〔随想〕
ストックホルム中央駅
研究所 障害福祉研究部長 河村  宏


 スウェーデンの首都ストックホルムの中央駅にはノルディック・シーという変わった ホテルがある。
 持参のパソコンを部屋でインターネットにただで接続できることと、ストックホルム の国際空港から中央駅までを20分足らずで結ぶアーランダ・エキスプレスのホームから 文字通り1分で着く便利さとでストックホルムでの定宿となっている。
 このホテルには室内が年中零下6度以下に保たれている変わったバーがある。 カウンターもテーブルもグラス(?)も氷でできているバーに、客は純白でダボダボの 防寒マントを着せられて入る。二重ドアを通って私が初めて入った時の室内外の温度差 は30度だった。総勢6名と盲導犬が一頭。アメリカ、スイス、インド、スウェーデン、 日本を出身地とする風変わりな一団に、窓ごしにバーを覗く視線が集中した。飲み物の 味はまったく覚えていない。


インド盲人協会のマノーチャ氏(右)、アイスバーにて

 ノルディック・シーの薄暗くしてあるロビーには水族館のように大きなライトアップ された水槽があり、ロビーバーに座ると沢山の色鮮やかな魚と対面できる。日中ならば セルフサービスのコーヒーがバーカウンターに置いてある。ホテルの名前とは裏腹に、 水槽内の色とりどりの魚は熱帯産の大小の淡水魚である。
 一連の会議の最終日、急に1〜2時間番外の会議を夕食前にホテルで持つことになった。 高い会議室の部屋代を覚悟してホテルのフロントにその旨を言うと、人の良さそうな 恰幅の良い中年のスタッフは、ひとしきりパソコンを検索した上で、部屋は取れるが、 集会場のホワイエ(ロビーのこと)ならば今日は集会が無いので人も来ないし無料だが、 と言う。本当に人も来ない静かな場所にあつらえ向きのソファーとテーブルがあり、 パソコンの電源だけは少し遠くから引っ張らなければならないものの、件のコーヒーを セルフサービスで運んで快適に会議を持てた。ちなみに、ホテル内のパブリックスペース では普通の商用無線LAN経由でインターネットが使えるが、これは有料である。
 私のように旅行中にも必ずメールをチェックしなければならない者にとっては、 自分のパソコンが自室でインターネットにつなげられるかどうかが重大問題である。 かつては普通の電話回線でパソコンから電話をかけて契約しているインターネット接続 事業者の一番通信料金の安いノードまで接続したが、最近はホテルの自室でイーサネット と呼ばれるケーブルでパソコンを直接インターネットにつなぐことができるホテルが 増えてきた。新宿京王プラザホテルは車椅子アクセスの良さと共に客室でブロードバンド に無料でつなげることができるので、ネットユーザーの障害者を招聘して国際会議を 開くときにはインターネット割引料金で予約できた時に限って使うことにしている。 ネットユーザーにとってはネット接続コストが大きいので、部屋代の多少の差は無料の ブロードバンド接続で埋まってしまうことも多い。
 ストックホルムの夏は眠るのが難しい。午後9時を過ぎても明るく、朝も早くから 明けてしまう。その分冬はいつまでも暗く、やっと出てきた太陽も高くは上がらずすぐに 沈む。中央駅の至近の水路では、真冬には市民太公望が集まって、型の良い鮭の銀鱗が 宙を舞う。市民が自由に遡上する鮭を釣る中央駅のはずれから、大江健三郎氏がノーベル 文学賞を受賞したタウンホールまでは徒歩5分である。