〔巻頭言〕
あらためて「リハビリテーション」
総長 岩谷 力



 今日、わが国では一般に、機能回復、生活能力の獲得、向上のために行われる運動療法、物理療法、作業療法、言語療法、医療ソーシャルワークなどの保健・医療・福祉サービスを、リハビリテーションと呼んでいる。しばしば、機能回復という目的が不明瞭になり、リハビリテーションはこのような各種療法の集合名詞として用いられる。

 リハビリテーションは原義に戻ると、”restore somebody who has suffered loss of rank, reputation ,etc. to his former position” (Oxford advanced Learner’s Dictionary)である。医療の世界では、第一次世界大戦後に身体障害者の職業復帰という文脈の中で用いられるようになった。身体障害者の社会復帰を準備する段階で必要となる医学的配慮を医学的リハビリテーションとよび、専門化が進められるうちに、リハビリテーションという語は、主として「医学的リハビリテーション」を意味するようになった。前出の辞書でも、rehabilitateの意味として“restore somebody to a normal life by retraining, medical treatment etc.”が最初に書かれている。

 リハビリテーションは様々に定義されてきた。国連はStandard rules on the Equalization of opportunities for Persons with disabilities( 1993 )において、リハビリテーションという語は、障害を持つ人々が身体的、感覚的、知的、精神的そして社会的な機能レベルを最適な状態に到達し維持することにより、より高い自立レベルにむけて生活を変えていく手段を提供することを目的とした過程を意味する。リハビリテーションには、機能の発揮、回復、機能消失または機能的制限の補償などの手段が含まれる。その過程には、医学的治療は含まれないが、その手段、作業には極めて基礎的一般的なものから職業リハビリテーションのように目標が限定されたものまである。
http://www.un.org/esa/socdev/enable/dissre01.htm2007年10月 岩谷訳) 

 WHOは、国連の上記の説明を引用した上で、「リハビリテーションは、医学的治療に続く身体的、心理的、職業的療法など広い範囲の活動を意味する。」
http://www.who.int/disabilities/care/en/2007年10月 岩谷訳)としている。

 2006年12月に国連で採択された障害者権利条約の第26条には以下のようにある。「締約国は、障害者が最大限の自立並びに十分な身体的、精神的、社会的及び職業的な能力を達成し、及び維持し、並びに生活のあらゆる側面に完全に受け入れられ、及び参加することを達成し、かつ維持することを可能とするための効果的かつ適切な措置(障害者相互による支援を通じたものを含む。)をとる。このため、締約国は、特に保健、雇用、教育及び社会サービスの分野において、プログラムを企画し、強化し、及び拡張する。この場合において、これらのサービス及びプログラムは次のようなものとする。(a)可能な限り初期の段階において開始し、並びに個人のニーズ及び長所に関する総合的な評価を基礎とすること。(b)地域社会及び社会のあらゆる側面への参加及び受入れを支援し、自発的なものとし、並びに障害者自身が属する地域社会(農村を含む。)の可能な限り近くにおいて利用可能なものとすること。」(障害者権利条約仮訳http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/shomei_32.pdf2007年10月)

 20世紀末になって社会の高齢化が進み、高齢者の心身機能の生理学的低下に対処する方策としてリハビリテーション医療の有用性が認識された。わが国においては、高齢者医療において、リハビリテーションは急性期医療と在宅生活との橋渡しの役割が強く期待されるようになっている。

 障害を持つ人々のリハビリテーションにおいては、医学的リハビリテーションの成果を活かして、家庭で、学校で、職場で自立的な生活を営むことが目標である。そのためには、健康管理のための保健、自立生活を支えるための福祉サービス、社会の一員として生きるための生活技能を習得するための学校教育、職業技能を習得するための職業訓練、雇用が継続されるためのジョブコーチなどの支援が必要である。そして、障害を持ちつつ社会生活を営むために、医療に連続する保健、福祉サービスが不可欠である。このような過程を図にあらわしたものを示す。そして、我々のセンターは治療ステージから社会生活技能学習ステージにわたる広範なサービスを提供している数少ない施設である。

 医学は、病気を治すことを目的とし、障害のある、障害を持つに至った人の生活には、手が回らない状態が続いている。障害を、病気の結果と考え、病気の治癒を通した障害の軽減に執着する結果、障害を持つ人々の病気治療を優先させ、医療は社会的活動に対して抑制的な態度をとる。例えば、病人に対して、病気を治してから仕事をする、手足が動くようになってから家事を行うなどの指導をする。社会においても同様で、会社は病気を完全に治してから仕事に戻るように求める。そして、疾患や外傷により障害を持つに至った人々は、病気の完治を追い求め、医療施設に留まることを強く希望し、障害を持っての生活に踏み出すことができずにいることが多い。

 リハビリテーションは、機能を回復させて、病前の状態または普通の人と同じ能力をもつ状態になるための手段ではない。機能の回復には限界があり、十全の心身機能を回復して生活に戻ることができない場合も決して少なくない。その様な状態であっても、生活をしなければならないのである。リハビリテーションは期限を限ったプロセスであって、長期間にわたって機能回復を目的とした治療を続けることは、目的に反する。要するに、「できないこと」は「できない」のである。「できないこと」を「できるようになる」までリハビリテーションを続けるのではなくて、「できること」を「できるように」したうえで、「できないこと」について「なぜできないのか」を客観的に論理的に理解して、福祉機器の利用、人的介助、福祉サービスの利用などにより、生活ができるように支援することである。リハビリテーションは、本人や家族が新しい生活スタイルを身につける過程である。そのプロセスに主体的に取り組むのは当事者とその家族である。リハビリテーション専門職は、コーチまたはトレーナーまたはadviserまたはsupervisorである。当事者が意欲を持ってリハビリテートするように働きかけることが我々の仕事である。



リハビリテーションプロセス
リハビリテーションプロセス