医学的リハビリテーションプログラム
医学的リハビリテーションとは、病院や診療所などの医療機関で行う療法をいいます。標準的プログラム概要で示したような実施体制を作り、定期的にカンファレンスを開いて目標や方針を確認しながら評価・計画に基づいて実施します。高次脳機能障害の主な症状は、記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害の4つです。以下は、それぞれの障害の詳しい説明と評価および訓練・対応方法です。
1.記憶障害
① 症状
記憶障害は次のような症状として表れます。
- 約束を守れない、忘れてしまう
- 大切なものをどこにしまったかわからなくなる
- 他人が自分のものを盗ったという
- 作り話をする
- 何度も同じことを繰り返して質問する
- 新しいことを覚えられなくなる
このような問題があり記憶障害が疑われる場合、記憶のどのような側面が障害されているか、どのような機能が比較的良好かについて検討します。どのくらいの時間記憶しておくことができるか、言葉の意味・自分の体験・操作など、どのような種類か、言葉を介する記憶と見て覚える記憶に違いがないか、といった内容の検討が、その後の訓練との関係で大切です。詳細は次のとおりです。
記憶にかかわる時間
- 即時記憶あるいは作動記憶(調べた電話番号をかける間の記憶など)
- 長期記憶(必要なときまで蓄えておく記憶系)
- 遅延記憶(例:さっきかけた電話番号を思い出す)
- 近時記憶(例:先週の金曜日の活動について)
- 遠隔記憶(例:学生時代の出来事)
- 展望記憶(これから行おうとする計画についての記憶)
記憶の種類
- 事実(意味記憶=知らない間に覚えた知識、例:米国の首都はワシントン)
- 個人的体験(エピソード記憶=自分に起こった出来事)
- 技術や手続き(例:車の運転、パソコンに入力して保存する)
記憶の形
- 言語的記憶(書かれたもの、話されたものなど言語形態の情報)
- 視覚的記憶(人の顔、図柄、見取り図など視覚的な形で覚えられる記憶)
記憶の段階
- 符号化(情報を取り込んで登録すること)
- 貯蔵(情報を記憶の中に入れて次に必要なときまで保管すること)
- 検索(必要なときに記憶を呼び起こすこと)
記憶の引き出し方
- 再生(記憶力を頼りに思い出すこと)
- 再認(例:以前見たことがあるかどうかを認識しなおすこと)
記憶された時期
- 逆向記憶(事故や病気の前にあった出来事の記憶)
- 前向記憶(事故や病気の後の出来事の記憶)
② 評価
日常生活上の問題の聞き取りや次のような記憶検査を通じて、記憶障害の特徴を明らかにします。
- 全般的記憶検査:WMS-R(ウェクスラー記憶検査)
- 言語性記憶検査:三宅式記銘力検査
- 視覚性記憶検査:ベントン視覚記銘力検査、REY図形テスト
- 日常記憶検査:RBMT(リバーミード行動記憶検査)
③ 訓練
次の点に注意しながら訓練を行います。
- 記憶障害の重症度・障害されている領域・比較的保たれている領域の把握
- 他の認知障害の有無
- 誤りのない学習
次のような訓練方法があります。
反復訓練
環境調整
内的記憶戦略法
- 視覚イメージ法
- 顔-名前連想法
- ペグ法
- 言語的方略
- PQRST法(Preview予習、Question質問、Read精読、State記述、Testテスト)
- 言語的仲介法
- 語頭文字記憶法
- 脚韻法
- 物語作成法
外的補助手段
情報を外部に貯蔵する方法と内部に貯蔵された情報にアクセスするための手がかり法があります。記憶障害により手段そのものを忘れる場合でも、繰り返し使うことで習慣になることがあります。
その他の方法
- 領域特異的な知識の学習
日常的機能に関係ある情報の獲得に焦点をあてた方法で、人名学習、新しい語彙の獲得等に用いられます。
- 手がかり漸減法
用語の定義を示した後、1文字ずつ追加して、正しく反応できるまで続けます。その後、手がかりが1文字ずつ取り去られ、最終的には手がかりなしで正しい反応が得られるようにする方法です。
2.注意障害
① 症状
注意障害は次のような症状として表れます。
- 椅子や車椅子で寝ていることが多い
- 病棟内を歩き回り、他の部屋に入っていく
- 他人に興味を持ち、くっついて離れない
- 隣の人の作業に、ちょっかいを出す
- 周囲の状況を判断せずに、行動を起こそうとする
- エレベータのドアがあくと、乗り込んでしまう
- 作業が長く続けられない
- 人の話を、自分のことと受け取って反応する
これらの状況は、注意障害に特異的なものではなく、別の高次脳機能障害の要素が加わっている可能性もありますが、気付くための手がかりとなります。注意はすべての認知機能の基盤であり、広く社会生活を営むためのあらゆる行動に含まれ、これを統合する役割をもっています。注意には、下の図のような要素があると考えられ、これらがバランスよく保たれていることが必要です。
② 評価
注意障害の有無と程度は次のような観察をもとに把握します。注意障害がある方の評価や訓練では、課題や環境に配慮します。一方、評価や訓練の段階が進めば、意図的に環境を変えて課題の処理速度が低下しないか、注意の持続が可能かどうかも検討します。
覚醒度チェック
- 傾眠傾向
- 易疲労性
- 活動性の低下
- 雑音などへの耐性
- 落ち着かない
日常生活や職業場面における行動観察
- 面接
- 生活場面の観察
神経心理学的検査
- CAT・CAS(標準注意検査法・標準意欲評価法)
③ 訓練
