〔研究所情報〕
国際シンポジウム「オーファン・プロダクツの開発」開催報告
研究所 福祉機器開発部 福祉機器開発室長 井上 剛伸
研究員 守山 利奈



 平成18年2月1日、2日の2日間、東京国際交流館(江東区青海)を会場に、国際シンポジウム「オーファン・プロダクツの開発」(ISDOP 2006)を開催しました。このシンポジウムは、現在研究所で行っている科学技術振興調整費による研究プロジェクト「障害者の安全で快適な生活の支援技術の開発」の一環として行ったもので,独立行政法人産業技術総合研究所,全国頸髄損傷者連絡会,文部科学省との共同主催となりました。

 シンポジウムで取りあげたテーマは「先端技術と当事者参加が支える重度障害者の福祉機器開発」です。近年、福祉機器は、障害のある方々の生活を支援するツールとして有効に機能することが期待されています。しかし、より重度の障害がある方々を対象とする福祉機器(オーファン・プロダクツ)の開発は、利用者の体の状態やライフスタイルの個別性、更に市場が小さいことや社会制度上の複雑な問題など、解決すべき課題が多く残されています。一方、昨今の技術の進歩は著しいものがあり、このような先端技術を盛り込み、利用者のニーズに合致する適切なシステムを構築することが、重度の障害のある方々の生活をより拡げる上で重要となります。このシンポジウムでは、このような「オーファン・プロダクツの開発」に特有の問題を認識し、機器開発を行う際の有効な方法論として当事者参加の促進を提案することを目的としました。 シンポジウムのプログラムは以下の通りです。




会場内の様子
会場内の様子




        プログラム
2月1日
基調講演:「オーファン・プロダクツの開発」
  山内 繁(早稲田大学教授)

セッション1:「福祉機器の福祉機器の有効性と課題」
  ケビン・ロジャース(カナダ)
   カナダ対マヒ者協会
  麸澤 孝(東京頸髄損傷者連絡会)
  今村 登(東京頸髄損傷者連絡会)

セッション2:「欧米におけるオーファン・プロダクツの開発」
  ドナルド・スペース(アメリカ)
   VAピッツバーグ・ヘルスケア・システム 人間工学研究所
  クリスティアン・ビューラー(ドイツ)
   フォルマールシュタイン・プロテスタント財団 技術と障害研究所
  ジェフ・ファーニー(カナダ、ビデオ参加)
   トロント・リハビリテーションセンター

2月2日
セッション3:「東アジアにおけるオーファン・プロダクツの開発」
  イルク・ムーン(韓国)
   トンイ大学
  ジャン・ファ・ガオ(中国)
   上海交通大学
  諏訪 基(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
  井上 剛伸(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)

セッション4:「日本の福祉機器を取り巻く現状」
  北風 晴司(日本電気株式会社)
  今西 正義(全国頸髄損傷連絡会)
  武井 貞治(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課)

セッション5:「重度障害者の自立移動を支援するインテリジェント車いすの開発」
       (科学技術振興調整費研究プロジェクトの紹介)
  坂上 勝彦(産業技術総合研究所情報技術研究部門)
  児島 宏明(産業技術総合研究所情報技術研究部門)
  依田 育士(産業技術総合研究所情報技術研究部門)
  梶谷 勇 (産業技術総合研究所次世代半導体研究センター)
  藤田 光伸(東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻)
  佐藤 雄隆(産業技術総合研究所情報技術研究部門)
  関田 巌 (産業技術総合研究所次世代半導体研究センター)
  井上 剛伸(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)

パネルディスカッション:「オーファン・プロダクツの開発について」
  座  長 山内 繁
  パネラー ケビン・ロジャース
       ドナルド・スペース
       クリスティアン・ビューラー
       イルク・ムーン
       ジャン・ファ・ガオ
       井上 剛伸


 参加者は雨天にもかかわらず、2日間で159名にのぼりました。

 今回のシンポジウムでは、障害当事者と開発者が一堂に会し、北米、ヨーロッパ、東アジア、日本におけるオーファン・プロダクツの開発に関する報告と、それに関するディスカッションを行った点が特徴です。

