〔随 想〕
世界情報社会サミットに思う
研究所 障害福祉研究部長 河村  宏



 昨年12月、世界情報社会サミットがジュネーブで開催された。 筆者は同サミットに準備段階から参加し、最終日の公式イベント のひとつである「情報社会における障害問題を考える地球フォー ラム」を企画立案する機会を得た。
 世界情報社会サミットは、情報社会のグローバルな諸問題を 解決するために国際電気通信連合(ITU)が事務局を務めて開催 する二回にわたる国連の元首級会合である。2003年のジュネーブ サミットに続いて2005年には北アフリカのチュニスで開催が予定 されている。
 情報アクセスの格差問題(デジタル・ディバイド)とインター ネットの管理が解決されるべき主要な課題だった。格差の議論の 中心はやはり南北の格差であり、障害者の情報アクセス問題は放 っておけば全く無視される胃の痛くなるような準備会議が続いた。 幸い障害者の情報アクセス問題をめぐる国際的なネットワークが 機能して、結果的には最終段階で情報通信技術 (ICT:Information and Communication Technologies)における ユニバーサルデザインと支援機器の開発が重要であることを基本 宣言に盛り込むことができた。

 1ラウンドが1週間ないし2週間にわたる準備会議は緊張の 連続だった。従来のサミットが基本的に政府だけの会合であった のに対し、世界情報社会サミットは、政府、産業界、市民社会の パートナーシップを名実共に追求しようとしていたように思わ れる。市民社会は、地域別あるいは問題別にグループを作り代表 を選んで、政府あるいは産業界では十分に対応できない問題と その解決について最低限の発言の機会を得た。筆者は障害者の リハビリテーションの研究者という立場で市民社会グループの 障害問題の担当を務めた。担当としての主たる仕事は、障害者の 情報アクセスの保障に関わる文言を的確にサミット文書に盛り 込むことと適切なイベントの企画立案であった。また、サミット そのものの物理的なアクセスと情報のアクセスを改善することも 取り組むべき課題とした。

 長期にわたった準備過程の最も多くの努力は基本宣言と呼ば れる合意文書の検討に費やされた。詳細を書く余裕は無いが、 昨年秋に当センターでご講演をお願いしたシールマン博士を はじめとする世界中の専門家とジュネーブの会議場にいる筆者と を結ぶインターネット上の共同作業が極めて大きな成果を挙げた。 障害者固有の情報アクセスのニーズを盛り込んだ基本宣言の文案 と提案理由を市民社会障害問題グループとして文書化し数度に わたり会議場で配布したが、その原案を会議の進行に合わせて 世界中の関係者に配布し数時間のうちにメールで意見を集約した こともある。

 「情報社会における障害問題を考える地球フォーラム」は、 60人以上の障害者を含む250人の参加を得て成功裏に開催された。 すべて情報社会のありかたに関わる13の発表の中に、自閉症、 精神障害、緊急災害対応のそれぞれのテーマで日本から3つの 発表があった。
 自閉症者の家族によって設立された埼玉県川越市の 「けやきの郷」の朝日に輝く人々の映像から始まるオリジナル ビデオを用意した須田さんと阿部さんの発表は、自閉症について の新しい展望を切り開くものとして評価された。精神障害の本人 でありシステム開発者でもある北海道浦河町の「べてるの家」の 山根さんの発表は、精神障害者に展望と元気を与える共に暮らす 町づくりのユニークな実践報告として注目された。筆者は、情報 通信技術を活用した障害者の生命安全にかかわる災害時等の情報 支援の国際的な協力態勢づくりについて提言をした。
 今日、車椅子や乳母車を考慮しない交通計画や町づくりを日本 で進めれば、その立案者と実施者は共に責任を追及される。法令 や指針と共に、障害者本人と市民がそれを許さないからである。 では情報社会の構築はどうだろう?視覚や聴覚の感覚障害はもと より、高次脳機能障害等の認知障害、あるいは知的障害、キー 操作が困難な身体障害等々、情報とコミュニケーションに障害が ある人々の権利を保障する計画が立案されているだろうか? 残念ながら答えはノーである。2005年11月にチュニスで開催 されるサミットを目標に国際的に連携して進めなければなら ない課題は、まだ山積している。