支援機器の実証試験において、当事者を対象とした試験が必要となる場面があります。当事者を対象とする、いわゆる臨床試験を行う際には、今日、事前に倫理審査を受けて承認を得ることが強く求められています。しかしながら、この倫理審査の申請においては、それに関わる多くの知識が必要とされます。参考となる書籍等も既に多数存在しますので、基本的にはそれらをお読みいただくのが一番重要なステップです(関連する参考資料を文末に示しました)。本項は、支援機器に関する倫理審査上、よく取り上げられる論点について、その解決に役立つと思われる参考資料とともにまとめたものです。
なお、本分野は今も見直しが続けられており、今後もコモンルールの改訂や臨床研究法案の施行などが控えています。これらについても随時確認の上、対応を検討していく必要があります。
対象が成人であっても、十分な理解と判断が難しいと考えられる場合、代諾者による同意が必要となる。人対象研究の倫理指針では、代諾の要件として、「成年であって、インフォームド・コンセントを与える能力を欠くと客観的に判断される者であること」としている。「客観的判断」として、研究に関与しない者2人以上による確認、親族や地域の支援専門員との連携が例示されている。
☑文部科学省・厚生労働省:人を対象とする医学系研究に関する倫理指針, p.28、第13-1-イ-(イ)、2017小児・未成年者は、基本的に代諾者による同意が必要となる。ただし、中学校卒業、あるいは16歳以上で十分な判断能力があると判断される場合には、本人からの同意が必要とされる。
☑文部科学省・厚生労働省:人を対象とする医学系研究に関する倫理指針, p.28、第13-1-イ-(ア)、2017認知症者を対象とし、対象が十分な理解と判断ができないと考えられる場合、代諾者による同意が必要となる。人対象研究の倫理指針では、代諾の要件として、「成年であって、インフォームド・コンセントを与える能力を欠くと客観的に判断される者であること」としている。山内は、著書において判定基準の考え方と暫定案とを示しており、一つの判断指標として、MMSE、HDS-Rにおいて24点未満を挙げている。
☑文部科学省・厚生労働省:人を対象とする医学系研究に関する倫理指針, p.28、第13-1-イ-(イ)、2017支援機器の実証試験においては、エンジニアを中心として研究グループを構成することも多い。しかしながら、臨床試験に際しては、現場の状況に即した安全性、実行可能性、検証可能性等の検討を踏まえた計画立案が必要であり、現場を知る者の協力が欠かせない。このため、医療・介護等専門職としての資格、経験を持つ者が協力者あるいは分担者として加わることが望ましい。
☑エンジニアのための人を対象とする研究計画入門、3.1.1工学者にとっての困難、p.26-27、2015被験者へのリスクがまったくない試験は考えにくく、現実的な問題としては、どのようなリスクを、どの程度まで許容するかの判断が重要となる。申請者は、倫理審査委員会への申請に際して、リスク分析を実施して、必要な対応を予め決めておく必要がある。通常、想定されるリスクと対応を記述するだけで良いケースもあるが、より構造的な手法として、リスクマップ(R-Map)なども参考になる。
☑臨床研究のための倫理審査ハンドブック、Ⅱ-4-2-1) 利益とリスクの評価、p.125-127、2011対策されてなお残存するリスクに対して、個人または社会に対する利益(ベネフィット)が上回らなければ、その研究計画の実施は認められない。リスクが不明である場合には、それが明らかになるまで、研究を実施すべきではない。また、逆に、利益が見込まれない研究計画は、たとえリスクが皆無であったとしても認められることはない。
☑IRBハンドブック―臨床研究の倫理性確保、被験者保護のために、1-4ベルモント・レポートの原則、p.19-28、2009研究参加への同意を求める場合、協力を求める者と被験候補者との関係性について配慮が必要である。高齢者施設等で、施設長や施設職員が研究者となっている場合、施設との良好な関係を維持するために、参加協力の依頼を断りづらい状況が考えられる。同意取得の際、被験者の利益を第一に考え、その声にならない声を代弁する立場の者(例えば、親族、研究とは無関係の介護職員等)が同席することが適切である。
☑日本医師会:ヘルシンキ宣言、第27項、2013実証試験施設の管理者は、入所者の人格を尊重する管理者としての義務があると考えられる。もし、その管理者が研究者として研究組織に含まれた場合には、被験者の募集責任との間の責務相反が生じる可能性がある。このような場合には、被験者募集に関して別の担当者を設定する必要があると考えられる。
支援機器の開発研究がよく行われる大学等において、学生を被験者とする際には、教員が評価に関与可能な学生を対象とした募集を行うことには十分な注意が必要である。また、企業等において、社員あるいはその親族を対象とした募集を行う場合も同様であり、いずれの不利益も生じないことを明示する等、対応が必要である。
☑首都大学東京:研究安全倫理の指針、p.7、3-A(1)近年、被験者募集に関して、人材派遣会社等が介在するケースが見受けられる。この場合、人材派遣会社等が取得した被験候補者の個人情報が、本人の意に反して当該研究以外の人材募集等に二次利用されることのないよう、注意が必要となる。人材派遣会社等に対して二次利用の有無を確認するとともに、その結果を被験候補者に正確に伝達した上で同意を得る必要がある。
