主要症状の解説
記憶障害
前向性および逆向性の健忘が認められます。全般的な知的機能の低下および注意障害を示さない場合は典型的な健忘症候群です。
前向健忘
いわゆる受傷後の学習障害です。受傷ないし原因疾患発症後では新しい情報やエピソードを覚えることができなくなり、健忘の開始以後に起こった出来事の記憶は保持されません。
参考となる検査法
- 全般的記憶検査:WMS-R(ウェクスラー記憶検査)
- 言語性記憶検査:三宅式記銘力検査
- 視覚性記憶検査:ベントン視覚記銘力検査、REY図形テスト
- 日常記憶検査:RBMT(リバーミード行動記憶検査)
逆向健忘
受傷あるいは発症以前の記憶の喪失、特にエピソードや体験に関する記憶が強く障害されます。自伝的記憶に関する情報の再生によって評価しますが、作話傾向のため関係者に確認したり、遅延間隔を置いて再度この課題を行い、1回目と2回目の回答が同一であれば正答と見なしたりすることによって、被験者の反応の妥当性を確認します。
軽度
最近の記憶や複雑な記憶でも部分的に覚えています。意味的関連のない項目を結びつけるなど難度の高い検査で障害を示します。
中等度
古い記憶や体験的に習ったことなどは保たれています。最近の新しい記憶、複雑な事柄の記憶などは失われています。
重度
前向健忘と逆向健忘を含む全健忘、ほとんどすべての記憶の障害です。
その他、作話や失見当識がみられます。作話は、実際に体験しなかったことが誤って追想される現象です。その内容も変動することがあります。よく用いられる当惑作話とは、その時その時の会話の中で一時的な記憶の欠損やそれへの当惑を埋めるような形で出現する作話で、多くは外的な刺激により出現し、その内容は過去の実際の記憶断片やそれを修飾するなど何らかの形で利用しているようなものを指しています。検者の質問によって誘発され、捏造された出来事をその内容とします。
注意障害
全般性注意障害
集中困難・注意散漫:ある刺激に焦点を当てることが困難となり、ほかの刺激に注意を奪われやすい状態です。
注意の持続・維持困難:長時間注意を持続させることが困難な状態で、時間の経過とともに課題の成績が低下します。課題をできても15分と集中力がもちません。
参考となる検査法
- CAT・CAS(標準注意検査法・標準意欲評価法)
- D-CAT(注意機能スクリーニング検査)
半側空間無視
脳損傷の反対側の空間において刺激を見落とすことをはじめとした半側無視行動が見られます。同名半盲と混同しないようにします。右半球損傷(特に頭頂葉損傷)で左側の無視がしばしば認められます。
参考となる評価法
- BIT(行動性無視検査 日本版)
- 線分二等分検査
- 線分抹消検査
- 図形模写検査
なお左同名半盲では両眼の一側視野が見えず、眼球を動かさなければ片側にあるものを見ることができません。同名半盲のみの場合は、視線を見えない側に向けることによって片側を見ることができ、半側無視を起こすことはありません。
軽度
検査上は一貫した無視を示さず、日常生活動作で、あるいは短時間露出で無視が認められます。なお、両側同時刺激を行うと病巣反対側を見落とします、すなわち一側消去現象(extinction)を示します。
中等度
常に無視が生じるが、注意を促すことで無視側を見ることができます。
重度
身体が病巣側に向き、注意を促しても無視側を見ることができません。
遂行機能障害
目的に適った行動計画の障害
目的に適った行動計画の障害:行動の目的・計画の障害です。行動の目的・計画の障害のために結果は成り行き任せか、刺激への自動的で、保続的な反応による衝動的な行動となります。ゴールを設定する前に行動を開始してしまいます。明確なゴールを設定できないために行動を開始することが困難になり、それが動機づけの欠如や発動性の低下とも表現される行動につながることもあります。実行する能力は有しているために、段階的な方法で指示されれば活動を続けることができます。
目的に適った行動の実行障害
目的に適った行動の実行障害:自分の行動をモニターして行動を制御することの障害です。活動を管理する基本方針を作成し、注意を持続させて自己と環境を客観的に眺める過程の障害により、選択肢を分析しないため即時的に行動して、失敗してもしばしば同様な選択を行ってしまいます。環境と適切にかかわるためには、行動を自己修正する必要があります。この能力が障害されることにより社会的に不適切な行動に陥ります。
参考となる評価方法
- BADS (遂行機能障害症候群の行動評価)
- WCST(ウイスコンシン・カード分類検査)
社会的行動障害
意欲・発動性の低下
