〔海外レポート〕
米国における補助犬の現場と施策等の視察報告
研究所 障害福祉研究部 特別研究員 水越 美奈



 補助犬とは盲導犬、聴導犬、介助犬の総称です。日本では法律 も施行されたばかりで、いずれの認知度も低く、その育成などに 関してもまだまだ未知なところが多いと言われています。今回、 補助犬に関して先進国と言われるアメリカ合衆国を訪問する機会 が得られましたので紙面をお借りしてご報告します。
 今回の視察の主な目的は、米国における社会的認知度も含めた 補助犬の現状と問題点について、および育成施設の見学と各施設 の施策面について調査することです。前半は補助犬に関する様々 なプログラム見学と施策のお話を伺うことと、介助犬使用者と 介助犬使用者の相談センターへのインタビューを、後半は主に 施設見学を行いました。

<米国の補助犬の現状>
 米国には盲導犬が約10,000頭、介助犬が約3,000頭、聴導犬が 約4,000頭活躍していると言われています(日本は盲導犬927頭、 介助犬38頭<現在のところ認定介助犬6頭,その他は暫定犬>、 聴導犬15頭<同様に認定聴導犬は2頭>)。また日本で言う 「介助犬」は『肢体不自由に対する介助』に限りますが、米国 ではその他にてんかん発作や低血糖発作を予知する「シーザー・ アラート犬」や精神的なサポートを行う犬も含まれます。日本に 比べて相当数が多い介助犬ですが、それでもなお足りないのが現 状で、育成団体によっては8〜9年待ちということもあります。 また補助犬法で決められているような共通した認定制度は存在し ないため、訓練士個人や障害者自身で訓練された犬も補助犬とし て認められますし、ADA(The Americans with Disabilities Act) では介助「犬」ではなく、介助「動物」として、あらゆる障害につ いて補助をする動物を使用する障害者の権利を保護しているため、 時として「ヘビ」や「ブタ」を介助動物として同伴し、実際にトラ ブルになったケースもあります。さらに訓練基準や犬の選択基準 も育成団体それぞれであるため、補助犬の質も様々で、相談セン ターに寄せる介助犬希望者の問い合わせの第1位は『どこに行っ たら良質の補助犬が得られるのか?』であり、使用者の苦情の 第1位は『譲渡後にフォローアップが全くない』ということだそ うです。このようにアメリカは先進国と言ってもまだまだ課題を 多く抱えていますが、わが国で大きく取り上げられるようなアク セス問題に関しては、ADA施行後ほとんどなくなったということ で、法律の浸透の重要性が感じられました。

<介助犬に関する施策>
 全米で唯一、モンタナ州のメディケイドシステムでは介助犬の 費用をカバーすることができます。モンタナ州Missoulaにある The Community Medical Centerにおいて作業療法士が介助犬希望 者のニーズと、介助犬の使用が他の補助具との比較も含めてその 希望者にとって効果的であるかどうかを評価し、介助犬育成事業 者に委託する、というシステムをとっています。州の財政の問題 や訓練事業者の入札制度は介助犬の質を下げる原因ではないか、 という問題もあるようですが、この施策は継続されています。 またカリフォルニア州などでは、補助犬の使用者はソーシャル セキュリティから月50ドルが支給される制度があるそうです。

<育成施設以外の介助犬養成プログラム>
 米国では、介助犬は育成施設で訓練士が訓練を行うだけでは なく、障害者個人が自分のペットを訓練することも認められて いますし、多くの刑務所や青少年の更生施設などではリハビリ および職業訓練の一つとして介助犬の訓練が行われています。 今回はワシントン州立女子刑務所と12歳から18歳までの青少年 更生施設であるシエラ・ユースセンターのプログラムを見学する ことができました。調査によると、このシエラ・ユースセンター のプログラムに参加した若者は、問題行動が減少(89%)し、 自立心が増加(60%)し、学校への出席率が改善(73%)した と報告されており、このセンターでの試みをモデルとして現在、 全米各地で約10ほどの同様のプログラムが展開されているとの ことでした。