支援機器の開発研究では、対象となる当事者がそもそも少数であることも多く、実証試験のたびに新たな被験者を見つけることが難しいケースもある。このような場合、次回以降の実証試験への参加依頼のため、得られた個人情報を利用したいと考えることがあるかもしれない。このような場合には、その可能性はあらかじめ説明した上で同意を得る必要がある。
研究協力に際して、被験者が何らかの苦情を感じても、連絡先が研究者本人では申し立てがしにくいケースが考えられる。申し立てをしやすくするための配慮として、窓口となる連絡先は、実証試験担当者以外の者とすることが適切である。
障害者や高齢者などの社会的弱者を対象とした研究が許容される条件は、その研究が対象とするグループの健康上の必要性または優先事項に応えるものであり、なおかつ、その研究が社会的弱者でないグループを対象として実施できない場合に限定される。健常者でも検証が可能な研究内容に関しては、当事者を対象とすることはできない。
☑日本医師会:ヘルシンキ宣言、第20項、2013支援機器の開発研究においては、機器の試作から製品化までさまざまな研究が行われるが、倫理審査においては、審査の対象となる実証試験はそれ自体で一つの結論が得られる研究としてデザインされなければならない。実証試験で得られるベネフィットが明らかにならなければ、リスクとの比較ができない。そのための研究計画としては、着目する課題と、その解決のための仮説が明示されている必要がある。ただし、実証試験のかなり初期のフェイズであって、臨床上の課題についての情報の収集・分析するような探索的研究についてはその限りではない。
☑臨床研究のための倫理審査ハンドブック、Ⅰ-2-1 臨床研究とは何か、p.16-20、2011生物統計学的な手法では、想定する母集団から抽出されたサンプルを調査対象とし、得られた結果から母集団の特性を推論する。この際、推論の信頼性にサンプルの数が影響するため、予定する研究対象者数とその設定根拠を記すよう求められている。設定根拠とは、いわゆるサンプルサイズの計算と考えられ、統計ソフトウェアなどで計算することが可能である。また、ICRwebのスマートフォンアプリでは、ある程度の知識があれば計算できる。
☑文部科学省、厚生労働省:人を対象とする医学系研究に関する倫理指針ガイダンス、第8-3、p.63、2017支援機器では、障害者のための機器でありながら、実際の利用者は介護者であるケースもあり得る。例えば、見守り機器などでは、検出精度などを調べる際の対象者は当事者だが、その臨床的な有効性を明らかにしたい場合には介護者らが調査対象となる。また、施設等で行う実証試験の際、看護・介護記録等の開示を求めるケースでも、看護・介護スタッフが研究対象に含まれなければならない。
実証試験においては、さまざまな科学的指標や臨床的評価スケールなどの中から、機器の目的に応じた項目を選定して結果を求める。それらを複数、合わせて用いることもよくあるが、その場合には、最終的な効果判定を何によって行うのか、という点(主要エンドポイント)をあらかじめ決めておく必要がある。これを決めずに2つの評価を行い、結果、一方が良くて他方が悪い場合、機器の効果が不明瞭になり、また恣意的な選択も望ましくない。
☑エンジニアのための人を対象とする研究計画入門、3.4.3仮説とエンドポイント、p.64-67、2015機器の有効性を確かめるためには、機器の有無についての比較では不適切なケースがある。その場合、従来機器などとの比較が必要となる。
機器の利用に関して、対象者の主観を評価対象としたいケースもあり得る。そのような場合、単なる聴取などでは科学的な評価とは言えず、主観をできるだけ客観的に捉えるための評価ツールを用いることが望ましい。既製のものとして、例えば、QUEST 福祉用具満足度評価、福祉用具心理評価スケールPIADS、System Usability Scaleなどが挙げられる。
☑QUEST 福祉用具満足度評価 第2版─福祉用具の効果測定、2008実証試験が、開発研究のどの段階にあるのかによって、焦点となる部分が異なる。日本生活支援工学会倫理審査委員会では、医薬品、医療機器の開発における臨床試験の相を元に、支援機器の実証試験における相の定義を示している。これを踏まえて、計画する実証試験がどの段階にあるのかを明確にすることで、論点が整理されることもある。
☑日本生活支援工学会倫理審査企画調査委員会、支援機器の実証試験 倫理審査申請の手引き、p.20、2016
申請段階で、すべての実施施設が決まっている必要性は、必ずしもない。しかしながら、被験者保護に関する事項や、研究計画の妥当性などを判断するため、どのような施設で行う予定であるのか、その確保の手立てとスケジュールなどは明らかにする必要があるだろう。
他所でも倫理審査を受ける場合 他施設共同研究などでは、それぞれの施設に倫理審査委員会が設置されているケースがある。そのような場合には、現状、それぞれの施設で倫理審査を求められることが多い。しかしながら、国際的な情勢としては、二度手間を回避し、1回の審査で実施可能とする方向へ動いているようである。
支援機器の実証試験においては、使用する機器が、どのように準備されたものであるかが結果の信頼性に影響する場合がある。開発企業が自ら、自社の製品を用いて行うような試験では、このバイアスは避けられない。それ以外にも、例えば、臨床に従事する専門職が支援機器の利用効果に関する研究に取り組むような場合、機器が企業から無償で提供されたものであれば、企業に対して有利な結果を導く方向へのバイアスが高まる。これらは、利益相反として開示する必要がある。
☑文部科学省・厚生労働省:人を対象とする医学系研究に関する倫理指針, p.35、第19、2017