〔巻頭言〕
頚髄不全損傷者の上肢機能に対するリハ支援の妙案
病院 診療部長 山崎 裕功



 1990年以降の全国疫学調査によれば、本邦で生じている脊髄損傷は、頚髄損傷が脊髄損傷の7割を占めて、45歳以上では、7割以上が不全四肢麻痺を示す頚髄不全損傷であるといわれています。日常診療で知る中高齢者の受傷原因では、転倒や低所転落だった症例が非常に多いので、中高年の頚髄不全損傷は、日常生活の中で容易に発生してしまう脊髄損傷といえます。

 頚髄不全損傷では、車いすの自走は勿論、起立や歩行が可能な場合が多いため、比較的軽症のようにみえてしまう場合があります。しかし、上肢機能障害、とりわけ、手指の拘縮や筋力低下、知覚障害などによる巧緻動作障害が顕著なため、ADLでは介助を求めるケースが少なくなく、在宅での評価は、想定以上に低く、中高年では自立意欲が非常に低くなっているのが特徴です。

 一般に観察される上肢機能障害は、上肢(肩から肘、手関節にかけて)の円滑な動作の制限、前腕の回内運動制限、手指機能(把持動作や巧緻動作)の制限といえますが、この上肢機能障害は、厄介な後遺症であるために、患者さん任せにせず、リハ関係者や周囲の人たちが協力して、この障害の無害化、軽減化を図っていくことが、非常に大切ではなかろうかと思います。

 

上肢動作訓練の展望

 中高年の頚髄不全損傷者には、目的動作が困難となり、在宅でのADLの自立が困難と考えてしまう人たちが大勢います。でもよく考えてみると、この人たちの精神活動は概ね正常で、身体機能の障害からは、日常生活は勿論、社会活動能力を十分兼ね備えていて、ほとんどが介護対象からはずれる、健常者と変わらない生活ができる人たちです。

 そこで、上肢機能障害が後遺症であることを理解してもらって、ADL自立の障碍の克服に向けて、以下に示すような、ADLに役立つ機能やテクニックを獲得する手助けを考え、リハ医学会(2005)でも提案しました。どうでしょう。是非試してみてください。

 

(有効な粗大動作の習熟)

 在宅療養している時に、ADL自立に役立つ機能を考えますと、身近にいっぱいあります。粗大な上肢運動は、確かに、できばえや正確さ、所要時間は健常者にはかないませんが、自分の動作で確認できて、達成感が享受でき、毎日の大きな自信になります。

 粗大動作では、両手動作がもっとも現実的で、抑え動作(箱、古紙束、布、雑誌類)、移動-運搬動作、梱包介助動作(縄・ロープ、ガムテープ)などが考えられます、他には、簡単な整理・整頓、拭き掃除が、慣れてくれば、まず可能かと思います。

 その他、リズム運動や交互反復運動を自分の納得できるペースではじめると、遊戯への参加やリラクゼーションにもなって、精神的にも効果があるかと思います。

 今回提案した、粗大動作の習熟は、実際のリハ訓練では、あまり重視されませんが、実は、在宅の日常生活で欠かせない、極めて有効な機能であろうと思います。

 中高年の頚髄不全損傷は、今後も不断に生じる疾患ですので、リハ関係者は勿論、周囲の人たちも、その病態を理解して、障害者支援に当るのが大切かと思います。