〔巻頭言〕
新規性・進歩性・有用性
研究所障害工学研究部長 加藤 誠志



 この三題は何のことかお分かりですか。これは特許が認められるための3つの要件です。発明・発見に基づく新しい技術であり(新規性)、従来の技術からは容易に類推することができず(進歩性)、産業の分野で利用できること(有用性、正確に申しますと「産業上の利用可能性」)が要求されます。特許は皆さんにとって馴染みがないかも知れませんが、我々技術屋にとっては、研究開発の成果を世に問う最大の手段です。障害工学研究部においても、特許が出せるような研究をめざしています。というわけで、特許についてお話したいと思います。  

 皆さんがまず疑問に思うことは、なぜ特許をとる必要があるのかということではないでしょうか。答えは、アイデアをアイデアのままで終わらせずに、実際に商品として世に送り出したいからです。何か新しい発見や発明を行って、それを世の中の役に立たせると言うのが、我々工学系の研究者の使命ですから。別に特許をとらなくても、開発した技術を利用して商品化することは出来ます。ただ、特許になるような新しい技術を実用化して新しい市場を開拓するには、多くの時間と資金を必要とし、それだけに大きなリスクを伴います。したがって、発明した技術を独占的に実施できる権利すなわち特許権がないと、他の誰かがその成果のみを拝借して商売をしてしまい、実際に開発をした企業にとってメリットが無いことも起こりえます。我々の部署は国の研究機関なので、実際に商売をするわけではありませんが、企業にインセンティブを持って実用化してもらうためには、特許権を確保しておく必要が有ると言うわけです。  

 ここで、障害工学研究部で近年出願し実用化に到った特許を二つご紹介しましょう。一つは、認知障害者用の記憶補助装置です。すでに「メモリアシスト」という名前で市販されています。以前、この国リハニュースでも紹介しました。これまで認知障害者を対象としたこのような機器が無かったこと(新規性)、認知障害者のニーズに合致した仕様であること(進歩性)、成果物がすでに商品化されていると言うこと(産業上の利用可能性)で特許の3要件は満たしています。

 もう一つは、「V-キャッピング法」と名付けた遺伝子解析法です。先天性の視覚障害である網膜色素変性症の原因遺伝子を突き止めるために開発した技術です。網膜色素変性症の原因となる遺伝子の多くは、網膜細胞でのみ働いています。そこで、網膜細胞で働いている遺伝子を網羅的に調べ挙げて、この中から病気の原因となる遺伝子候補を見つける戦略をとることにしました。最初は従来技術を用いていましたが中々うまく行かず、その過程で偶然発見した現象を用いて開発したのが、この技術です。これを用いて新しい原因遺伝子候補をたくさん見つけることができました。この技術は想定外の酵素反応を発見したことに端を発し(新規性)、従来法とは異なる原理に基づくものであり(進歩性)、すでに企業により実用化されて様々な分野の研究者によって遺伝子解析に活用されています(産業上の利用可能性)ので、これも特許の3要件を満たしています。

 以上の話をお読みになって、特許なんて自分には関係ないやと思わないで下さい。特許に必要とされるこれら3つの要件は、研究はもちろん訓練業務や事務を含めどんな仕事にもあてはまると思いませんか。仕事を本当に面白くするには不可欠の要件である、と私は思います。年度始めは新しいことをやる絶好のチャンスです。昨年度と同じことの繰り返しではなく、上記3つの要件を満たす独自のやり方を一つ考えて試して見ませんか。