〔トピックス〕
最新の原因診断に基づく難聴リハビリテーション
病院第二診療部 耳鼻咽喉科 石川 浩太郎

当センター病院における耳鼻咽喉科の役割
 皆さん、「耳鼻咽喉科」と聞いて、どのような印象を持たれるでしょうか。子供の頃に中耳炎や鼻炎で受診した、などのような印象が強いのではないでしょうか。
 当センター病院における耳鼻咽喉科の役割は、街中のクリニックとも大学病院や地域中核病院とも異なる性格を持っています。当センター病院では耳鼻咽喉科領域の障害をお持ちの方々に、その生活がより質の高いものになるように訓練を行ったり、補装具を適合したりというのが主な仕事となります。またより先進的かつ効率的なリハビリテーションの方法を模索し、実践するのも大切な仕事の一つです。
 耳鼻咽喉科が扱う障害としては、聴覚障害、平衡機能障害、音声言語障害、そしゃく嚥下障害の4つがあります。特に当センター病院では聴覚障害(難聴)と言語障害(吃音、言語発達遅滞、構音障害)に力を入れて診療しています。
これらの診療を行う際には言語聴覚士の先生方と連携を取り対応をしています。
聴覚障害(難聴)診療の現状と当センターの特徴
 過去の聴覚障害の診療は、聴力レベルの確認を行って「難聴」という診断に到達し、補聴器を装用して訓練を行い、難聴が重度で補聴器での対応が難しい場合は、手話などの視覚を用いた言語体系で対応するというのが一般的でした。
しかし、昨今の医学の進歩により、「難聴の原因は何か?」をいくつかの検査方法で見極め、正確な聴力レベルを把握し、その結果に基づいて適切な対処方法を様々な選択肢(補聴器、人工内耳や人工中耳、埋込型骨導補聴器などの新たな人工聴覚臓器、手話など視覚的言語)から選んで対応していくという様式に変化してきました。このような時代の先端を行く聴覚障害(難聴)診療に基づくリハビリテーションを当センター病院では行っています。これから実際の診療の流れに即した形でご紹介していきます。
難聴の原因診断の流れ
 難聴は先天性障害の中でも頻度が高いと言われており、出生約1000人に1人の割合で発生すると報告されています。また出生時に難聴が無くても、乳・幼児期以降、全ての年齢において難聴発症の可能性があります。先天性難聴の発見には産科で行われる新生児聴覚スクリーニングの普及が大きな役割を果たしています。これは出生後早期に難聴の可能性がある患者を発見して耳鼻咽喉科で精密検査を行うことで、できる限り早い時期に難聴への対応を始めることを目的にしています。
 様々な理由で当センター病院を受診された時は、まず正確な聴力レベルの把握から着手します。一般的には標準純音聴力検査を行い難聴の重症度を判断します。加えて語音聴力検査で言葉の聞き取り具合も確認します。乳幼児では様々な幼児聴力検査を行って音への反応を確認します。純音聴力検査や幼児聴力検査で聴力レベルが十分に把握できない場合は他覚的聴力検査を施行します。当院では聴性脳幹反応検査(ABR)と聴性定常反応検査(ASSR)の両方を施行することが可能です。これに耳音響放射検査(OAE)などの精密聴覚検査を組み合わせて、難聴の原因をその特性から推測しつつ診断を行っています。
 これらの結果を受けて、さらに難聴の原因検索を進めていきます。その方法は3つの柱で形成されており、1つ目は画像検査、2つ目は難聴遺伝子検査、3つ目は先天性サイトメガロウィルス感染検査です。
 画像検査はX線CT検査かMRI検査のどちらかもしくは両方を行います。耳小骨や内耳、前庭水管拡大などの先天奇形、真珠腫性中耳炎に代表される慢性中耳炎の状態、聴神経腫瘍などの腫瘍性病変の発見が可能となります。一方で画像検査では異常を認めず、難聴の原因が確定できない場合もあります。
写真1:健康保険適応の検査で使用する伝票
写真1
