自閉スペクトラム症者が短期間の試行で視線の手がかりを活用できるようになった

自閉症(自閉スペクトラム症, Autism spectrum disorder, ASD)は、発達障害の一つで、相手と視線が合わせることが少なく、そのために、視線を手がかりにして相手の意図を読み取り円滑にコミュニケーションするのが苦手な方が多いといわれています。近年のコロナ禍においては、モニタを通して会話することも多くなってきていますが、自閉スペクトラム症のある方々は、このような会話も苦手なことが多いようです。
そこで、東京都立大学の福井隆雄准教授(2017年3月まで当室に所属)および和田真室長らは、次々に表示される顔のイラストに視線を向けてもらう課題を用いて、視線行動を計測しました。自閉スペクトラム症の実験参加者は、発達障害でない方(以下「定型発達者」とします)に比べてイラストの目の領域に注視する時間は短いものの、短期間の試行で、定型発達者と同程度に、視線手がかりの活用ができるようになることが明らかになりました。短時間の練習で視線手がかりを活用できるようになるということは、自閉スペクトラム症のある方のコミュニケーション困難の改善に役立つ可能性のある成果です。

研究の方法

本研究では、支援プログラムの開発を視野に入れ、短時間(15分以内)で行える視線手がかりに関する心理実験課題を実施し、ASD者と定型発達者の結果を比較しました。参加者(ASD者10名、定型発達者10名)には、縦あるいは横に移動しながら、1秒ごとに次々と表示される顔画像を目で追跡してもらう課題を行っていただきました。まず、顔画像の視線が常に真正面を向いている条件(視線手がかりなし条件[コントロール条件])で実施し、続いて、次に提示される顔の方向に視線が向いている条件(視線手がかりあり条件[実験条件])で同じ課題を実施し、結果を比較しました。その際、顔画像のどの領域に視線を向けていたかを計測し、各顔画像の1秒間の表示中に目領域を全く見なかった試行は分析より除いた上で、次の顔画像が提示されてからその目領域部分へ視線を移動する時間と、目領域部分を見ている時間(注視時間)を測定し、顔画像の目に表現されている情報をどの程度利用して課題を行っているかの指標としました(上の図)。課題は、1試行を16回分の移動から構成し、1条件あたり全部で10試行実施しました。実験条件の経験がコントロール条件に影響を与えないように、ASD者群と定型発達者群とも、常に最初にコントロール条件である[視線手がかりなし条件]、つづいて実験条件である[視線手がかりあり条件]の順で計20試行行いました。

結果について

  • 課題実施中に、顔の目領域を注視していた時間を計測したところ、ASD者では定型発達者に比べてイラストの目の領域への注視時間が短いという結果が得られました。これは、これまでの写真等を用いた研究と一致した結果です。
  • 一方、今回の注目点である「ASD者は視線手がかりを利用しているか、あるいは利用するようになるか」について、課題の前半では視線手がかりを有効に利用しているとは言えないものの、短時間の試行経験により、後半では、視線手がかりを含んだ目領域に対して、定型発達者と同じくらい速やかに視線移動が行えるようになることが明らかになりました(上の図)。
  • 短時間の練習で視線手がかりを活用できるようになるという結果は、本研究のような課題が、自閉スペクトラム症のある方のコミュニケーション困難の改善に役立つ可能性があることを示唆しています。

展望

バーチャルリアリティ(VR)や拡張現実(AR)を含めた新しいコミュニケーション形態において、今回の結果を応用すると、自閉スペクトラム症のある方にも視線が合わせやすく意図が読み取りやすい「視線情報を提示する仕組み」を開発できる可能性があります。これにより、自閉スペクトラム症の方々の抱えるコミュニケーションの困難さが軽減されるようになることが期待されると考えています。

関連資料

発表論文
Fukui T, Chakrabarty M, Sano M, Tanaka A, Suzuki M, Agarie H, Kim S, Fukatsu R, Nishimaki K, Nakajima Y, Wada M. Enhanced use of gaze cue in a face-following task after brief trial experience in individuals with autism spectrum disorder. Scientific Reports. 11, 11240, 2021.

プレスリリースはこちら
http://www.rehab.go.jp/hodo/japanese/news_2021/news2021-02.pdf

Scientific Reports掲載ページはこちら
https://www.nature.com/articles/s41598-021-90230-6