〔研究所情報〕
幻肢と筋電義手の操作方法について
研究所 補装具製作部 義肢装具士 三田友記



はじめに
 研究所補装具製作部では不慮の事故や疾病によって手や足の切断を余儀なくされた方々に、 病院からの処方に基づいて義手や義足を製作しています。
 今回は切断をされた方々に生じる「幻肢」という現象と、 筋肉が活動するときに発生する電位を利用して物を掴んだり離したりする「筋電義手」という義手の操作方法について紹介します。

上肢切断と義手
 上肢(手や腕)を切断した場合、日常生活や社会生活の拡充を目的に義手が処方されます。 切断部位の状況は切断をされた方々によってすべて異なるため、 義手を製作する我々義肢装具士には完全な個別対応が求められます。 なかでも切断部位を収納する「ソケット」の適合調整は最も重要な過程です。 この過程を経た後に作業療法部門で装着訓練を行い、操作能力向上にあわせた調整をさらに重ねた上で、 はじめて日常での使用が可能になります。


義手の種類と筋電義手
 義手には大別して装飾用、能動式、作業用、筋電の4種類があります(図1)。


(写真)義手の種類、左上から装飾用、能動式、作業用、節電義手
図1 義手の種類


 なかでも、今回紹介する「筋電義手」は、様々な要因により国内での普及は欧米諸国に比べて遅れていますが、 筋活動電位という生体信号を利用して義手を操作するという点で大きな特徴があります。 その仕組みを図2に示します。残存する筋が収縮時に発生する微弱な筋電位を電子工学的に処理し、 表面電極→アンプ→フィルタ→コントローラ→モータの順に伝達させ手先具の開閉を行います。 「閉じる」と「開く」の2種類の動きをさせるために、発生源が異なる2種類の筋電位が必要となります。 実際の操作方法を述べる前に「幻肢」についてご説明します。


(写真)節電義手の仕組みの回路図
図2 節電義手の仕組み


幻肢(phantom limbs
 幻肢とは切断後にも、まだあるかのように本人が感じる手足のことです。 無いものが見えるという「幻視」(visual hallucination)とは違い、 切断をしていない人でも目を閉じたときに自分の手や足の形や動きを感じることができるように、 切断された手足の形や動きを感じるという現象です。 幻肢は切断された方々の95−100%に切断直後から発生するといわれており(Melzack, 1990)、 16世紀に外科医Pa`re(仏)によって症状が記載され、1871年に南北戦争の従軍医師Mitchell(米)が“phantom limb”という用語を考案しました(Mitchell, 1871)。 日本では大塚哲也医師が1950年代から幻肢についての臨床研究を重ね、 幻肢投影法という紙の上に幻肢の形を描き出す方法で調査を行い、 その型を6つに分類しました(図3)。 また、幻肢には運動覚があり本人の意思によって動かすことが可能です(大塚、1985)。


(写真)
左より実大型 遊離型 手部型 手指型 痕跡型 嵌入型
図3 前腕切断における幻肢の型(大塚 1985より改変)


幻肢痛(phantom pain)
 幻肢痛は幻肢に感じる痛みのことで、 切断をされた方々の約70%に出現するといわれています(Melzack 1990)。 実際には存在しない場所の痛みであるため、直接的に手当てをすることができないにもかかわらず、 「針で刺されたような」、「火箸を押し付けられたような」、 「やすりで削られるような」等の非常に不快な表現で明確に訴えられる痛みです。 ときにはこの痛みのために義手や義足の装着訓練を中止しなければならないこともあります。
 近年、この幻肢痛発生の仕組みを解明しようとする研究が脳科学の分野で盛んになってきています。 (Flor 1995, Hunter 2003)。また、切断していない手の動作を鏡に写し、 それを切断した手の動作として切断者に視覚認知させると、 幻肢がいきいきと思うままに動くことを感じるとともに、幻肢痛が軽減したという報告もあります。 (Ramachandran 1995:図4)。このようなことが起きる理由も脳科学における知見でその説明がなされています。


(写真)ミラーボックス(Ramachandran、1995)
図4 ミラーボックス(Ramachandran、1995)


