮などがあり、職員に対する安全教育や知識の普及、ワクチン接種の 推奨なども予防策に入ってきます。(図3)
 手洗いは、石けんと流水による手洗いが原則です。とくに、血液とか体液など 湿性生体物質に触れた後、明らかに触れていなくても患者のケアの前後、手袋を はずした後の手洗いが重要です。通常は、普通石けんと水による手洗いでもしっかり と洗えば十分ですが、さらに、手の除菌を図るためには、抗菌性石けんと流水による 手洗いまたはアルコール含有速乾式手指消毒薬の使用が優れていて、病院では こちらが用いられます。
 マスクには種類が多くありますが、一般には使い捨ての紙マスクでも十分ですが、 後述する空気感染などの予防には、N95微粒子用マスクなどが使われます。

(2)空気感染予防策
 空気感染というのは、微生物を含む直径5ミクロン以下の微小飛沫核が、長時間 空中を浮遊して、空気の流れによって広範囲に伝播される感染様式をいいます。
 結核、水痘、および麻疹などがあります。
 空気感染予防策には、病院では個室管理、空調設備の完備は不可欠で、対象患者 を管理する病室は、周辺の環境よりも陰圧にして、すべての供給空気を新鮮外気 とする全外気方式が望ましいとされています。
 感染患者が多数発生した場合には、多床室や病棟全体を使用して集団隔離または コホーティングがなされる場合があります。コホーティングとは感染患者をグループ としてまとめ、同じ看護スタッフがケアにあたることで、領域全体を周囲から区別 する管理法です。
 患者が病室外に出ることは、感染の拡大という観点から制限されますが、病室外 に出るときは必ずマスクを着用して、咳時にはタオルで口を覆い飛沫を発生させない ことなど、患者が守るべき空気感染予防策の教育も重要になります。
 医療従事者あるいは家族が部屋に入るときは.タイプN95微粒子用マスクを着用します。 タイプN95微粒子用マスクは0.1〜0.3μmの微粒子を95%以上除去できる性能を有します。 このマスクは通常数週間から数カ月有効で、機能する限り再使用してよいとされます。

(参考)
 空気感染する疾患の代表として、結核について少しお話します。
 かつて「国民病」と言われた結核も、医療や生活水準の向上のおかげで、きちんと 治療すれば完治する時代になっていますが、結核は今もわが国最大の感染症といえます。
 結核がなかなか減少しない原因としては、人口の高齢化、集団感染の増加、 ホームレスの方などのハイリスク集団の問題、耐性菌の出現など多くの問題点が 考えられます。
 1999年には、当時の厚生大臣が、「結核緊急事態宣言」を出したように、決して過去の ものではなく、実際に日本の結核患者数は増えています。1970年代まで順調に減少してきた 結核罹患率ですが、80年代に入って減少率の鈍化を示して、さらに逆転増加傾向を示した ことから、1999年当時の厚生省が、「結核緊急事態宣言」を発したわけです。
 また、外国と比較すると罹患率では1960年代前半のオランダに匹敵するレベルで、 30年以上も遅れている状況といわれて、日本は、WHOから結核の「中蔓延国家」とされて います。
 肺結核は、長引く咳・痰、持続する微熱や体重減少、胸痛などの症状で医師を受診して、 胸部レントゲン検査や喀痰の培養検査などによって診断されます。
 結核に感染すると、すぐに発病する場合もありますが、ほとんどは体の抵抗力で 結核菌を押さえ込んでしまうので発病せずに経過して、感染に気づかないでいる 場合があります。
 若いころ結核が流行していた世代の人は、結核菌が肺の中で眠っていて、体力・抵抗力 が低下したときに顔を出します。糖尿病や人工透析、大きな手術などで体力が弱ってくると、 発病するケースが増えています。
 BCG接種を受けている若い人も、「絶対に大丈夫」とは限らないことは覚えておいて いただきたいと思います。BCG接種で身に付いた免疫力は、10年から15年位の予防効果と 言われています。結核に感染する機会が減ってきた現状では、未感染者の比率が高く なっているので、一旦結核患者が発生すると集団感染となっていく危険があります。

