〔研究所情報〕 |
「障害者の安全で快適な生活の支援技術」 (ATAP)シンポジウムを終えて |
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研究所は、去る2月22日、23日の両日、秋葉原駅前の秋葉原ダイビル2階の秋葉原コンベンションホールにて「障害者の安全で快適な生活の支援技術」シンポジウムを開催しました。このシンポジウムは、科学技術振興調整費にもとづき国リハ研究所と産業技術総合研究所を中心に東京大学、横浜国立大学、静岡県立大学と共同で約3年間にわたって進めてきた「障害者の安全で快適な生活の支援技術の開発」プロジェクトの成果報告会を兼ねており、講演とデモンストレーション・展示を行ったものでした。プロジェクトは「障害者の自己決定を支援する情報コミュニケーション技術」と「重度障害者の自立移動を支援する技術」という2つのテーマから構成されています。今回のシンポジウムの狙いはプロジェクトの目標として掲げた「障害者の“活動し、参加する力”を活かし、伸ばしていく」ための技術開発の紹介であり、英文タイトルを“Assistive Technology for Activity and Participation”(略称:ATAP)としました。
1日目のプログラムは、主催者代表挨拶(吉川弘之産総研理事長)、来賓挨拶(堀内義規文部科学省室長、寺尾徹厚生労働省室長代理青木建専門官、堀口光経済産業省室長)、プロジェクトリーダーからの報告(山内繁研究所顧問)、研究運営委員会外部委員による成果講評(高嶺豊琉球大学教授)、招待講演者による各テーマに関連する技術動向の紹介(中邑賢龍東大教授、佐藤知正東大教授)、引き続きそれぞれのテーマ責任者からのプロジェクトの概要・成果と今後の技術展望の紹介(河村宏国リハ研部長、北島宗雄産総研グループリーダー、坂上勝彦産総研部門長代理児島宏明産総研グループリーダー、井上剛伸国リハ研室長)などから構成されており、さらにユーザーである障害当事者からのコメント(伊藤知之、本田幹夫両浦河べてるの家メンバー、麩澤孝東京頚髄損傷者連絡会前会長)も聞くことができました。2日目は各テーマの担当者から研究成果の詳細の紹介を行うテクニカルセッションと、「障害者の安全で快適な生活の支援技術の発展に向けて」と題するパネルディスカッションが行われ、このプロジェクトの到達点と残された課題についての活発な討論が行われました。デモンストレーション・展示会場では、両日にわたり「展示ブースツアー」を行い、開発した新しい技術により実現した電動車いすに試乗して貰うなど、プロジェクトの成果への理解を深めてもらうための企画が好評のようでした。シンポジウムへの参加者は2日間の延べ人数で374名でした。
「障害者の自己決定を支援する情報コミュニケーション技術」は、知的障害や精神障害をもつ障害者も対象に情報認知とコミュニケーションを支援する技術開発を目的としており、具体的には障害者自らの防災力向上と避難訓練の支援を課題としてプロジェクトを推進して来ました。シンポジウムでは、津波から命を守る防災避難の訓練などで、開発したマルチメディア技術や障害者に適合する情報コミュニケーション支援技術の実証実験の事例として、北海道の浦河町で高齢者やべてるの家の障害当事者が参加して実施した避難訓練を紹介しました。協力して頂いた障害当事者や自治体等に対するきめ細かい配慮に基づく実証実験技法に裏打ちされて、開発したマルチメディア技術やインターネットで提供される地図情報システム(GIS)の活用技術を用いることによって、障害当事者の参加が効果的に行われた初めての事例として注目され、新しいパラダイムの提案が防災力の向上への道筋を示すことができたと評価されました。
「重度障害者の自立移動を支援する技術」では、運動能力が低下して通常の電動車いすを操作できない重度障害者向けに開発した電動車いすの操縦装置(制御用ヒューマンインターフェース)を備えた4種類の新しい電動車いすと、“乗りたくなる”をデザインで具体化した“コンセプトカー”としての電動車いすを発表しました。利用者は音声、ジェスチャー、筋電、さらには微弱な力で電動車いすを操作することができるようになりました。障害者の車いす上での操作能力を評価して、最も適合する操縦装置を選択したり、新しい電動車いすの操縦練習のためには、当所で開発した電動車いすシミュレータを利用します。さらに、周囲の危険物や段差を検出して安全に走行できる全方位ステレオビジョンカメラを搭載した世界初の電動車いすが注目を集めました。これは今回開発した電動車いすの操縦装置と組み合わせることにより、安全で利便性の高い電動車いすを実現することができます。いずれも膨大なデータをソフトウエアで超高速処理しているにもかかわらず、市販の電動車いすに搭載できるようにその処理装置は大変コンパクトに纏められているのが特徴で、技術レベルの高さと利便性に加えて実用化に対する配慮も行われている点が好評だったようでした。
シンポジウム全体を通してプロジェクト推進体制面の特徴も評価されました。1つには、先端的な科学技術に関する研究開発を進めている研究機関と、障害の現場に深く関わって研究開発を進めている国リハ研究所との連携が、新しい技術を障害者支援に導入する上で有効であったこと、2つ目は、障害当事者の参加が、ニーズに合った技術開発に効果があった点と“活動し、参加する力”を活かし伸ばしていく取り組みにつながった点でした。パネル討論では、これらの新技術を普及させるためには、低コスト化への努力とともに、制度の検討を今後も続けていくことが必要であるとの指摘がありました。
開会式で主催者代表挨拶をする吉川弘之産総研理事長
デモンストレーション・展示会場の風景