 当院で最も力を入れているのが、難聴の遺伝子検査です。先天性難聴の50−60%は難聴遺伝子変異が原因であると言われています。難聴者が家系内に他にいない場合であっても、遺伝子変異が難聴の原因であることが多く認められています。検査は採血によって行われます。小児難聴患者の場合、ご本人の診断のためにご両親にも採血のご協力をお願いすることがあります。検査は健康保険で対応できる19遺伝子154変異の検査と、研究レベルで行う精密検査の2段階で構成されています(写真1は健康保険適応の検査で使用する伝票です)。難聴遺伝子検査はその結果の解釈や説明が重要な要素を持ちます。私は耳鼻咽喉科専門医であると共に臨床遺伝専門医という資格も有しており、遺伝学的な立場からもよりわかりやすい説明を行っています。
 最後の先天性サイトメガロウィルス感染検査は、研究レベルで行っているもので、皆さんが誕生の記念に保管している乾燥保存臍帯(へその緒)を用いて検査します。原因不明の先天性、もしくは早期発症の進行性難聴の約1割がサイトメガロウィルス感染であるとわかっています。へその緒から遺伝子を抽出することで、過去にサイトメガロウィルスに感染していたかどうかが判明します。
難聴の原因がわかったら
 難聴の原因がわかることでどのような良い点があるのでしょうか。まず難聴そのものを治療して、聴力改善につなげられる場合があります。例えば、当院に通院中の中学生の方が、耳小骨の部分欠損による連鎖不全であることがわかりました。この方は手術を受けることで難聴が改善し、正常聴力に戻りました。
 ただし残念ながら原因判明後に治療に結び付けられるのは一部のみで、多くの場合、治療はできず難聴が残存します。しかし、その一方で、その難聴の重症度や今後の進行具合をある程度予測できるものがあります。また難聴を進行させる危険因子(頭をぶつける、ある種の抗菌薬使用など)を把握でき、難聴の進行予防に役立たせることができるものがあります。また将来、他の症状(糖尿病、腎機能低下、甲状腺腫大、網膜色素変性症など)の発生を予測でき、早めの対応が可能となるものがあります。特に視覚障害を伴う可能性があるものは、早期に聴覚からの情報を保証することで、将来、視覚障害が進行した状態に向けて早めに準備することが重要です。さらに補装具を選択する際に、人工内耳手術の効果を予測することが可能となるため、その後のリハビリを行うのに重要な情報となります。当院でも先天性重度難聴患者で原因が遺伝子検査で判明し、その原因遺伝子による難聴では人工内耳装用時の効果が高いことを親御さんに説明し、1歳を過ぎた早い段階で人工内耳手術を行い良好な成績を得ている方や、生まれてしばらくは音への反応があったのに、1歳半を過ぎて言葉が出なくなり、音への反応が悪くなった患者が、へその緒を用いた検査で先天性サイトメガロウィルス感染であることが判明し、最終的に人工内耳を装用して、補聴器の時よりも明らかに音への反応が改善している事例があります。写真2は人工内耳を装用している方、写真3は難聴のお子さんがグループで訓練を受けている様子です。なお掲載について、ご家族からご承諾を頂戴しています。
写真2:人工内耳を装用している方
写真2
写真3:難聴のお子さんがグループで訓練を受けている様子
写真3
終わりに
 これまでご説明してきたように難聴に対する診療は以前とは大きく変わってきています。もちろんこれまでに説明してきた方法すべてを必ず行っているわけではなく、患者さんやご家族の希望を聞いて、原因診断やリハビリの方法を取捨選択しています。リハビリテーションは医療関係者のみが行うものではなく、患者さん、ご家族と我々が共通認識を持ち、一つの目標に向かって共に歩んでいくことが重要です。これからもより良い聴覚リハビリテーションができるよう努力して参ります。