〔特集〕
障害者健康増進・運動医科学支援センター
センター長 緒方 徹

 障害者の健康増進を取り巻く社会環境はこの数年で大きく変わりました。もともと、慢性期を過ごす障害者、あるいは加齢性変化を感じている障害者の方々の活動的生活・社会参加を推進するために「健康増進センター」としてスタートしたのが2010年です。その後、活動の幅が生活活動維持から障害者スポーツまで含むことを示すために「障害者健康増進・スポーツ科学支援センター」(2013年)となり、今回スポーツ庁の設置を踏まえ、より機能を明確にする目的で名称変更となりました。この間、2020年東京オリンピック・パラリンピックが決まり、障害者スポーツに対する関心がこれまでになく高まっているのは周知のことで、全国的にも福祉・教育・医療の様々な場で障害者の生活に運動をとりいれようとする取り組みが進んでいます。また、国際的にも障害者の健康増進は重要な課題となっており、WHOでも障害者の保健へのアクセスが検討課題として取り上げられています。こうした中、名称も改まり、さらに活動を広げていきたいと思い、今回は我々の活動を紹介させていただきます。
 名前が長いので、
通称「健康増進センター」でお願いします。

障害者の健康寿命延伸をめざして

 健康増進センターの目標はこの言葉に尽くされています。当事者が障害に起因する阻害要因を克服して、健康を維持し活動的生活をおくり、自覚的にも客観的にも安定した生活の中で社会参加を成し遂げる、そのための支援・知識の蓄積・ネットワーク形成を行うことが健康増進センターの役目です。
慢性期障害者の健康管理・保健・生活指導・運動指導を担っているともいえます。
 現在の具体的取り組みとしては、肢体不自由者や視覚障害者を中心に運動プログラムや栄養指導を通じて、フィットネスを整えることを主に実施しています。以下、それぞれの取り組みを紹介します。

外来利用者に対する運動プログラムの実施

 障害の種別を問わず、体重の増えすぎに対して運動を中心とした介入を行っています。また、日常生活は自立しているけど、もっと体を動かしたいという外来利用者に対しても受け入れを行っています。リハビリの用語に「運動療法」という言葉はありますが、実際に病院に体育館が併設されて「運動」ができる環境が整っている場所は殆どなく、国リハセンターの特色ともいえるでしょう。一般の運動施設は障害者にとって利用のハードルが高いこともあって、センターの体育館を使った取り組みに対し、利用者からのニーズは高いようです。中には、久しぶりに体を動かした結果、慢性的な痛みが軽減したというケースもあり、活動度向上を通じた健康増進に繋がっていると思います。願わくばプールが通年で使えると良いのですが、現在は夏期の2−3ヶ月のみの使用となっています。
 運動療法の目的は医療面では体力向上や体重コントロールですが、からだを動かすことの楽しさ、また、からだを動かしながら体調を整えていく感覚を身に着けてもらうことも我々が目指しているところです。
まずは体重測定から 体育館での健康づくり

外来での栄養情報提供・栄養指導

 肥満に対する対策を考えた際、本気で体重を落とそうとするなら運動するだけではなかなか成功しません。食生活を整えることが重要なのは障害者も同じで、外来では積極的に栄養指導を取り入れています。詳しく聞いてみると、間食の内容や量が肥満には大きく影響しているようです。食生活を変えることは簡単なことではありませんが、まずは知識として理解することから始めるよう心がけています。
 また、知識を支える一環として、栄養情報の提供も行っています。毎週火曜日には外来に栄養情報を掲示するとともに、その内容をセンターホームページでも見られるようになっています。独自の試みとして、実際に病院利用者のかたから自慢のレシピを教えてもらい、ホームページで紹介する「私の自慢レシピ」のコーナーも作っています。単に食べる量を制限するのではなく、食を楽しみながら正しい栄養摂取を進めるのがポイントです。
 健康についての知識を皆で学ぶ場として健康教室を年6回程度開催しています。参加者は主に自立支援局利用者となっていますが、外来の方でも参加できます。

自立支援局での健康管理

 自立支援局には肢体不自由、視覚障害、高次脳機能障害を中心に様々な障害を持つ利用者が訓練を受けています。近年では合併症を持つ利用者も増え、その健康管理は円滑な訓練実施を支えるものとなっています。健康増進センターは、自立支援局の健康管理室と協力して、定期健康診断の実施、生活指導、メタボ該当者に対する運動プログラムの実施を行っています。

障害者人間ドック

 障害者の方でも胃カメラが受けられるよう、また、障害に応じた生活指導を受ける場として障害者人間ドックは利用されています。検査項目に応じてメニューが複数あり、利用者のニーズに応えています。リピーターの利用も多く、定期的に健康をチェックする場として活用されています。
病院外来栄養情報コーナー 健康増進ホームページより

