〔特集〕
脊髄損傷者、 頸髄損傷者のリハビリテーション
病院 第一診療部長 大熊雄祐

 脊髄損傷者、頸髄損傷者への病院でのリハビリテーションは医師、看護師、訓練部門各部(理学療法、作業療法、リハビリテーション体育、言語聴覚療法、臨床心理)及び栄養管理や医療相談など多種職が協力しチーム医療として行われます。
 まず医師が患者の神経学的所見(損傷レベルや完全・不全麻痺等)やその他の医学的状況を評価してリハビリテーションのコース・ゴールの大枠を設定し、さらに各部署と検討・相談しながらリハビリを進めていきます。
 脊髄損傷では重篤な機能障害が残存する事も多く最初はその状態を受容できず精神的なサポートが必要な時もあります。当院ではその場合臨床心理も介入します。また頸髄損傷患者では時に発声障害や嚥下障害を合併しており言語聴覚療法で発声、嚥下の評価・訓練も必要に応じて行います。食事内容と栄養については栄養士も参入します。適正な体重を維持することが大切で、2次障害としての生活習慣病や褥瘡などを予防します。脊髄損傷者は基礎代謝自体が低下しますので、必要エネルギー量を算出する際、健常者の計算式では過剰になるため、低めに見積もる必要があります。排便管理では食事のバランスをとることで腸内環境を整えるようプロバイオテックス(乳酸菌やビフィズス菌)とプレバイオテックス(食物繊維やオリゴ糖)を一緒に摂取するようにし、また下痢と便秘の両方に有効な水溶性食物繊維(グアーガム分解物)を利用したりします。好発合併症である褥瘡の治療・予防にも、バランスの良い食事と十分な水分補給、適切な栄養(十分なエネルギーとたんぱく質、ビタミンC、亜鉛、アルギニンなど)が必要で、必要時は補助食品なども利用します。
 医療・社会福祉制度の活用や患者さんの社会環境の確認、調整には医療相談に介入してもらいます。
 脊髄損傷の方は、損傷レベルにより獲得可能な動作が規定されます。理学療法では、まず関節可動域(柔軟性)の確保が重要です。肩甲骨や体幹の柔軟性は動作獲得に影響を与えます。
その上で残存筋(麻痺していない筋)の筋力増強を行います。完全麻痺の場合、動作の基本は座位になります。長座位での安定した座位を取れるように練習をしていきます。体幹や下肢の柔軟性が影響しますし、損傷レベルによって座位能力も変わってきます。まずは手を着いて座位を取る(静的座位バランスの保持)、そして上肢を挙上したりボール投げ(動的座位バランス練習)をしたりして座位能力を高めます。次はプッシュアップ動作の練習です。上肢で体・臀部を挙上させる動作です。頸髄損傷者は損傷レベル(残存筋力)により動作様式が異なります。
筋力、可動域、バランス能力がプッシュアップ能力、さらには移乗能力に影響します。頸髄損傷者では限られた残存機能を効率よく使わなければならず難しい動作です。特に肘伸展の動作や前腕の動きがプッシュアップ動作や体を支えることに影響します。さらに基本動作として腹臥位、四つ這い、膝立ちを肩関節周囲及び体幹・下肢残存筋の筋力強化、麻痺域を含めたバランス感覚の再学習、骨盤・下肢のコントロールを目的に行います。いろいろな動作獲得に役立ちます。
 移乗動作練習は車いすをベッドに直角につける方法と側方につける方法があります。適した方法は損傷レベルや年齢、運動歴、体型、可動域、筋力、バランス等によって異なります。車いすとベッド間の移乗動作は自由な行動をするために一番初めに獲得させたい動作です。それぞれの方に合わせた工夫と動作練習を行います。移乗動作の応用で、トイレ、自動車、床との練習も行います。どのような方法で動作獲得可能となるかで家屋改造や自動車の選択が異なります。車いすが必要な方には操作練習、車いすとクッションの処方を行います。クッションの選択が重要で材質・形状を説明し、試用し適切なクッションと車いすを検討します。好発合併症である褥瘡対策にも力を入れており、圧力測定機器を用いて除圧・減圧動作の指導とクッションの正しい使用方法を覚えていただきます。高位頸髄損傷の方には電動車いすの操作練習と処方を行います。手またはあご等での操作になり、使用環境の評価も重要です。
