〔病院機器情報〕
脳をみる −脳磁場計測−
病院 診療部 西谷 信之



 生体脳は、睡眠中においても自発的に活動しており、 その活動はリズムを形成し脳深部(脳幹部・辺縁系・基 底核)から大脳皮質へと伝播しています。また外界から の視聴覚刺激、温痛覚等の体性感覚刺激は、眼、耳や皮 膚上の受容器から脳内のそれぞれの感覚野に伝達されま す。さらにその情報は、脳内に広く分布する様々な連合 野に投射され、情報処理が行われます。また運動を企図 し、実際に四肢の動きとして表現する場合では、関連す る脳部位からの情報が、脊髄を介して末梢神経・筋肉へ と伝達されます。これらの神経細胞間の情報伝達・伝播 は、電気もしくは様々な神経伝達物質による化学現象と して行われています。このうち電気的変化が神経細胞間 の神経突起・線維内で生じると、神経突起・線維の周囲 に“右ねじ”の法則に従い磁場が形成されます。この脳 神経ネットワークを形成する一群の神経集団に生じる磁 場現象を、頭部外から非侵襲的に計測するのが脳磁場計 測(Magnetoencephalography:MEG)であります。
 このMEGによる脳磁場計測は1960年代後半から 行われており、最初の装置は200万回コイルを巻き付 けた誘導コイル型磁束計でありました。しかし自発脳磁 場や外界からの刺激に伴う誘発脳磁場は、地球の磁場の 約10億分の1、都市電磁ノイズの約100万分の1程 度と極めて微弱であるために、感度の点で現実的ではあ りませんでした。1970年代に入り、極低温において 抵抗がゼロになる超伝導体を応用し、超伝導量子干渉素 子が開発されて、より現実的な脳磁計へと発展していき ました。さらにその後の急速な技術進歩により、シング ルチャンネル(1−7チャンネル)から次第に計測チャ ンネルが増加し、1990年代に入り脳全体の活動の同 時記録が可能となりました。またこれと平行して脳活動 に伴う磁場変化から、脳内の主要活動源を推定・解明す るプログラムも急速に発達しました。その結果優れた時 間分解能(1000分の1秒単位)と空間分解能(ミリ メートル単位)をもって、主な脳活動部位とその機能解 明が促進され、また臨床応用としても様々な脳神経疾患 における脳機能診断等に、被爆等のない非侵襲的手段と して活用されるようになりました。すなわち、磁気共鳴 画像MRIによる脳の構造・形態の変化ではなく、脳の 働きの“直接的”評価が可能であります。また頭部外傷 後高次脳機能障害例などのように、形態的に脳の変化を 認め難い場合でも、脳活動の大きさや活動時間を評価す ることで、脳機能異常の解明に威力を発揮するのではな いかと期待されています。
 本邦においては80年代から生体磁場計測機器に関す る研究が進められ、90年代当初には臨床応用としてM EGが設置されました。さらに1994年には商業用1 22チャンネル全頭型MEGが導入されました。現在世 界でMEGが稼動している30余りの大学病院・研究機 関等のうち20数台が本邦に設置されています。当セン ターにおいても1997年度に122チャンネル全頭型 MEGが導入され、2001年には世界で5台目となる 最新型306チャンネルMEG(2001年現在世界最 大チャンネル数)に更新、5月より稼働しています。こ の最新型MEGでは、計測点が旧型の61カ所から10 2カ所に増加し、かつ各測定点においては、脳浅部の活 動の評価用(勾配計:2本)と脳深部活動の評価用(磁 束計:1本)の合計3本のコイルより構成されている点 が特徴として挙げられます。また計測間距離が旧タイプ の4センチメートルから3.5センチメートルに短縮さ れる共に、コイル配列が深くなり、大脳皮質の低部や小 脳の詳細な活動の評価が可能となりました。さらに極低 温保持のための液体ヘリウムの補給充填が、従来の週2 回から1回となり、記録可能時間の増加、液体ヘリウム の消費量とこれに関る費用の削減が図られています。
 しかし測定機器の向上に反して、新たな難問が浮上し ています。まず機器に関して、MEGの測定コイル(特 に磁束計)は、環境ノイズ(例えば、鉄道の車両モータ ー、自動車のエンジン、エレベーターの駆動モーター、 工事機器等々の周辺機器からの電磁ノイズ)の影響を極 めて受けやすいため、機器全体の安定した状態を維持す ることが難しくなっています。1―2秒の大きな電磁ノ イズの為に記録全てが無効になる可能性もあります。さ らに機器がより複雑になっているために、不注意による 操作が原因で、システム全体にひとたびトラブルが発生 すると、機器の利用がこれ迄以上に長時間制限されると いう事態が生じ得ます。機器の安定運営と利用のために 、環境ノイズ削減と健全な利用に関して、関係各位のご 理解とご協力をお願いする次第であります。一方脳機能 評価においては、これまでと同様に、頭皮に対して法線 (平行)方向の電流により生ずる磁場の評価に限定され ていること、脳深部活動の評価がまだまだ困難であるな どの制約等、計測磁場信号からの活動源推定に関連する 問題点を理解した上で、脳磁場現象を把握する必要があ るが、記録チャンネルの増加により、さらに複雑になっ ています。また注意・記憶・認知等の高次脳機能を反映 する脳活動の評価は、複数の脳部位の活動を評価する必 要があり、その解明はさらに複雑となります。脳機能研 究のみならず、将来臨床検査として供用する上で解決す べき点は数多く残されているが、脳疾患患者における高 次脳機能をはじめとする脳機能評価や機能訓練後の脳機 能と、これに基づく機能訓練計画への応用等が期待され ています。

病院画像診断棟MEG検査室内磁気遮蔽室
記録用ワークステーション
病院画像診断棟MEG検査室内磁気遮蔽室と記録用ワークステーション

磁気遮蔽室内のMEG
磁気遮蔽室内のMEG