障害者検診


9月から始まった障害者検診
 平成27年9月より健康増進センターでは新たに「障害者検診」を始めました。慢性期を過ごす障害者の生活での不安を聞き取り、また生活機能を客観的に評価することで、本人が現状を理解する事、また不安に対しての助言を聞ける場をつくろう、というのが目標です。採血やレントゲンといった検査は行わず、低価格でしかも受診したその日に結果と助言を受け取って帰れることを実現したいと考えています。
 慢性期の障害者の中には定期的な通院先がいったん定まると、他の医療機関に受診する機会が減る傾向が見られます。経過が長く、複数の疾患が関与して状態が複雑になるほど自分での病状説明が困難になり、新しい医療機関受診のハードルが高くなりがちです。したがって、通院先の「主治医」が問題を認識して紹介状を書くことが重要になりますが、必ずしも普段の通院先の医師に「主治医」という自覚がない場合もあります。こうした状況が加齢とともに現れる生活機能の低下への適切な介入を遅らせる要因にもなっているようです。障害者検診はこうした問題に対しても、一人あたりの診察時間を十分とることで当事者のもつ問題の整理と必要な対応への橋渡しの役割を果たそうという意図があります。普段あまり医療機関を利用していない障害者に是非活用してもらえればと思っています。

障害者スポーツ支援

 健康増進センターの取り組みのもう一つの軸がスポーツ支援です。今回の名称変更で「スポーツ」の部分が「運動」に変わりますが、取り組み自体に変わりはありません。どのようなスポーツであれ、そこには体に普段以上の負荷をかける、といった要素が存在します。それは健康増進のためのレベルであっても、競技会に参加して記録を競うレベルであっても本質的には同じと考えています。負荷がかかるのは筋肉や関節だけでなく、皮膚のような体表面や循環器系など内臓も含まれています。また、からだを動かすことは重心を不安定な状態にあえてすることを伴うので、転倒やけがをするリスクもあります。こうした、運動の持つ「副作用」に対し、障害や疾患によっては自覚症状にたよっては安全管理の点で充分でない場合があり、そこを補うのが運動医科学支援の役割となります。
 一般的な運動だけでなく、種目を選んで実施する段階になると種目に応じた環境が必要になります。車いすバスケットはコート、陸上競技はトラックが必要になります。こうした環境を提供することも支援の一環です。現在、体育館やグラウンドを時間帯を決めて一般の方に開放し、車いすバスケットや車いす陸上など障害者スポーツの場として活用してもらっています。普段運動していない健常者が思い立ってジョギングを始めたり、友達とキャッチボールをする、それと同じくらい自然に体を動かせる環境を広げていくのが大きな目標です。
競技用の車いすでの練習

パラリンピックへの協力

練習支援をしてきた競技団体
ウィルチェアーラグビー
ボッチャ
脳性麻痺7人制サッカー
シッティングバレー
ゴールボール
車いすバスケットボール
障害者スキー
陸上競技(車いす、立位)
 スポーツを続けていく中で、競技会や大会に参加して結果を競うレベルまでくると、我々はその人を「アスリート」と呼びます。そして、その中で競技力が高いと日本代表チームの強化指定選手になり、パラリンピックを目指すということになります。注意が必要なのは数多くある障害者スポーツの中でパラリンピックの種目に選ばれているのは夏季25種目と冬季8種目だけです。ですからパラリンピック選手だけがトップレベルのアスリートというわけではありません。もちろん東京オリンピック・パラリンピックに向けて世間の注目度も上がっており何かと話題になりますが、夏季パラリンピックの選手団の人数はロンドン大会で125人、強化指定選手をすべて合わせても1,000人に満たない数です。とかくパラリンピックという言葉が独り歩きすることもありますが、すそ野を含めた障害者スポーツ全般を支援する一環としてパラ選手への支援があります。
 パラリンピックについては日本パラリンピック委員会(JPC)がその強化にあたっており、練習環境はこの2年で大きく変わり、また今も変化し続けています。これまでの日本のパラリンピックの歴史の中で国リハやその職員が担ってきた役割は大きく、今に繋がっています。JPCからは選手の健康管理やチーム合宿実施についての協力依頼があり、これに対しては国リハ内の様々な部署との連携のもと実施することができています。

 今回は名称変更を機会に、主な取り組みを紹介させていただきました。健康増進センターは他の部署と併任になっているスタッフも多く、また活動自体はセンター内の様々な部署の協力の上に成り立っています。したがって、国リハ全体がこの健康増進の活動に取り組んでいると言えます。健康増進センターはそれを取りまとめてリードする役割を担っていきたいと考えています。