(3)飛沫感染予防策
 飛沫感染というは、咳、くしゃみ、会話、気管吸引などに伴って発生する飛沫が、気道の 粘膜に付着して病原体が感染することをいいます。飛沫直径は5ミクロンより大きいので、 飛散する範囲は約1m以内とされていて、床面に落下するとともに感染性はなくなります。
 飛沫予防策が適用されるものには、ジフテリア菌、マイコプラズマ、溶血性連鎖球菌、 インフルエンザ菌や髄膜炎菌による髄膜炎、インフルエンザ、流行性耳下腺炎、風疹などです。
 飛沫感染は空気感染と同様に経気道感染ですが、空気感染と比較して病原体の拡散範囲が 小さいので、病室のハード面においては特殊な空調や換気システムは必要ないとされます。 患者の処置およびケアに関する事柄は、患者の行動範囲の制限が緩徐になっていること以外、 空気感染の予防対策とほとんど同じ対応をします。
 医療従事者は患者から1m以内での医療行為を行う際には、サージカルマスクまたは ガーゼマスクを着用します。空気予防策に用いられるタイプN95微粒子用マスクは不要です。

(参考)
 飛沫感染する疾患として、インフルエンザについてお話し致します。(図4)
 インフルエンザは風邪に似た症状を呈しますが、より症状が重く、突然の38度以上の 発熱での発症、上気道炎症状、全身倦怠感などの全身症状が特徴です。鼻粘液、咽頭粘液 などを用いて迅速診断が可能なキットも出ています。


図4.インフルエンザ
■インフルエンザウイルスにはA、B、Cの3型
■感染を受けてから1〜3日間ほどの潜伏期間
■発熱(通常38度以上の高熱)・頭痛・全身の倦怠感・筋関痛などが突然現われ、 咳・鼻汁などの上気道炎症状がこれに続き、約1週間の経過で軽快するのが典型的
■ハイリスクグループ(高齢者、慢性呼吸器疾患患者、循環器疾患患者、 免疫機能低下患者など)には積極的にインフルエンザワクチンを接種

 学校保健法では、「解熱した後2日を経過するまで」をインフルエンザによる 出席停止期間としておりますが、職場復帰の目安については決まったものがありません。 しかし、インフルエンザ罹患後には体力等の低下もありますので、無理をせず、十分に 体力が回復してから復帰するのがよいと考えられます。
 予防の基本は、流行前にワクチン接種(図5)を受けることで、欧米では一般的な 方法になりつつあります。わが国でも年々ワクチンを受ける方が増えてきています。 また、インフルエンザにかかった場合に重症化する可能性の高い人には特に、 ワクチンの接種は重症化防止の方法としても有効とされます。
 ワクチンの効果は、年齢、本人の体調、そのシーズンのインフルエンザの流行株と ワクチンに含まれている株の合致状況に寄っても変わりますが、ワクチンの接種を 受けないでインフルエンザにかかった65歳以上の健常な高齢者について、約45%の発病 を阻止し、約80%の死亡を阻止する効果があったと報告されています。特に65歳以上 の方や60歳から64歳で基礎疾患を有する方(気管支喘息等の呼吸器疾患、慢性心不全、 先天性心疾患等の循環器疾患、糖尿病、腎不全、免疫不全症など)では、 インフルエンザが重症化しやすいので、かかりつけの医師とよく相談のうえ、 接種を受けられることが勧められています。


図5.インフルエンザワクチン
■現在のワクチンには、A型2種類およびB型1種類が含まれる。
■ワクチン接種による有効な免疫の防御レベルの持続期間はおよそ5ヶ月。
■副反応は一般的には軽く、10〜20%で接種した場所の発赤、腫れ、痛みなどがあるが、 2〜3日で消失する。全身性の反応としては、5〜10%で発熱、頭痛、さむけ、 体のだるさなどがあるが、2〜3日で消失する。
■ただし、2003年度にワクチンの副作用と疑われる死亡例として厚生労働省に 9件の報告あり。(3000万人が接種を受けた)


 現在のインフルエンザワクチンには、A型2種類およびB型1種類が含まれていて、 いずれの型にも効果があります。
 ワクチン接種による免疫の防御に有効なレベルの持続期間はおよそ5ヵ月となって いるので、毎年流行シーズンの前に接種することが勧められます。
 一般的にはワクチンの副反応は軽く、10〜20%で接種した場所の発赤、腫れ、痛み などをおこすことがありますが、2〜3日で消失します。全身性の反応としては、 5〜10%で発熱、頭痛、さむけ、体のだるさなどがみられますが、やはり2〜3日で 消失します。ワクチンに対するアレルギー反応として湿疹、じんましん、発赤とかゆみ などが数日見られることもまれにあります。
 ただ、新型肺炎(SARS)の不安や在庫不足騒動で約3千万人がインフルエンザワクチン を接種した2003年度には、ワクチンの副作用と疑われる死亡例として前年度の2倍近い 9件が厚生労働省に報告されています。