 当事者からは、オーファン・プロダクツは生活を支える重要な存在であることが確認され、更にレクリエーションなどの生活の豊かさを広げるためにも、重要であることが示されました。それを受けた機器開発の在り方としては、当事者参加の重要性が示され、ヨーロッパや日本におけるその実践についての報告もありました。

 オーファン・プロダクツでは市場の問題が大きなネックになっており、社会制度による補助も重要です。給付制度の確立している欧米と発展中の東アジアでは、オーファン・プロダクツに対する取り組みや研究テーマに若干の違いが見られましたが、その根底に流れる理念は共通なものを感じることができました。オーファン・プロダクツを更に進める上で、この理念がもっとも重要であるということが、あらためて確認できたように思います。

最後に、本シンポジウム開催にご尽力いただきました皆さま、お忙しい中、時間を割いてご参加いただきました皆さまにこの場を借りて御礼申し上げます。



パネルディスカッションの様子
パネルディスカッションの様子


国際シンポジウム
「オーファン・プロダクツの開発」を取材して
 

管理部企画課情報係
   重田 洋二
 


 平成18年2月1日(水)から2日(木)の2日間にかけて江東区青海にある東京国際交流館にて、国際シンポジウム「オーファン・プロダクツの開発」が開催された。私は写真撮影を兼ねて2日目のセッションを取材した。

 まず、オーファン・プロダクツとはどういったものであろうか。例えば、ユニバーサルデザインが障害の有無、年齢、性別、国籍等にかかわらず、全ての人が利用することができる都市や生活空間をデザインする考え方であるのに対して、オーファン・プロダクツは、重度の障害がある人々を対象とした福祉機器であり、個々人の障害の心身的特徴を把握し、調整・適合を図っていくという考え方であるが、問題点としては共用品ではないため市場の規模が小さいことが挙げられる。今後これら2つの考え方が互いを補完し、障害のある人々の生活を支援していくことが望まれている。私が取材した2日目は、主に東アジア地域におけるオーファン・プロダクツの技術開発、日本国内におけるオーファン・プロダクツの取組が紹介された。

 午後のセッション「日本の福祉機器を取り巻く現状」では、全国頸髄損傷者連絡会相談役今西氏から「現在の製品の中で使い易いと感じるものは数えるほどしかない。ユーザー側の声を伝える手段や開発者側がユーザーの意見を聞く機会が少ない、といった問題がある。」という話があった。開発者側には、ユーザーが福祉機器の製品開発や評価の過程に参加する機会をどのように増やしていくのか、また、そこで得られた意見をどのような形で取り入れていくのかということが求められている。

 次のセッションでは、「重度障害者の自立移動を支援するインテリジェント車いすの開発」と題し、重度の障害がある人々の自立移動を支援するための電動車いす操作に関する最新技術が紹介された。具体的には、不明瞭な音声でも電動車いすを操作できるような音声入力装置((独)産業技術総合研究所 情報技術研究部門・児島氏)、全方向ステレオカメラシステムを用いた「電動車いす走行環境危険検出システム」((独)産業技術総合研究所 情報技術研究部門・佐藤氏)、映像を通じて遠隔地にいる支援者から音声で支援を受けることができる「電動車いす外出補助システム」((独)産業技術総合研究所 情報技術研究部門・関田氏)等である。そういった最新の技術開発には感心するばかりであった。

 当センター研究所福祉機器開発部の井上室長は、部内で開発した電動車いすの利用者が、運動会でバック走行を披露したエピソードを挙げ、「自信を持つきっかけになっているのではないか」と感じたという。おそらく今まで不可能と思っていた行動が可能となり、更に行動範囲が広がっていくことを実感することは、本人にとって大きな喜びとなったであろう。

 開発者側は最先端の技術を駆使しつつ、利用者側のニーズに適合・合致させていくシステムや体制をどのように構築していくかということが今後の課題となるであろうが、開発者と利用者だけではなく、もっと多くの人の協力や連携が必要になるだろう。重度の障害がある人々の自立生活を促進し、更に生活の質を向上させる社会を創造するためには、地域における支援体制や自立支援のための就労対策といった問題について、多くの人々の理解や協力が必要である。今後の動向を注意深く見守りつつ、何か貢献できることを探していきたいと思っている。