筋電義手の操作方法
 一般的に前腕切断における筋電義手の基本操作は、 失われた手関節の曲げ伸ばしをイメージすることから始めます。 これは筋電義手の表面電極が、手先具開閉に要する2チャンネルの電位を確実に拾うためには、 切断後も残っている手関節背屈筋群(手首を伸ばすための筋肉)と掌屈筋群(手首を曲げるための筋肉) の運動が最も適しているからです。曲げ伸ばしのイメージをすると述べましたが、このときに「幻肢を介したアプローチ」を行っているのです。 まず、2つの電極をそれぞれ手首を曲げる筋、伸ばす筋の走路の上に置き固定します。 ここで、「では、それぞれに電位を発生させてください」と言っても決して電位は発生しません。 そこで、「幻肢の手首を曲げ伸ばししてください」と言うとそれぞれの電極から、 曲げ伸ばし動作に対応して発生する電位が観察されます(図5)。 得られる電位が弱いときや、同時に2つの電位が出てしまうときには、 切断していないほうの手も一緒に曲げ伸ばしをして、 その様子を見ながら幻肢イメージを明確にすると、改善がみられることもあります。
 誰の目にも見えない失われた手ではありますが、 その手を動かして下さいという一見不思議なアプローチが、 筋活動電位という極めて客観的な生体信号を発生させ、筋電義手を動かしているのです。


(写真)筋電義手の操作方法
図5 筋電義手の操作方法


おわりに
 「幻肢」と呼ばれる現象ではありますが、切断をされた方々にとってそれは「幻」という字を冠して呼ぶにはあまりにも現実感を伴った現象であるようです。存在の無い存在は、むしろ現実以上の存在感をもって切断をされた方々にさまざまな影響を及ぼしています。対象の無い知覚といわれる「幻覚」(hallucination)とは違って、切断をされたほとんどの方々が非常に明確なイメージをもって幻肢を表現しますし、あるときにはそれが痛んだりしびれたりして不快な経験をされています。しかし一方で、幻肢は運動覚を伴い、その運動イメージは残存している筋群の活動に一定で再現性のある変化を生じさせます。この筋活動の変化を利用するのが筋電義手システムであり、使用者の中には筋電義手を使用するうちに、幻肢と義手の形状や動きが重なり合い、義手が自分の身体像の一部であると感じる方もいます。幻肢と身につける義肢(義手や義足)が完全に一致すると、義肢の使いこなしがよくなり、日常生活に役立つともいわれています(塚本 2004)。
 このように筋活動電位という客観的に観察できる生体信号と、切断された方々の報告を照らし合わせて観察していくと、もはや幻肢は「幻」ではなく積極的に利用すべき現実的な身体像であると思われてきます。以前は幻肢という現象は極めて主観的な感覚であり、研究の俎上には載りにくい現象でした。しかし、脳科学の分野における知見はその現象を客観的に解明しつつあり、我々義肢装具士はそのような知見に基づいた新たなる義肢装具を創り出していかなければならないと考えます。義手や義足は、単に失われた運動機能や外観を取り戻すための補填物ではなく、幻肢という不快な幻を追い払い、身体像という誰にでも存在する生理的な感覚をも補填することが、真の目的ではないかと思います。


【文 献】
Flor H. et al. Phantom limb pain as a perceptual correlate of cortical reorganisation following arm amputation. Nature 375, 482-485, 1995.
Hunter JP. et al. The effect of tactile and visual sensory inputs on phantom limb awareness. Brain 126, 579-589, 2003.
Melzack R. Phantom limbs and the concept of a neuromatrix. Trends Neurosci 13,88-92,1990.
Mitchell SW. Phantom limbs. Lippincott's Magazine 8, 563-69,1871.
大塚哲也:切断に伴う幻肢、幻肢痛、整形外科Mook 40、152-159, 金原出版1985.
Ramachandran VS et al. Touching the phantom limb. Nature 377, 489-490, 1995.
塚本芳久:四肢切断のリハビリテーションにおける幻肢のマネージメント,POアカデミージャーナル 12:8-14,2004.
塚本芳久:運動の生物学(3)意識へと向かう臨床のビジョン.協同医書出版社,2004.