(4)接触感染対策
 接触感染というのは、患者との直接接触あるいは患者に使用した物品や環境表面 との間接接触によって成立します。接触予防策はこのような経路で伝播しうる疫学的に 重要な病原体に感染あるいは保菌している患者に対して適用されます。
 適用される病原体あるいは疾患には、急性ウイルス性結膜炎、新生児あるいは皮膚粘膜 の単純ヘルペスウイルス感染症、MRSA、VRE等があります。
 感染患者との接触を制限するためには個室隔離が望ましいのですが、病院の建築上の 問題や医療従事者の数からすれば、すべての接触予防策の対象患者を個室隔離と することは不可能です。したがって、コホーティングはやむを得ない処置とされます。
 急性ウイルス性結膜炎など感染力の強い病原体では個室隔離あるいはコホーティング が必要ですし、また、排菌量が多くかつ排菌部位を覆えないMRSA排菌患者、VREなどの 耐性菌の排菌患者なども、優先して個室隔離すべき患者です。一方で、排菌量が少なく 保菌状態の患者は、対象病原体に対する易感染患者と同室でなければ、個室隔離の必要性 は薄いと判断されます。病院の実状に合わせて優先順位が考えられているのが現状です。
 患者の外出は控えることが望ましいのですが、室外に出るときは手洗いを十分行うこと、 病院の環境に触れないよう注意することなど、患者が守るべき接触予防策を教育しておきます。

(参考)
 MRSAは、感染の部位によっては必ずしも接触感染のみではありませんが、ここで、 簡単に紹介します(図6)。


図6.MRSA
■MRSAはMethicillin-Resistant Staphy lococcus aureus (メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の頭文字
■基本的に弱毒菌で、体の抵抗力がしかっかりあれば重症化することはない
■重症化するのは
  (1)無菌室が必要になるくらい抵抗力が低下した場合
  (2)大手術の後
  (3)重症の熱傷(やけど)を負った場合
  (4)血管内にカーテルを長時間入れている場合、など
■重症化すると、敗血症、髄膜炎、心内膜炎、骨髄炎などに陥って死亡する 事も少なくない

 黄色ブドウ球菌は非常にありふれた菌で、私たちの髪の毛や皮膚、鼻の粘膜、口腔内、 傷口などによく付着しています。しかし、黄色ブドウ球菌は、基本的に弱毒菌のため、 私たちの抵抗力がしっかりあれば、特に重症化することはありません。
 MRSAはこの黄色ブドウ球菌の仲間で、性質は黄色ブドウ球菌と一緒なのですが、 耐性遺伝子というものを持っています。これにより、抗生物質が効きにくくなって 治療が思うように進まなくなります。重症化すると、敗血症、髄膜炎、心内膜炎、 骨髄炎などに陥って死亡する事も少なくありません。
 特に、抵抗力が極端に低下した場合、大手術の後、重症の熱傷を負った場合、 血管内にカテーテルを長時間入れている場合などに重症化するといわれます。

4.針刺しや切創、皮膚・粘膜汚染事故
 この場合に問題になるのは、主に、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス (HCV)、およびヒト免疫不全ウイルス(HIV)などで、これらは血液や体液が直接 ヒト体内に入ることにより伝播するもので、基本的に血液を介する感染症として 一括した感染対策が必要となります。
 針刺しなどの汚染事故防止のためにもっとも注意すべき点は、針その他の鋭利な 器具による刺傷・切傷の防止です。とくに、使用済み針は感染症の有無にかかわらず、 原則としてリキャップをしないで使用した状態のまま(針の取りはずしをしない)、 ただちに堅固な医療廃棄物容器に廃棄します。医療廃棄物容器については、廃棄物が 容易に取り出せないような構造であることが望ましいとされます。また、最近は リキャップ不要のさまざまな工夫と汚染事故防止機能が付いた巽状針、静脈留置針、 採血針、注射器などがあります。そして、血液や体液などの接触時には手袋を 着用します。
 また、血液や体液などによる汚染事故が発生した場合の具体的な対応を文章化して 周知徹底することが重要です。


図7.針刺し・切創、皮膚・粘膜汚染の事故に 遭遇した場合の対処
■施行していた医療行為などをただちに中止し、血液・体液を流水または 大量の水により洗浄、除去する
■ただちに上司あるいは感染対策のスタッフに報告する (必要な迅速な対応は病院が行う)
■汚染事故の状況や事故者の感染状況に応じて追跡検査は 少なくとも6ヶ月間行う(病院)