 近年は不全麻痺の方が増えています。起立・歩行練習には、基本動作と合わせ必要な補装具、補助具を選択し、安全な歩行練習と実用性の評価を行っています。
 作業療法では、可能な限り日常生活を自立して社会復帰することを目標に訓練を行います。残された機能を最大限活用して日常生活活動の練習を行います。同時に、機能回復が期待される場合、身体機能の回復にも働きかけます。近年、回復期に入院され、訓練の経過で機能の回復が見られる患者が増えています。運動機能の向上を図るため、さまざまな作業を用いて訓練を行います。機能訓練には機器や装具を利用することも多く、例えば、筋力が弱く腕を自身では持ちあげることは難しい場合、腕の重さを補助する機器を用いて課題を行います。同時に物をつまむ、運ぶなど動作練習を行います。また、麻痺した機能を補うことや新しい運動パターンを学習することを目的に装具を用いた訓練を行っています。日常生活活動の獲得には、残された機能を使用して目的とする動作を可能にする新しい運動パターンを学習することが必要です。機能に合わせて自助具や装具を変更・工夫しながら使用し動作練習を進めています。例えば食事の自立に向け、入院初期で筋力が十分ではない場合、上肢の運動を補助する機器や自助具を利用して練習を開始します。動作が可能になると、病棟生活の中で実際に食事を自身で行うよう看護師と協力して進めます。上肢の機能が改善すれば機器を外し、自助具も変更するなど機能に合わせて対応しています。また、社会復帰に向けて、スマートフォンやパソコン操作を可能にするなど生活の質の向上に向けた自助具の検討も行っています。日常の生活の中で目的を持って動作を繰り返し行うことで、機能の改善を効果的に進めることができます。そして、日常生活活動や余暇活動ができることで訓練の成果を実感し、達成感を得られることは重要と考えています。
 退院後の日常生活の動作方法が予測できるようになる頃から、自宅の生活環境に合わせて動作の工夫や必要な機器の選定、自宅の改修など退院に向けた準備を医療相談や病棟看護師とも協力して行います。復職や復学を予定している患者様には、必要に応じて会社や学校の環境に合わせた動作練習や環境整備についての相談も行います。
 看護師は患者・家族と目標を共有し目標達成に向けて支援をします。リハビリ入院した脊髄損傷患者への看護師の役割は3つあります。
1)日常生活動作の自立に向けた支援:看護師は食事やトイレ動作、車いすの移乗や移動、入浴や洗面など、あらゆる生活場面において患者の活動を促進できるように支援しています。また、活動が促進できるように、作業療法などの他部門と連携し、自助具を工夫したり、安全な移乗動作ができるように入院生活の中で支援をしています。脊髄損傷者の排泄管理は退院後も続くため重要で、排便コントロールについては積極的に取り組んでいます。普通便が排泄できるように、①排便日誌の記録、②整腸剤や下剤の種類と量の調整、③食事内容に繊維質、発酵食品、乳酸菌飲料等の摂取の調整、④腹部マッサージなどを進め、個別の排泄パターンを獲得できるようにケアの提供を進めています。
2)合併症予防への支援:褥瘡予防の知識、観察と日々のスキンケアによって褥瘡を作らないことが大切です。医師、栄養士、訓練士などとチーム医療として褥瘡ラウンドや栄養サポートチームの回診を行い、個々の患者の状態の把握と方針を確認し、患者の目標を共有し目標達成に向けたケアや支援を行っています。その他には、巻き爪、熱傷、水虫、自律神経過反射などの対処についてはパンフレットを使用し入院時から指導を行っています。
3)退院支援:障害があってもその人らしく自立した生活が送れるように、退院後の生活に向けた健康教育および自己管理指導、在宅復帰への環境整備や介護についての家族指導を行っています。退院後の生活で困らないように情報提供を行い、患者・家族が今後のことを決められるように支援をしています。自宅に退院する方が多いため、自宅で継続できる介護方法を説明し病棟で介護体験を行い、外泊訓練を推奨しています。

画像:車いす移乗訓練 側方移乗 画像:マウススティック使用でのパソコン操作訓練
車いす移乗訓練 側方移乗 マウススティック使用でのパソコン操作訓練