<育成施設の視察>
 米国訪問の後半は育成施設の視察に費やされました。訪問した のはカリフォルニア州にある5施設です。
San Francisco SPCA Hearing Dog Program
聴導犬に人が来たことを教える練習  1978年に設立された全米では2番目に古い聴導犬育成プログラ ムで、母体のSan Francisco SPCA (Society for Prevention Cruelty Animals)は1868年に設立 された動物保護愛護団体であり、訓練犬の多くは他の施設も含 めたレスキュー施設や保護施設から導入しています。
Guide Dogs for the Blind Inc
西海岸では最古、全米で2番目に古く(1942年)設立された 規模では全米最大の盲導犬育成団体です。2つのキャンパスを カリフォルニアとオレゴンに持ち、毎年350チームが卒業し、 設立からは延べ7500チーム以上、現役盲導犬では1915チームが 活躍しており、日本との規模の違いを実感させられます。訪問 の際に、3年前のニューヨークでのWTC崩壊時に78階から盲導犬に 誘導されて助かったMichael Hingson氏と盲導犬Rosseleに会い、 当時の話や使用者として(18歳から38年間盲導犬を使用し、 Rosseleは5代目の盲導犬)の話を聞くことができたのは余談です が感動しました。
The Assistance Dog Institute
介助犬候補犬にスイッチのON/OFFを教える練習  教育学者であり、下に述べる Canine Companion for Independenceの設立者でもある Bonnie Bargin女史により1991年に設立されました。育成頭数年間 15頭というアメリカでは小規模団体のひとつですが、この団体は 介助犬育成そのものよりも介助犬に関する教育を主な活動として いるのが特徴です。介助犬訓練の短大レベルの学位が得られる カレッジコースや6週間の集中コース、上記のシエラ・ユース センター(非行少年の更生施設)での介助犬育成プログラムを 行っている団体として有名です。
Canine Companion for Independence
 1975年に設立された介助犬では最古で最大の育成団体であり、 訪問した本部施設の他、全米に4つの地域訓練センター、2つの サテライト事務所を持ち、全米各地に介助犬を送り出しています。 介助犬の他、聴導犬、スキルドコンパニオン(身体障害を持つ 児童<5歳以上>や犬の管理が不可能な成人の障害者に対して、 保護者が責任者となり、保護者と一緒である場合のみ社会への アクセスが許可される、という犬)、ファシリティードッグ (リハの専門家や教育者が施設内において治療の補助に活用する 為の犬)を提供しています。
Loving Paws Assistance Dog
 1993年設立された子供(12歳以上18歳以下)にのみに介助犬を 提供する育成団体です。子供に補助犬を提供することについては、 社会における犬に対する責任、という点で議論が多く、全米では 唯一、おそらく世界でも唯一の施設かもしれません。

<まとめ>
 今回、長期間(19日間)にわたって米国を視察する機会を得、 多くの知見を得ることができました。特にアクセス問題に関して は、ADAの施行後、劇的に減少しているということを全ての補助犬 関係者から聞くことができ、法律の整備と認知の重要性を強く感 じました。また米国は学ぶ点が多いと感じると同時に認定標準な どがないために、育成団体によって質の差が大きいであるとか、 資金の潤沢なところとそうでないところでは犬の健康チェック 項目などにかなりの差がある、という普及しているからこそ見ら れる問題点もありました。さらには補助犬の苦情のなかには、 動物虐待に関するもの(手入れされていない、訓練士や使用者の 犬に対する手荒な扱いなど)などもあり、補助犬における動物 福祉的な問題点も知ることができました。補助犬の分野は世界を 見渡してもまだまだ新しい分野です。良い点は見習い、悪い点は 同じ轍を踏むことがないよう、良質な補助犬が普及していくよう に願いながら報告を終えようと思います。


合同訓練風景 正面入り口からの風景