 しかし、これらの予防対策にもかかわらず不幸にも針刺し・切創、皮膚・粘膜汚染の 事故に遭遇した場合(図7)は、まず直後の対処として、施行していた医療行為などを ただちに中止し、血液・体液を速やかに除去することが重要です。このためには流水 または大量の水による洗浄を行います。可能であれば消毒薬による消毒を行います。 この場合、ポビドンヨード(イソジン液)や消毒用エタノールが適しています。
 事故後の対処は、血液や体液などに曝露した場合は、ただちに上司あるいは感染対策 のスタッフに報告しますが、とくに迅速な対応の必要な事故直後の対策は病院が行う ことになります。そして、汚染事故の状況や事故者の感染状況に応じて、追跡検査は 少なくとも6カ月間行われます。

(参考)
 ウィルス性肝炎とヒト免疫不全ウィルス感染症についてお話し致します(図8)。
 ウィルス性肝炎は、その伝播の仕方から伝染性と血清肝炎型に分ける考え方があります。
 伝染性肝炎型の病原ウイルスは、経口感染をするタイプであり、A型肝炎ウイルス (HAV)とE型肝炎ウイルス(HEV)が同定されています。このうち、HEV感染は、 最近、日本でもイノシシ肉の食後の発症など報告がされつつありますが、少数が 見出されているに過ぎず、現在わが国では、HAV感染のみが実際には対策の対象 となります。
 HAVの感染例では、ウイルスは発病前から病期にかけて糞便中に排出されて、 血液中にも存在しますが、HAVが原因となって院内感染が発生することは、通常 ありません。


図8.肝炎のウィルス
肝炎のタイプ 感染経路 キャリア状態の有無 病原ウイルス
伝染性肝炎型(A型肝炎類似群) 経口 A
E
血清肝炎型(B型肝炎類似群) 血液 B C
D

 血清肝炎型の病原ウイルスは、主に血液を介して感染するタイプで、B型肝炎ウイルス (HBV)、D型肝炎ウイルス(HDV)、C型肝炎ウイルレス(HCV)が同定されています。 このうち、HDVはHBV感染例にのみ感染が成立する不完全ウイルスといわれるもので、 わが国では感染例は少ないので、実際上HBV、HCV感染が対策の対象となります。
 HBV、HCVはウイルス血症の血液が感染源となるため、医療従事者が感染する危険が 高く、感染予防対策が必要になります。急性の経過で治癒することが多いHAVとは 異なり、HBVやHCVの感染は肝炎が慢性化することが多く、進行すれば肝硬変、 さらには肝臓癌の合併など重大な結果に陥ります。
 B型肝炎ウィルスのマーカーの一部は、健康診断でも比較的おなじみのものです。 HBs抗原は感染性の指標として重要で、肝炎の経過でこれが消失してHBs抗体が 出現すれば治癒に向かっていることになります。HBワクチンは、このHBs抗体を 体内に作り出すことを目的に接種されます。C型肝炎のウィルスマーカーとしては HCV抗体がありますし、また、HIVについても抗体があり、測定が可能です。
 HBV、HCV、HIVの抗体検査の他に、現在は、核酸増幅検査(NAT)というのがあって、 ウィルスの核酸の一部を試験管内で1億倍くらいに増幅して、高感度にウィルスを 検出しようという検査が行えるようになってきています。これによる献血のチェック により輸血の安全性が上がってきていますが、それでも、感染から早期の時期では、 検査で検出できない時期があります。こういう検査で検出できない時期を、 ウィンドウ期と言っています。このNATを用いても、感染後、HBVで約1カ月、 HCVで3週間、HIVでは約2週間は検出が困難であり、このウィンドウ期の血液が 輸血されれば、感染の危険から逃れられないことになります。
 HBV、HCV、HIVの感染者には、図9のような内容の感染予防について指導しています。


図9.HBV、HCV、HIVの感染者への指導
(1) 出血時の注意
  傷、皮膚炎あるいは鼻出血はできるだけ自分で手当てをし、 また手当てを受ける場合には、他人に血液がつかないように注意する。
(2) 日用品の専用
  カミソリ、歯ブラシ、タオルなどは専用とする。
(3) 供血の禁止
  輸血のための供血をしない。
(4) 乳幼児に接する時の注意
  乳幼児に、口うつしに食物を与えない。
(5) 月経時の処置
  月経時の処置に際しては、処置後に手指を流水で十分に水洗する。
(6) 排尿、排便後の処置
  排尿、排便後は手をよく水洗する。
(7) 汚物等の処理
  分泌物などの汚物は、ただちに便所に捨てるか、密封して廃棄する。
(8) 定期検診
  医師の指示に基づき定期的に肝機能検査等を受ける。
(9) HBVキャリア
  その婚約者および生活をともにする家族では、 HBs抗体陰性者についてはHBワクチンによる予防を考慮する。

