〔病院情報〕
「高次脳機能障害支援モデル事業 中間報告書」
発刊によせて
研究所 感覚機能系障害研究部 中島八十一



 平成13年度に3か年の予定で開始した高次脳機能障害支援 モデル事業(以下モデル事業)が満2年を経過し、この4月に、 「中間報告書」「集計表」「事例集1」の3部作を1セット として刊行することができました。この中で集計表は中間 報告書に用いられた諸データを掲載し、事例集1は主として モデル事業の訓練と支援の対象者となられた方々の実例を 掲載したものです。特に事例集1は訓練と支援の現場ですぐに 役立つ事例がたくさん掲載されています。そして、中間報告書 は言うまでもなく、本モデル事業の通過点における総括で あり、1年後の最終報告書と共に今後の関連事業の指針と なるものです。
 このモデル事業は、国リハと12の地方自治体(北海道・ 札幌市、宮城県、千葉県、埼玉県、神奈川県、岐阜県、 三重県、大阪府、岡山県、広島県、福岡県・福岡市・ 北九州市、名古屋市)が協力して実施している事業であり、 ここに掲げた自治体の名前にゆかりのある職員の方も いらっしゃることと思います。
 この協力関係により‘高次脳機能障害をもつことにより 支援の必要性が高いと判断された方’324名に対して訓練と 支援の試行的実践を行い、その中から得られたデータを 元にして中間報告書は作成されました。まず、高次脳機能 障害をもつ方たちとは、具体的にどのような症状をもつ 人たちだったでしょうか。外傷性脳損傷、脳血管障害、 低酸素脳症を3大要因として、器質的脳病変により記憶 障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの 認知障害をもつということが明らかにされました。 これらをまとめて、評価基準作業班により高次脳機能 障害診断基準(案)が作成されました。ここで難しい 用語が出てきましたが、注意障害とはひとつのことに 集中することができず、ぼんやりすることも多く、何か をするとミスばかりするような状態のことを指します。 遂行機能障害は自分で計画を立ててものごとを実行する ことができず、人に指示してもらわないと、いきあたり ばったりの行動を取ることを指します。社会的行動障害 は依存性・退行、欲求コントロール低下、感情コント ロール低下、対人技能拙劣、固執性、意欲・発動性の 低下といったさまざまな行動障害のことを指します。 その他に大事な症状として、病識の欠如が挙げられます。 これは自分がこれらの症状を持っていることを認識でき ないという状態のことで、約半数の方に見られます。 高次脳機能障害をもつ方を理解するために大切な症状で あるとともに、処遇に際してとても大切な事項となります。 また、高次脳機能障害をもつ方々の約2/3で片麻痺、 運動失調、骨折などに伴う運動障害などの身体機能障害 を併せもつことが明らかになりました。この事実は高次脳 機能障害をもつ方には神経心理学的リハビリテーションと 身体機能障害のためのリハビリテーションの両方が必要で あることが多いことを示しています。さらに9%の方で 知能指数が50以下であることも明らかにされました。 しかし、知能指数70以上の方々については、生活上での 障害度と知能指数とは関係が薄く、知能指数が十分に 高い数値を示しても障害度の高い(困難が大きい)方が いることは注目されます。
 高次脳機能障害をもつ方々がどこで訓練を受けているか という調査は、どこで訓練を受ければ良いかという質問に 直結します。その結果は病院が62%、身障者更生援護施設 が26%でした。モデル事業に参加している施設が身障者 関連施設中心であるとしても、これらの施設が国内に おいて高次脳機能障害の訓練に大きな役割を果たしている ことには変わりがありません。訓練効果としては注意障害、 遂行機能障害、社会的行動障害の改善が5−10%の方に 見られました。中間報告は調査開始から1年半に満たない 短期間で作成されていて、個々の症例では更に短い期間の 追跡調査であることから、この数値についてはこれから もっと長い期間の追跡が必要です。病院や更生援護施設で 実際に実施されている訓練をもとにして、標準的訓練 プログラム(案)が作成されました。その内容は、3種類 の訓練プログラム、すなわち医学的リハビリテーション プログラム、生活訓練プログラム、職能訓練プログラムの 必要性とその解説です。そして、大切なこととして、多くの 職種の方がこの訓練に携わることが必要であることが 示されています。
 一方、家庭や社会に戻った方たちはどのように暮らし、 どのような支援ニーズをもっているのでしょうか。 高次脳機能障害をもつ多くの方は継続的な医学的サービス を必要とし、それ以外に生活上の多くの支援サービスを 必要としていることが明らかになりました。その中で、 支援対象者の1/4以上が支援ニーズとしてもっている 項目を一覧表にまとめたのが、ニーズ判定表(案)です。 これをチェックするとどのような支援ニーズがあるのか 容易に分かります。先に述べた診断基準(案)と一緒に 使用することにより、‘これこれのことができない 高次脳機能障害者’というように、具体的な障害者像が 浮かび上がるようになっています。支援モデルは在宅支援、 施設入所支援、小規模作業所支援、身体障害者授産施設支援、 就学支援、就業訓練、就業支援の7つに分類されました。 この内、在宅支援については家族の分担している部分が とても大きいことが明らかにされました。また、これらの 支援が円滑に実施できるためには、支援コーディネーター を置く支援センターが地域に置かれることの必要性が提唱 され、今後の大きな検討課題となっています。
 モデル事業は中間報告書を作成して、なお1年近くの 実施期間を残しています。さらに症例を加えて、より洗練 され、内容の充実した最終報告書の作成に向けて、事業の 一層の推進を図りたいと考えます。