〔センター行事〕
WHO指定研究協力センターセミナー
「障害者権利条約とインクルーシブ・ソサエティの実現」
開催報告
管理部企画課


 昨年12月13日に第61回国連総会において、“障害者権利条約”(Convention on the Rights of Persons with Disabilities)が採択されました。
 現在、世界の総人口のおよそ10%である6億5千万人が障害がある人々であるとWHOは推計しています。
 本条約は、これまでの人権に関する国際条約が、本来は全ての人々に適応されるものでありながら、実際はそのように実現していない事に対して、障害がある人々の権利及び尊厳を保護、促進するための新しい条約を作る必要があると認識し、国連総会において決議され策定に至ったものです。この国際条約を批准する国は、障害がある人の人権の保護と促進のための具体的施策を実施しなくてはいけない義務を有するとともに、実施に際しては国内でのモニタリングを受け、決められた年限ごとに国連に報告する義務が生じます。また、本条約を批准する国は、条約の主旨と国内法に矛盾がないように必要な法整備を行う必要があります。
 今回のセミナーは、この条約が目指す全ての人々の共生社会(インクルーシブ・ソサエティ)の実現のために、障害に関わる分野にどのような課題があるかを議論するためにWHO指定研究協力センターセミナーとして2月10日(土)の午後に開催いたしました。
 セミナーは、江藤更生訓練所長の開会挨拶に始まり、講演とパネルディスカッションの2部構成で進められ、講演はタイの視覚障害者協会会長で障害当事者でもあり、かつタイ国政府代表として条約策定に関わったモンティアン・ブンタン氏が行い、パネルディスカッションでは政府の障害者施策の総合調整を行う内閣府、医療、雇用・就労、福祉機器研究開発、発達障害の各分野からのパネリストによる発言が行われました。
 当日は障害当事者の方々、福祉施設・関係機関の方々、海外の方など、約120名の方々に参加していただきました。
 講演において、モンティアン氏は本条約の成立経過、特徴として、今世紀最初の包括的国際人権法であり、障害当事者団やNGOが参加して5年間という短期間の討議にて成立した事、本条約はこれまでの条約にはなかった、障害がある人が利用できるアクセシブルな形式にしなくてはいけない等を述べられました。また、条約のもつインパクトとして、障害をこれまでの個人の機能面の視点から、社会的環境、外的要因との関連で捉え、アクセシビリティ、合理的配慮、障害がある人の権利に基づいた開発を行うと規定している点を紹介しました。そして、世界に6億5千万人以上いる障害のある人々が貧困や生活のあらゆる場面における排除と差別から開放されるように、人権を守るための最初で唯一の法的拘束力をもつ本条約を実現しようと述べられました。
 内閣府の長門参事官は、日本が条約の批准をするまでの流れ、施策に取り込むためのポイントとして全ての形態の差別撤廃、合理的配慮を挙げ、アクセシブルとインクルーシブが重要な概念になると発言されました。
 早稲田大学の山内教授は、福祉機器の研究開発の立場から、本条約の中で情報コミュニケーション機器と移動関連機器の開発と支払い可能な価格にすることが規定されており、このことは社会参加を保障する手段として重要であると述べられました。
 日本発達障害福祉連盟の湯汲常務理事は、知的障害というものを測る手段自体の問題、社会の環境の変化により生活や社会活動に参加できるようになってきていること等を例に挙げて、実際の当事者が条約の成立過程に関わったことの意義、当時者の声を聞きながら施策にアクセシビリティの考え方を取り入れて欲しいこと、発達障害の捉え方や対応についての今後のあり方について発言されました。
 当センターの岩谷総長は医療の立場から、客観的な機能的評価は必要であること、条約の規定として全ての側面における社会参加のためにリハビリテーション、ハビリテーションが実施されなくてはならないことを挙げ、障害がある人が健康な生活を送るために保健サービス、医療を地域レベルで得ることができるように設備、情報等の環境整備を健康福祉施策に活かす必要があると述べられました。
 法政大学の松井教授は、雇用と就労の観点から、労働及び雇用についての規定が、一般労働市場のあらゆる形態の雇用における差別の禁止、障害がある人々が他の人々と平等に働く権利の実現を国が保障することをとりあげ、就業に関するセイフティネット、雇用の確保だけでなく質の改善、福祉的就労における制度の問題等を述べられました。
 最後のフリーディスカッションでは、本条約に関する懸念として条約の正文がアラビア語、中国語、英語等の6か国語で出されるが各国により表現、解釈の違いが出る可能性があること、実施に際しての国際協力(途上国と先進国との関係)、モニタリングの仕組みの課題等が出されました。
 残念ながら、時間の関係で来場された障害のある方々や関係者のご意見を伺うことはできませんでしたが、盛会のうちに岩谷総長から関係者にお礼を申し上げ閉会となりました。
 日本において“障害者権利条約”は、今後国連での署名、条文の正式な日本語訳の作成、国内法の確認、整備がなされてから批准手続きが行われることになります。この過程において、障害のある当事者の方々の意見を汲み入れながら障害に関わる広範な制度、法律にこの条約の精神を実現していくことが求められていきます。
 障害がある方々が利用し、障害に関わる様々なサービス、研究等を行っている当センターは、障害がある方々の考えや思いを直接捉えることができる立場にあると言えます。本セミナーを通じ、全ての人々に保障されるべき人権が障害がある人々にも実現され、それを守るために常にアンテナを張って活動をしなくてはいけないと感じました。
 最後に、今回のセミナーの開催にあたり、センター内外からご協力をいただきましたことに感謝の意を表します。


(写真1)モンティアン・ブンタン氏
モンティアン・ブンタン氏

(写真2)パネルディスカッションの様子
パネルディスカッションの様子


※本条約の原文(英文)は下記URLでご覧になれます。
 http://www.un.org/disabilities/convention/conventionfull.shtml



<プログラム>
13:00〜13:10 開会挨拶 江藤 文夫
国立身体障害者リハビリテーションセンター更生訓練所長
   
13:15〜13:45 講演 Mr.Monthian Buntan タイ国視覚障害者協会会長
「障害者権利条約がインクルーシブ・ソサエティの実現に与えるインパクト」
   
13:45〜13:55 コメント 松井 亮輔  法政大学現代福祉学部教授、
日本障害者リハビリテーション協会副会長
   
13:55〜14:05 休 憩
   
14:05〜15:55 パネルディスカッション「インクルーシブ・ソサエティ実現への課題」
(パネリストからの発言、ディスカッション、会場との質疑応答)
   1 Mr. Monthian Buntan
   
   2 松井 亮輔氏「雇用・就労分野から」
   
   3 長門 利明氏 内閣府政策統括官付参事官(障害者施策担当)
     「障害者権利条約について」
   
   4 山内 繁氏 早稲田大学人間科学学術院特任教授
     「障害者の権利条約と福祉機器」
   
   5 湯汲 英史氏 社団法人 日本発達障害福祉連盟常務理事
     「障害者権利条約と法改正−“本人抜きに決めない”を原則に」
   
   6 岩谷 力 国立身体障害者リハビリテーションセンター総長
     「医療分野における課題」
   
    司会 河村 宏 国立身体障害者リハビリテーションセンター障害福祉研究部長
   
15:55〜16:00 閉会挨拶 岩谷 力