研究目的
眼の網膜は外界からの光を電気化学的信号に変換して脳に送るセンサの役割を果たしています。網膜は光を受容する視細胞、これを支える網膜色素上皮細胞、脳に信号を伝達する各種神経細胞から構成されています。これらの細胞に異常が起きると視覚障害を引き起こします。本研究は、網膜の生化学的、分子生物学的、遺伝学的研究を行うために必須となる遺伝子をすべてそろえることを目的としました。具体的な目標は、次の2つです。
(1)網膜細胞で発現しているすべての遺伝子を完全長cDNAの形で収集する。
(2)網膜変性を引き起こす原因遺伝子候補として、網膜細胞で特異的に発現している遺伝子群を同定する。
得られたヒト網膜由来遺伝子の完全長cDNAコレクションは、網膜細胞の変性や再生のメカニズムを明らかにすること、並びに遺伝性網膜変性疾患の原因解明に役立ちます。
完全長cDNAライブラリー作製法の開発
網膜細胞内で発現しているすべての遺伝子を取得するために、新規の完全長cDNA合成法を開発しました。ベクターキャッピング法(V-キャッピング法)と命名したこの方法は、次の特徴を有しています。
(1)わずか3工程からなる。
(2)PCR工程や制限酵素処理工程を含まないので、人工的な変異や欠失が起こらない。
(3)数μgの全RNAから106の独立クローンからなるライブラリーを作製できる。
(4)5'端に付加する余分なGの存在により、完全長cDNAかどうかを判定できる。
(5)完全長cDNAクローンの含有率が95%以上のライブラリーを作製できる。
(6)最長13kbpの完全長cDNAクローンを含む、サイズバイアスがかからないライブラリーを作製できる。
網膜細胞特異的遺伝子のクローン化
V-キャッピング法を用いて視細胞由来細胞株Y79と網膜色素上皮細胞株ARPE-19から完全長cDNAライブラリーを作製しました。それぞれのライブラリーから数万個のクローンを拾い、解析を進めました。これまでに、それぞれの細胞で特異的あるいは優先的に発現している遺伝子を同定しました。この中には転写開始点やスプライシングが既知のものとは異なる新規バリアントが多く含まれていました。
なお、これまでに単離した約16万個の完全長cDNAクローンは、理研バイオリソースセンターDNAバンクで公開しました。
原著論文
- Kato S, Ohtoko K, Ohtake H, Kimura T., Vector-capping: a simple method for preparing a high-quality full-length cDNA library., DNA Res. (2005) 12:53-62. この論文は、Faculty of 1000によって、Must Read論文に推薦されています。
- Oshikawa M, Sugai Y, Usami R, Ohtoko K, Toyama S, Kato S. Oshikawa M, Sugai Y, Usami R, Ohtoko K, Toyama S, Kato S., Fine expression profiling of full-length transcripts using a size-unbiased cDNA library prepared with the vector-capping method., DNA Res. (2008) 15:123-36.
- Oshikawa M, Usami R, Kato S., Characterization of the arylsulfatase I (ARSI) gene preferentially expressed in the human retinal pigment epithelium cell line ARPE-19., Mol Vis. (2009) 15:482-94.
- Kato S, Oshikawa M, Ohtoko K., Full-length transcriptome analysis using a bias-free cDNA library prepared with the vector-capping method., Methods Mol Biol. 2011;729:53-70.
- Oshikawa M, Tsutsui C, Ikegami T, Fuchida Y, Matsubara M, Toyama S, Usami R, Ohtoko K, Kato S., Full-length transcriptome analysis of human retina-derived cell lines ARPE-19 and Y79 using the vector-capping method., Invest Ophthalmol Vis Sci. (2011) 52:6662-6670.