先天性聴覚障害者の手話言語能力
〜国立リハセンター入所生を対象にした研究〜

研究所 福田友美子・赤堀美里・赤堀仁美・乗富和子・津山美奈子

1.目的

 我が国の聴覚障害教育では、長期間に渡って、口形の動きを主要なコミュニケーション手段とする口話法が取られてきた。しかし、現在までの長い期間、ろう社会の中ではそこで自然発生した手話言語(日本手話)がコミュニケーションに使用されてきた。私達は、我が国のろう社会の手話言語である日本手話の語彙・文法の体系を分析・整理する研究を継続してきたが、この手話言語は、日本語とは大きく異なる独特の体系から成っていることがわかってきた。そして、その研究の過程で、次のような疑問がおきてきた。@手話を用いて生活している聴覚障害者の中にも、手話言語の能力には個人差があるのではないか? Aそしてその個人差は言語習得の環境によって生じているのでないか? そこで、手話習得の環境の違いがそのろう者の手話表現の能力に影響をあたえているかどうか、与えているとすればどのようなものであるか明らかにすることを目的とした研究を開始することにした。今回、その第1歩として手話言語表現の評価を試み、その結果と手話習得の環境との関連をしらべてみた。

2.方法

 まず、多数の文法項目が含まれている14〜19語から成る文の連なり20個を作成し、手話のネイティブスピーカに表現してもらった。それを刺激として、27人のろう者を対象に、記憶・再生実験を行い、再生された手話表現を、@手指動作による「単語表現」 A非手指表現(顔の表情や頭の動きなど)にわけて、記述した。この記述とビデオ記録をもとに、単語に関する表現・文法について、正しく表現されているかどうか評価した。今回の評価の対象は次の通り。(A)文の流れの把握および表現の能力 (B)日本手話に独特な単語の使用法に関する能力 (C)文の機能(文法)に関係する項目 @疑問・仮定など(顔の表情、頭の動き、日本語の口形などで表現) Aロールシフト(視線・眉などの顔の表情で表現)。評価者は、手話能力の高いろう者だった。

3.結果

 その分析の結果、次のことがわかった。@日本手話の文の連なりの模倣で、模倣・理解とも、 Aグループ(両親もろう)→Bグループ(ずっとろう学校にかよっていた)→C・Dグループ(中学部以降にろう学校に入学)の順に低下していたが、個人差がかなりあった。A日本手話に独特な単語の理解・表現についても、(1)と同様な傾向であった。また、これらの単語は、表出のためには使えないが、理解できる理解語彙の段階にあるものが、かなりいた。B顔の表情などによる基本的な文法表現では、日本語口形をつけ加えるものがかなりみられた。そして、両親がろうである一部のものを除いて、その特徴的な顔の表情(手話言語の韻律的な表現)が欠落しているものがかなりいた。Cロールシフトの表現は、本研究で対象にした20歳台の若いろう者にあっては、ロールシフトの表現をもちいないで表現することもかなりあった。 D両親がろうであるAグループの中にも、十分な手話言語能力をもっていないと思われるものが半数ちかくいた。




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