「障害者の学習支援としてのICTの活用法」開催報告

理療教育課 研修担当 高橋忠庸

  理療教育課では、教官の知識・技術の向上を目的に年3回の課内教官研修会を行っています。
 最近、障害者を取り巻く情報化社会の進歩は目覚ましく、理療教育課の利用者への学習支援を行うに当たっても、ICT活用の必要性はごく普通のテーマになってきているのを実感します。
 そこで、今年度の第一回目は、現在のICTの潮流を全体的に把握することを目的として、東京大学先端科学技術研究センター教授中邑賢龍先生をお招きし、「障害者の学習支援としてのICTの活用法」というタイトルで御講演をいただくことと致しました。
 中邑先生の御高名は広く知られていますので、開催に当たっては、センター全体に研修会実施の案内を致し、関心を寄せる職員と一緒に学びの時間を過ごしたいと願いました。
 5月27日の研修会当日、当センター本館4階の大会議室は80名の参加者で一杯になり、中邑先生の熱のこもったお話に耳を傾けました。

 中邑先生は、何でも「頑張れ」ではなく、ツールをどう利用しているのかという点に着目しようとされています。ATACカンファレンスや、e-AT利用促進協会の活動はご存じの方も多いのではないでしょうか。最近では、「あるテク」と称して、たとえば、難しい言葉遣いで早口で話されると理解しにくいため、人前での話が苦手な知的障害の方が、電子メールでは自身の思いをしっかりと伝えられる方の事例を取り上げながら、既存のICT機器等を活用すれば、相当の学習や仕事が可能であると考え、その考え方の普及活動を行われています。すでに携帯電話やPCを使いこなしている私達は、先生曰く「ハイブリディアン」であり、個人の能力を増強しているとのこと。同様に、生活の自立度を上げる訓練や機器を成長の早い段階で使い分ける力を付けることこそが、障害を持つ人々をハイブリディアンにしていく手立てであると説かれました。身の回りにあるテクノロジー(アルテク)を上手に組み合わせながら学習や生活をしていく― その具体的な提案が、「魔法のふでばこプロジェクト」、「魔法のじゅうたんプロジェクト」など、子ども達の指導に当たる教員や親、企業と連携した取組みであり、平成19年4月に始まった特別支援教育に機を同じくして始められた、「DO-IT Japan:Diversity, Opportunities, Internetworking, and Technology」と存じます。DO-IT Japanは障害のある高校生の大学進学を支援するプログラムが開始時の取組みですが、今では小中学生に対象範囲を拡げているそうです。

 中邑先生のお話は、リハの専門家である私たちを揺さぶり続けました。
 現在の社会情勢をみると、ある面ICT社会の加速による産業構造の変化によって、「障害のある人が優位に立てる時代」を予見させるエピソードも見られる一方で、うつ病や自殺、生活保護を受ける方々の増加、発達障害の顕現化など、「誰もが困難さを有する時代」に入っており、生きにくい時代であると説かれています。新たに生まれるかも知れない障害へのアプローチに、治療や教育、環境調整、テクノロジーによる能力補償を連動させる考え方を先生はお持ちです。三つのうちのどれかに偏るのではなく、バランスをとっていくアプローチが実践的であると理解しました。
 「なぜ計算機を試験に持ち込んではいけないのだろう」「入試にワープロを持ち込んではいけないのだろうか」そろそろ支援の合理性を考える時代に入っているのではないかと先生は続けます。
 そして、就労という部分では、雇用の研究を行うには実際に雇わなくてはと、中邑ラボでは障害を持つ方のほか、いわゆる「空気を読めない」と言われる方、「オタク」と呼ばれる方を採用して研究活動を行っていただいているそうです。バランスの悪い人たち。その多様性の中から産み出されるイノベーションが、社会の変革をもたらす原動力になる。中邑先生の語り口は冗談めいていましたが、眼は笑っていないと私には感じられました。さらに、「モノは不完全である」という前提で、モノの欠けている部分を人が補えば完成するデザイン「凹デザイン」というコンセプトで、人づくり、ものづくり、組織づくりを手掛けるプロジェクトを始められていて、ひとりの人がなんでもこなすのではなく、「誰もがそこそこ働ける社会」を目指すという、これまでなかった発想で、障害者の雇用問題にも取り組まれているのを知りました。

 「研究にリアリティを持たなくてはいけない」
―中邑先生の研究に対する態度がにじみ出ていることばでした。