国際カンファレンス「精神医学と臨床心理学の統合」への参加・講演報告

病院第一診療部 浦上裕子
 今回、私はSarojini Naidu Medical College(サロジニ・ナイドゥ医科大学・インド) のAsst.Professor Dr.Sagar Lavaniaから招待を受け、国際カンファレンス「精神医学と臨床心理学の統合」(International Conference of Integrated Psychiatry and Clinical Psychology) 2012年12月3−4日(インド・アグラ)に参加して参りました。

 精神医学と心理学はこの数年間で急速な発展をとげ、重複する分野には多くの貴重な洞察が含まれています。この会議の主旨は「精神医学」と「臨床心理学」のsub-branch(部門)における最新の複数の方法について情報交換、統合して、新時代にむけた新しいアイデイアを作ろうというものであり、外科、内分泌学、栄養、心理学、医学、環境科学、看護学などの多くの分野から「精神医学」の分野に関するテーマの講演を通して、活発な議論が行われました。
 私は、脳波・脳磁場同時記録を用いて回復期の脳外傷患者の睡眠紡錘波と認知機能を定量的に評価し、紡錘波の周波数・振幅・皮質内活動の変化は認知機能の改善と平行して起こったという結果(Urakami.Y. Clin EEG and Neurosci 2012)から「脳損傷後の回復と可塑性」についての講演を行ないました。「睡眠覚醒のサイクルの改善が認知機能に促進的な効果を及ぼす可能性があり、睡眠紡錘波はその指標となりうる」という結果は参加者から大きな反響をよび、睡眠覚醒のサイクルに影響を及ぼす薬剤や環境・嗜好(アルコール・ニコチン)などを見直すことが、認知機能の改善にもつながるのではないかと活発な討議がなされました。「睡眠」に関する関心は世界的にも高く、他にも医学的な側面からの講演が多くあり、これは日本国内でも積極的にとり組まれている分野です。
 「うつ病によって不眠が生じる」と考えられてきましたが、うつ病にはしばしば睡眠障害を合併します。睡眠障害に対する治療がうつ状態の改善にもつながる可能性があります。たとえばレストレスレッグス症候群に伴う睡眠障害(周期性四肢運動:夜間ミオクローヌスとも呼ばれ睡眠中に四肢、特に下肢の周期的・反復出現する不随意運動)に対しては、ドパミン作動性パーキンソン病治療薬の効果が報告されており、睡眠障害が改善することによりうつも改善します。うつと合併する可能性のある他の睡眠障害には、閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSAS)、睡眠時異常行動、睡眠に劣悪な環境などがあげられ、うつ病に対する包括的な理解は、睡眠障害の併発があるかどうかの診断、治療から始まります。
 「睡眠障害」、「うつ病」の他にも「精神発達遅滞」、「頭部外傷後のリハビリテーション」、「認知症への対応」及び「自閉症性障害の患者家族への介入」のテーマでインド、トルコ、スロベニア、イラン、イタリア、南アフリカなど中東の国からの情報発信が行われました。各国の社会保障制度や疫学の知識をもって介入の方法を理解することが大切でした。たとえば、主催国であるインドの人口は12億であり、世界人口約70億人の17%を占め、毎年1000万人以上増加、増加率は17.6%と年々増加の傾向にあります。人口の約1%(1200万人)に精神発達遅滞を合併するという事実は、大きな社会的問題です。精神発達遅滞者に対する社会福祉制度を整備することは国をあげての取り組みですが、個々人に対して集中的な教育を行うことは経済的に困難です。そこで、集団訓練の方法が工夫され、発達遅滞の子供の学校教育を充実させ、その中で適応障害を起こした子供を集めてまた新たな学校を作り、教育するということの繰り返しを工夫しているそうです。
 もうひとつのトピックとして意識・認知に対する自己認識の神経基盤を科学的に立証することがあげられ、この会議では自由意思(Free-will)に関する講演と、瞑想(Meditation)に関する議論が行われました。

自由意思と決定論の関係

 自由意志(Free will)、決定論(Determinism)、柔らかい決定論(Compatibilism)とは哲学・法学的用語ですが、人間の行動を考えるうえで、多くの示唆を与えてくれます。「人間は決意することはできる。しかし、決意するものを決意することができない。」ショーペンハウエルの有名な言葉です。人間の行動は動機づけによって起こりますが、これはさまざまな要因に左右されます。自由意思と決定論が互換性をもつという考え、自由が形而上学とは無関係な状況で存在しうるという考えかたが「柔らかい決定論(Compatibilism)」です。人間の行動には意味があります。自由意志がどの程度の割合を占め、行動の意図が人間にいつ生まれるのかを明らかにすることは、非常に興味のあるところです。脳活動は運動開始前、意識的に動作を決定する1/3秒前から起こっており、実際の行動の決定は潜在意識の中でなされており、それから意識的決定へと翻訳されていきます。自由意思の決定が意識と相関作用があること、潜在意識(unconscious)から意識(conscious)へと移行する過程や潜在記憶(implicit memory)に関する神経基盤について科学的手法を用いて明らかにすることが、裏付けになります。一方で最近の国際ジャーナルには瞑想中の脳波活動から、瞑想が注意や自己意識などのより高次な脳機能に促進的な効果を及ぼすことが多数報告されています。古くからのヒンドゥー教や瞑想の伝統が脳に促進的な効果があるのであれば、この技法を工夫して取り入れることには価値がありそうです。

 われわれは脳波を用いて「睡眠」や脳損傷からの回復の神経基盤を明らかにしてきましたが、今後は、この領域、絵画・音楽・瞑想などが、意識や認知、行動決定に及ぼす影響を脳機能の変化として科学的に証明することができれば、積極的に日常生活やリハビリテーションの場面にとりいれることで包括的なアプローチが期待できます。具体的には、われわれは脳波を用いて「音楽が脳に及ぼす影響」について貴重な実験結果を得ており、現在、論文投稿中であり、今後さらにその効果を解明する予定です。
 単純にひとつの問題解決方法を呈示することだけではなく、人間の五感の感覚機能に対する癒しの効果があるもの、たとえば音楽、芸術、視覚的な効果、食事、触覚などを用いて、すべての専門職の立場から治療的介入の方法を提案して患者さんを援助することが、未来の包括的な健康管理のありかたであるとも思われます。今後の発展が期待できる分野です。
 この国際会議には、文部科学省科学研究費間接経費の補助を受けて出席させていただきました。加藤誠志研究所長はじめ研究所、病院、総務課のみなさまに深く御礼申し上げます。

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Morning Conference
 Conference Coordinator の著書「Inner Light Visions in Vihangam Yoga-Can Science see what eyes can't」を囲んで議論、その後 Yoga(meditation)の実地研修を体験しました。

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