〔随想〕
ゴルフとの出会い
職能部 伊藤 通夫

 ゴルフを始めるきっかけは、公務員になった最初の転 勤地である神戸視力センターの時である。異動した昭和 44年8月夏の真っ盛りであった。今でこそ神戸センタ ーの環境は、建物やグランド等は整備され叉、外周もき れいに植樹が進み、その頃を想い出すことは出来ない。 その当時はまだ木造の庁舎と整備されていない敷地は、 空き地が多く残っていた。そこは人間の背丈を越える雑 草が生い茂げり、格好の素振りの練習場でもあった。セ ンターの周囲と言えば田んぼや畑で、店はほとんどなく 日常の生活は不便であった。
 その頃の娯楽と言えばマージャンをするか、週末はテ レビを観るぐらい。ちょうどそのころスポーツ界を賑わ したのは、プロゴルファーのジャンボ尾崎。高校野球で 活躍し鳴り物入りでプロ入りしたがプロ野球では日の目 を見なかったが、野球で鍛えた肉体からは、その飛距離 とボールコントロールのセンスは、他のプロゴルファー を圧倒した。この飛距離がゴルフファンを魅了し、ブー ムの火付けとなったと言われている。ゴルフは以前から 多少興味もあったし、暇を持て余していたこと。広い空 き地もあり練習も出来るのではと、さっそくドライバー 1本を買ったものの練習場はなく、空き地で打つわけに はいかず、結局素振りをする程度。しかしこれがゴルフ を始めるきっかけとなった。
 そして仲間でゴルフを始めるきっかけとなったのは、 翌年の4月に異動して来たゴルフの好きな上司の影響が 大きい。当然ゴルフのおもしろさや健康の為とか話題も 多くなり、数人の職員がゴルフクラブのハーフセットを 買うことになるのだが、ゴルフは先ずマナーやエチケッ ト、そしてルールを守ってゲームが成り立つスポーツ。 大事なことはルールを憶えること。さっそく上司からお 呼びがかかり、自ら作ったペーパーでルールやマナーの 講義を聞かされた。そして初心者はゴルフ場で、他のプ レーヤーに迷惑をかけないことが最低限のマナー。トラ ックいっぱいのボールを打てとは言わない。せめて1万 個のボールを打って、コースへ行くのがエチケットであ る等普段から、口喧しく聞かされた。
 その後は足の確保も出来練習場通い。週1回やってく る宿直での素振りや空き地での練習と、かくしてデビュ ーは神戸の舞子カントリークラブ、何ホール目かのショ ートホール、アイアンで打ったボールは大きくトップ、 結果はグリーンにワンオン。そして無造作に打ったパタ ーはバーディーとこのハーフが59であったと記憶して いる。おかげで月一ゴルファーの1つの壁と言われる1 00を切るゴルフは、比較的早く達成したが、その後の アップはあつい壁で越えることはないが、ゴルフの魅力 に誘われ現在も続いている。
 最近のゴルフと言えば、転勤先で安い練習場を探して は通うのが楽しみであり、壁や年齢に関係なくチャレン ジし続けたい。