意欲・発動性の低下:自発的な活動が乏しく、運動障害がないのに一日中ベッドから離れないなどの無為な生活を送ります。
情動コントロールの障害
最初のいらいらした気分が徐々に過剰な感情的反応や攻撃的行動にエスカレートし、一度始まるとコントロールすることが困難です。自己の障害を認めず訓練を拒否します。突然興奮して大声で怒鳴り散らしたり、看護者に対する暴力や性的行為などの反社会的な行動が見られます。
対人関係の障害
社会的スキルは、認知能力と言語能力の下位機能と考えることができます。高次脳機能障害でみられる社会的スキルの低下には、急な話題転換、過度に親密で脱抑制的な発言および接近行動、相手の発言の復唱、文字面に従った思考、皮肉・諷刺・抽象的な指示対象の認知が困難、さまざまな話題を生み出すことの困難などが含まれます。面接により社会的交流の頻度、質、成果について評価します。
依存的行動
脳損傷後に人格機能が低下し、退行を示します。この場合には発動性の低下を同時に呈していることが多く、結果として依存的な生活を送ります。
固執
遂行機能障害(新しく生じた問題を解決することの困難)がある場合、認知あるいは行動の転換の障害が生じ、従前の行動が再び出現(保続)し、その方法に固着します。
外傷性脳損傷後のMRI所見
慢性期に特徴的な器質病変として認められることが多いMRI所見
- 脳挫傷や頭蓋内血腫後の変化
- びまん性(広範性)脳損傷(びまん性軸索損傷を含む)後の所見
- その他
T1低信号、T2高信号を示す局所性ないし広範な壊死、梗塞所見や脳萎縮所見など。
(注:前頭葉や側頭葉の先端部や底部にみられることが多い。)
脳室拡大や広範な脳萎縮、脳梁の萎縮、脳幹損傷や脳幹部萎縮所見など。
(注)
深部白質や脳梁、基底核、上位脳幹背側の損傷や滑り挫傷(gliding contusion)がびまん性(広範性)軸索損傷の特徴的所見とされますが、急性期にこれらの部位に出血性病変があった場合には慢性期にT1低信号、T2高信号として残ることがあります。ただし急性期には浮腫性病変(T1等信号、T2高信号)のみのこともあります。そのような場合には慢性期には異常を認めないかあるいは同部の萎縮のみが残存することもあります。
一例ないし両側の硬膜下水腫や外水頭症の所見が見られることもあります。
高次脳機能障害と関連があるとされるMRI所見
- 深部白質損傷所見
- 脳室拡大
特に側脳室下角の拡大や第3脳室の拡大 - 脳梁の萎縮
- 脳弓の萎縮など
(注)
MRIで異常が認められなくても高次脳機能障害を呈することがあります。
(1)脳室拡大や海馬萎縮とIQとの関連が報告されています。
- 深部白質損傷や脳室拡大所見と動作性IQ(PIQ)低下
- 左側脳室下角の容積増大と言語性IQ(VIQ)低下
- 右側脳室下角の容積増大とPIQ低下
- 左海馬の容積減少とPIQ低下
(2)急性期に認められる脳幹や脳梁損傷など、びまん性(広範性)軸索損傷に特徴的な所見は、高次脳機能障害が後遺することを推測させます。
(3)小児の高次脳機能障害と関連があるとされるMRI所見
- 深部白質や脳幹損傷所見
- 前頭葉損傷所見
- 小脳の萎縮所見
高次脳機能障害とICD-10
(国際疾病分類第10版:ICD-10の精神および行動の障害(F00-F99))
- F04、F06、F07に含まれる疾病を原因疾患とする方が高次脳機能障害診断基準の対象となります。
- この3項目に含まれる疾病の方すべてが支援対象となるわけではありませんが、他の項目に含まれる疾病は除外されます。例:アルツハイマー病(F00)、パーキンソン病(F02)
- 原因疾患が外傷性脳損傷、脳血管障害、低酸素脳症、脳炎、脳腫瘍などであり、記憶障害が主体となる病態を呈する症例はF04に分類され、対象となります。
- 原因疾患が外傷性脳損傷、脳血管障害、低酸素脳症、脳炎、脳腫瘍などであり、健忘が主体でない病態を呈する症例はF06に分類され、対象となります。注意障害、遂行機能障害だけの症例はF06に分類されます。
- 心的外傷後ストレス障害(PTSD)はF43に該当し、除外します。
- 外傷性全生活史健忘に代表される機能性健忘はF40に該当し、除外します。
ICD10 国際疾病分類第10版(1992)
高次脳機能障害診断基準の対象となるもの
F04 器質性健忘症候群,アルコールその他の精神作用物質によらないもの
F06 脳の損傷及び機能不全並びに身体疾患によるその他の精神障害
F07 脳の疾患,損傷及び機能不全による人格及び行動の障害
高次脳機能障害診断基準から除外されるもの
F40 恐怖症性不安障害
F43 重度ストレスへの反応及び適応障害