手話と日本語の文法構造の違いが通訳時の訳出に与える影響について

学院 手話通訳学科 市田泰弘・木村晴美

 ろう者が母語として用いている手話は、日本語とは文法構造が大きく異なっている。この文法構造の違いは、手話・日本語間の通訳時の訳出に大きな影響を与える。中でも「態(ヴォイス)」に関わる表現は手話と日本語の間の違いが大きく、原発話の速度に対応した上で理解しやすい訳出をするには高度な技術が必要となる。本発表では、手話から日本語への同時通訳場面に限定し、訳出に影響を与える構造の違い、適切な訳出とそれを可能にする条件と訓練法について、実践的に検討した結果を報告する。

「態(ヴォイス)」とは

 「態」とは、「ある行為・出来事を認識し言語化する際の『観点』に関わる言語現象」のことをさす。その「観点」には、行為者が何を行ったか(能動)、対象が何をされたか(受動)、対象に何が起こったか(自動)、行為者が何を引き起こしたか(使役)、行為によって誰が利益を得たか(受益)などの観点がある(日本語の「窓を割る/窓が割られる/窓が割れる/窓を割らせる/窓を割ってくれる」などはすべて一つの行為・出来事を異なる観点から言語化したものである)。ほかにも、周辺的なものとして、「発見」や「様態」の表現などがある(「窓が割れていた」や「窓が割れていそうだ」など)。

「指示交替(Referential Shift)」

 手話には「指示交替」と呼ばれる現象がある。これは話者の視線や身体を、発話時の話者以外の人物(過去や未来の話者自身を含む)のものとして用いるもので、行動型と引用型に分けられ、どちらも「態」の表現に深く関わる。

引用表現の文法化

 手話には、引用型指示交替を用いた表現が慣用化し、引用内容の一部が文法化して接続詞化した構文がある。これらの構文はまさに手話の「態」にあたる。

視点の移動/固定

 手話は行動型指示交替により視点を移動させながら一連の出来事を言語化するが、日本語は視点を固定し、関係節や受動態を用いて言語化する傾向がある。

適切な訳出

 文法化した引用表現の中に臨時の引用表現が組み込まれた場合は、使役/受益構文に副詞的表現を効果的に取り入れて簡潔に訳出することが求められる。また、日本語では視点を移動すると散漫な表現になりやすく、一方、視点の固定は潜在的な視点による詳細な描写を困難にするので、関係節の効果的な利用と情報の取捨選択が不可欠となる。

訓練法

 直訳からの脱却、簡潔な訳出を目標に、徹底した翻訳/同時通訳訓練を行う。




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