 そして、過去のいわれのない差別を生んだ反省から、一般の方には、 このようなことでは感染しません、ということも強調されます(図10)。


図10.このようなことでは感染しません
■ウイルスに感染している人と握手した場合
■ウイルスに感染している人と抱き合った場合
■ウイルスに感染している人とキスした場合(唾液では感染しない)
■ウイルスに感染している人の隣に座った場合
■ウイルスに感染している人と食器を共有した場合
■ウイルスに感染している人と一緒に入浴した場合等

 そして、不幸にも血液を介した事故で感染の危険に陥った場合は、 図11に示すような対応をします。


図11.血液事故感染の対応
■HBV感染に対しては、HBs抗原・抗体陰性者を対象としてHBs抗体含有免疫グロブリン (HBIG)およびHBワクチンを投与する。
 汚染事故感染率は約30%。
■HCV感染に対しては、特異的な予防法がない。感染の可能性は極めて低率(約2%)で、 発病しても、30%〜40%が自然治癒する。
■HIV感染に対しては、感染リスクが高いと判断されれば抗HIV薬(ジドブジン、 ラミブジン、ネルフィナビル)の内服を開始する。(副作用もあり、専門医との相談が必要)
 汚染事故感染率は0.2〜0.5%。

 HBV感染に対しては、原則として、HBs抗原・抗体陰性者を対象として事故発生後24時間 (遅くとも48時間)以内に高力価HBs抗体含有免疫グロブリン(HBIG)およびHBワクチンの 投与によりB型肝炎の発症を防止する必要があります。
 一方、HCV感染に対しては特異的な予防法がありません。そして対応としては2〜4週毎 の肝機能(GOT、GPT)およびHCV抗体などの明検査を6ヵ月まで続け、感染および肝炎の 発症がないかどうかを確認します。感染が成立する可能性は極めて低率(約1%)です。 万一発症した場合には6〜12ヵ月間経過をみて、慢性化の可能性がある場合にはインター フェロン治療を考慮します。なお、発症しても、30%〜40%が自然治癒する可能性があると いわれています。
 HIV抗体陽性血液や体液などによる汚染事故では、事故者はただちに抗HIV薬服用の是非 を専門医と相談して決定する必要があります。抗HIV薬として、通常ジドブジン(レトロビル)、 ラミブジン(エビピル)、ネルフイナビル(ビラセプト)の3剤を併用して、可能であれば 4週間継続します。そして、事故者は原則として汚染事故直後、6週後、3カ月後. 6カ月後および1年後にHIV抗体の追跡検査を受けます。HIVによる汚染事故の感染率は 0.2〜0.5%で、HBVやHCVの場合と比べ低いことが知られています。

5.ワクチン
 血液や体液などに曝露される可能性のある医療従事者や職員は、採用時あるいは健康診断時に あらかじめAST(GOT)・ALT(GPT)、HCV抗体、およびHBs抗原、HBs抗体の検査を受け、 その結果を認識する必要があります。そして、HBs抗体を持っていない者は、できるだけ 職場でのB型肝炎(HB)ワクチン接種を受けておくことが勧められます。HBワクチン接種を 受けることによりHBVによる感染の防御が可能となります。1シリーズで3回の接種 (初回・1カ月後・3〜6カ月後)を受けます。
 また、大勢の人を相手に仕事をする職場では、季節がきたらインフルエンザワクチンの 接種を受けておくことも勧められます。
 現在、図12に示すようなワクチン接種が国内で接種可能です。海外に出る場合などは、 目的地の状況によっては出発前に、例えば、A型肝炎のワクチンを受けておくなどの予防も 有用です。
 これを機会に、今までに自分が受けているワクチン接種、今後受けるべきワクチン接種 についても是非確認して下さい。


図12.日本で受けられるワクチン
【定期接種】 生ワクチン
   BCG
   ポリオ
   麻 疹(はしか)
   風 疹
不活性ワクチン
   DPT/DT
   日本脳炎
   インフルエンザ
   (65歳以上、一部、60-64歳の対象者)
【任意接種】 生ワクチン
   流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)
   水 痘
   黄 熱
不活化ワクチン
   B型肝炎
   インフルエンザ
   破傷風トキソイド
   ジフテリアトキソイド
   A型肝炎
   狂犬病
   コレラ
   肺炎球菌
   ワイル病秋やみ
   はぶトキソイド