〔巻頭言〕

帰去来;5年目に思うこと

病院 臨床研究開発部長  深津 玲子



 今年は記録的な猛暑で、いろいろなところで被害が出ていますが、果実については陽の恵みを受けて甘みがすぐれていると思います。私は桃が大好物で、毎年福島から「川中島」(桃の品種)を送ってくれる知人、もとは私の患者さま、がいます。今年も桃の便りは届き、もう少し秋が深まると、お礼として私が埼玉のおせんべいを送る、そんな関係が国リハへ赴任以来続いています。平成18年4月、私は大学入学以来約30年を過ごした東北の地を去りました。東北では宮城県、福島県、山形県、岩手県の多数の病院で、神経内科の臨床診療の傍ら、臨床神経心理学を専門としてきました。神経心理学とは脳損傷者の症候から脳の機能を解明しようとする科学です。現在高次脳機能障害学がほぼ同じ意味で使われています。東北で約20数年にわたり多数の患者さまから本当に多くのことを学びました。桃の便りの主もそんな一人です。
 患者さまの症候をいろいろ引き出すために課題を作成して症状をあぶりだす、一方でその症候の神経基盤を脳損傷部位とどのように関連付けるか考える、そんな学問である神経心理学は、私の知的好奇心をもっとも満たしてくれるものでした。そんな私に高次脳機能障害モデル事業の宮城県委員を務めたことをきっかけに転機が訪れました。国リハで高次脳機能障害者支援普及事業を進める仕事です。これは患者さんを診察して、症状と病巣から脳の機能を考える、そんな私の唯一の取り柄とは全く異なる役割です。でも私に神経心理学を教えてくれたすべての患者さまに報いる時が来たと決心しました。
 平成17年以降、障害者自立支援法、発達障害者支援法など障害者に関わる重要な法令の制定や制度改正が相次ぎ、国リハが携わる事業も急速に拡大しています。そんな時期に国リハへ赴任できたのも縁であったのでしょうか、私自身の仕事も高次脳機能障害に発達障害が加わりました。この4月からは臨床研究開発部長という新しいポジションにつきました。当部は具体的な業務についてはまだ確定していませんが、病院、研究所、自立支援局、学院という部門間連携によって推進する国リハの事業や研究について役割を果たしていきたいと思っています。
 20数年前、私は神経心理学を学ばんとする若き仲間たちと、年に1回研究報告会とその論文集を発行する東北神経心理懇話会を立ち上げました。回を重ねて現在は立派な会になりましたが、その論文集に5年前、私は帰去来と題する巻頭言を載せました。「このたび29年ぶりに東北の地を離れ、生まれ故郷の東京へ帰りました。陶淵明は役人を辞めて故郷へ帰りますが、私はむしろ逆でしょうか。帰去来、かえりなんいざ、でも帰った場所は全く未知の外洋です。粛々と障害者福祉という名の海を渡っていこうと思います。」高次脳機能障害支援普及事業という行政に関る重要な仕事をしていくのだという緊張感があります。そして5年たった今、どうでしょう?まだ湾の中で外洋にも出ていない状況ですが、当初の決意通り、国リハという船に乗って、みなさまと一緒に障害者福祉の海を粛々と渡っていこうと、赴任5年目を迎えて決意を新たにいたしました。