受傷・発症から間もない時期には、意識障害が重なっている可能性が高く、いきなり訓練を開始するのは適当でないこともあります。
- 訓練導入前 刺激の制限
- 訓練導入 積極的な刺激の導入によって注意機能や行動を活性化させる
- 生活環境を調整する(個室から多数室へ)
- 対応する人を調整する(決まった職員から複数の職員へ)
- 訓練環境を整備する(個別からグループへ)
- 注意障害に対する訓練を行う
- 適応的行動スキルの獲得する
訓練の初期には次のような配慮が特に必要です。
- 個室で決まった担当者が対応する
- 短時間で完成できる課題と休息の活用
- 課題の困難度の調整 次第に複雑なものへ
- 注意障害の特徴にあわせた課題の選択へ
次のような課題を用います。
- パズル誌、新聞や週刊誌のパズル
- 教育関連テキスト
- 注意力テキスト
- まちがいさがし
- ゲーム(カルタ、トランプ、そっくりさんゲームなど)
- 電卓計算
- 辞書調べ
- 郵便番号調べ
- 電話帳調べ
- 交通路線調べ
- 校正作業
- 集計作業
- 入力作業
3.遂行機能障害
① 症状
症状遂行機能障害は次のような症状として表れます。
- 約束の時間に間に合わない
- 仕事が約束どおりに仕上がらない
- どの仕事も途中で投げ出してしまう
- 記憶障害を補うための手帳を見ると、異なる場所に書いている
- これまでと異なる依頼をすると、できなくなってしまう
② 評価
遂行機能障害は、次に示す様々な要因が関与するので、どのような機序が原因になっているかを評価します。また注意障害や記憶障害などが原因となっている可能性もあります。作業をよく観察し、失敗や誤りの起こり方から特定の機序を探ります。
- 自己認識
- ゴールセッティング
- プランニング
- 発動性
- 自己モニタリング
神経心理学的検査
- BADS(遂行機能障害症候群の行動評価)
- WCST(ウィスコンシンカード分類課題)
- FAB(簡易前頭葉機能検査)
- TMT(トレイルメイキングテスト)
- ストループテスト
- WAIS(ウェクスラー成人知能検査)
- Verbal fluency test
- ハノイの塔
- 標準高次動作性検査
- GATB(厚生労働省編一般職業適性検査)
- コース立方体テスト
- 紐結び検査
- 箱づくりテスト
- 4コマまんがの説明
- 読書力テスト(速読)
行動評価:具体的課題 ペーパークラフト・手芸・木工など
日常生活や職場での行動観察
③ 訓練
特定の機序が関与すると判断された場合、次のような検討を行います。
- 作業過程を分解し、それぞれの過程をルーチン化する
- ルーチンの連続を訓練する
- 一定の過程で失敗が起こる場合、その部分を介助する
- その部分を補う治療(薬物治療等)を検討する
次のような訓練方法があります。
- 直接訓練(必要な行為、動作やその組み合わせを練習する)
- 自己教示・問題解決訓練(解決方法や計画の立て方を一緒に考える)
- マニュアル利用(手順どおりに自分で作業を遂行する)
- 環境の単純化(スケジュールを大きな枠組みで示し、行動をパターン化する)
- 行動療法(誘導、指示の与え方を工夫する)
- 遂行結果のフィードバック
- 代償手段の獲得
次のような課題を用います。
- 机上課題(ワークブックなど)
- 作業活動課題(組み立てキットなど)
- 日常生活動作課題(更衣訓練や家事など)
- 職業生活課題(書類作成など)
- グループでの作品制作課題
- 社会生活課題(スケジュール管理など)
4.社会的行動障害
① 症状
社会的行動障害には、依存性・退行、欲求コントロール低下、感情コントロール低下、対人技能拙劣、固執性、意欲・発動性の低下、抑うつ、感情失禁、その他(引きこもり、脱抑制、被害妄想、徘徊など)が含まれ、次のような症状として表れます。
- 興奮する、大声を出す、暴力を振るう
- 思い通りにならないと、決まって大声を出す
- 他人につきまとって迷惑な行為をする
- 支援者に交際を強要する
- 不潔行為やだらしない行為をする
- 自傷行為をする
- 自分が中心でないと満足しない
② 評価
生活や訓練場面で、問題となる行動がどのようなきっかけで生じるか記録して分析します。反社会的行動、退行については適応行動尺度(ABS)やS-M社会生活能力検査などを用いながら、誘引となる原因の有無を探ります。必要に応じて鎮静剤の使用なども検討します。
③ 対応
環境の調整
- 静かな環境
- 余りたくさんの人に囲まれない環境
- 疲れない環境
行動療法的対応
何が問題で、どう対処するか本人と一緒に考えます。できれば、誓約書を書いてもらったうえで実行します。
- 正の強化:社会的な強化(誉める、励ます、注意を引くなど)を用いる
- 中断(time-out):TOOTS(time-out on the spot)を用いて、不適切な行動をとった場合、その時点で担当者はその場からしばらく姿を消す、あるいは本人に訓練室の外に数分間出てもらう
- 反応コストResponse cost:行動に対価を与え、行動を抑制できれば対価は高いままで、特定の品物と交換ができる
- 飽和による回避行動の治療:大声を発する場合、数分間大声を出しつづける
- 陽性処罰:使用は余り好ましくないと考えられる
高次脳機能障害のある方が、記憶障害や遂行機能障害等により、環境の変化を予測して対処することや、自ら環境に働きかけることが困難になり、その結果起こった失敗体験が不安・混乱、無力・抑鬱感を生じて問題行動を起こす原因になり得るとも報告されています(図)。