〔巻頭言〕
燃える集団
研究所長 諏訪 基



 組織の活力について考えてみた。
 研究所が元気と言うことは、良い研究成果が出て良い研究者が育っている状態のことである。研究には常に独創的な発想が求められる。 従って、研究者の独創性を高める環境をいかに確保するかは、研究所を運営する上での最も重要な課題の1つである。国立研究所は行政組 織の範疇の中に位置づけられ運営されていることから、研究活動を効果的に進めるためにはある意味では必然的に制約を受け入れざるを得 ない面もあるものの、どうやって独創的発想を生む雰囲気を醸し出すかは工夫の余地がある。
 今までの経験から、研究所の活力は、メンバーが自主的、主体的に発想して行動することによって生み出されるものとの仮説を私は常に 頭に描いてきた。研究所にとってこの自主性・主体性が鍵であることは間違いないのではないか、と。それはメンバー一人ひとりの備える べき条件であることだけではなく、組織としても必要な条件である。
 そのような思いを抱いていて思いを巡らせていたある日、大変共感を覚える話題を耳にした。
 組織に成功をもたらす「燃える集団」現象というのがあるという。ソニーで「AIBO」開発プロジェクトの責任者を務め、また、それ以前 にはフィリップスと組んでCDの共同開発を担当した土井利忠氏が、その体験をNHKのラジオ番組で紹介していたのを聞いた。「運命の法則 」という著書でも紹介している。
 それは、技術開発の現場の話であるのだが、チームが「夢中」になって仕事をしていると、突然スイッチが「劇的に」切り替わること があって、技術的な困難を解決する新しいアイディアがチームの中で次々と生み出されて、道が開けていく。その結果、かなり高度な開 発目標にも拘わらず、最後には締切時間に間に合って完成されるという経験を何回か経験したという話である。「燃える集団」現象とい うのだそうだ。
 途中の話は省略させていただくが、この「夢中」になること、あるいは「没頭」する境地が「燃える集団」現象を生み出す大事な鍵で あり、チームが「燃える集団」の状態になると、自らの内部からこみあげてくる喜びや楽しさを追い求めることにより、メンバーの一人 ひとりがスーパーマンに変身するのだという。
 組織における人間の行動の動機付けとして金銭、地位、名誉などに対する期待や、処罰や不名誉に対する恐れなど「外発的報酬」や「 外発的処罰」が一般的に使われることが多い中で、土井氏の経験は「自らの内部からこみあげてくる喜びや楽しさ」という「内発的報酬 」こそがパワーであると主張している。彼自身、この見解に半信半疑であったようだが、「燃える集団」の心理を専門とするある心理学 者との対話の中で、「チームが燃えるにはどういう事が必要だと思うか」と訪ねられて、「チームが自律的に、何でもデシジョン(決定 )できることだ」と答えたことが語られていた。この対話が土井氏の見解に確信をもたらしたそうで、そのラジオ放送を聞いた私も、常 日頃考えていた「チームが自律的に、何でもデシジョン(決定)できること」の重要性に確信を抱くことになった。
 以上が私がある日ラジオで耳にして共感を憶えた話の顛末である。因みにソニーの創業者である井深大氏は会社創立の第1番目の目的 として「真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」を掲げたそうである。終戦直後の 昭和21年のことである。
 今後も研究者の自主性・主体性を尊重しつつ、元気な研究所になるように工夫をしていきたいと考えている。昨今の国立身体障害者リ ハビリテーションセンターは27年前に設立されて以来の大きな転機を迎えようとしている。昨年来、われわれは組織として主体的にその 展望を語り始めていることは大変良いことではないだろうか。ソニーの「燃える集団」とは違った形になるとは思うが、一人ひとりの思 いが結集して、今後のセンターの運命が良い方向に開かれることを期待しよう。