〔巻頭言〕
総長「新年挨拶」
総長 岩谷 力



 私たちのセンターは、昭和54年(1979年)に開設されました。今年は29年目を迎えます。先輩方の英知が結集され、身体障害者の医療から職業訓練までのリハビリテーションセンターが築かれ、その精神・知恵は順次引き継がれ、センターは充実・発展して参りました。さらなる発展が後輩の私たちに託されています。

 29年の時を経て、センターを取り巻く環境は大きく変化し、先輩の意思を将来につなぐために、私たちはこれまでを振り返り、新たな途を切りひらく時におります。

 昨年末、私たちは「国立身体障害者リハビリテーションセンターの今後のあり方に関する検討会中間報告書」をとりまとめました。この報告書は昨年5月に検討会設置を決定してから10回の検討委員会と職員の皆さんからの意見聴取を経て作成されました。

 センター開設当時を振り返ってみますと、医療分野ではCTが導入され、ようやく脳出血と脳梗塞の鑑別診断や水頭症の診断が非侵襲的に可能になった頃です。関節置換術の成績はまだ不安定でした。顕微鏡手術が普及し始めた頃でした。

 アメリカでは障害者の自立生活運動が勢いを増し、リハビリテーション法が改正されたのは1978年でした。わが国においては、青い芝の会を代表として障害者の権利運動が盛んでした。障害者は可哀相で、保護すべき存在として社会から隔離されていた時代でした。センターはこのような時代背景のもと、遅れていた障害者のリハビリテーションの普及、発展を図る国のモデル機関として設置されました。

 設立当時のセンターの活動目標は、

 1,身体障害者の医療から職業訓練までの一貫した実施

 2,医学的、社会的、職業的リハビリテーションの実施と評価

 3,リハビリテーション技術の研究開発と技術者の養成研修

 4,障害者医療設備の充実

 5,情報収集と交換

 6,関連施設へのリハビリテーション技術指導

 でありました。

 センターは、29年間にこれらの目標をほぼ達成して参りました。しかし、障害者を取り巻く環境は大きく変化しました。

 1980年には、WHOがICIDHを提唱し、病気から障害が発現する障害化過程を説明するモデルが示されました。ICIDH を用いて、障害が疾患から、機能障害、能力低下、社会的不利という階層でとらえられるようになりました。この障害化モデル(disablement model)は、医学に偏っているという批判をうけ、20年後の2001年にICFに改定されましたが、疾病から障害が発現するプロセスを分析的、階層的にとらえた点で、リハビリテーションの実践を論理的にしました。

 障害に関する概念、障害者福祉の理念に大きな変化がありました。

 国連は1981年を国際障害者年とし、障害者の「完全参加と平等」を訴え、1983年から1992年の10年間を「国連・障害者の10年」とし、各国に障害者の福祉、自立援助、教育などの諸政策を計画的に充実するよう要請しました。さらに、1993年には「障害者の機会均等化に関する標準規則」を採択し、医療、リハビリテーション、教育、就労、社会保障などの課題について、各国が取り組むべき具体的指針が示されました。

 1990年にアメリカでは、「障害のあるアメリカ人法(ADA: Americans with Disabilities Act)」が制定され、1995年にはイギリスで障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act)が制定され、障害者の機会均等、完全参加、社会的・経済的自立が保障され、さらに雇用、サービス提供における障害を理由とした差別が禁止されることとなりました。そして2006年12月には、国連で障害者権利条約が採択されるに至りました。

 わが国においては、1993年に心身障害者対策基本法が改正され、障害者基本法となり、2004年の改正により、障害を理由とした差別の禁止、国の障害者の権利擁護、差別防止、福祉増進への責務が示されています。1994年には「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律(ハートビル法)」、2000年には、「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(交通バリアフリー法)」が制定されました。その後、2005年の支援費制度導入、2006年の障害者自立支援法へとつながっています。

 29年前には「保護されるべきとして社会から隔離」されていた障害者は、今日では「社会であらゆる活動に参加する権利を持つ」市民として認められ、社会にはその権利を保障する合理的配慮が求められる時代を迎えています。

 この間に、医学・医療はめざましく進歩し、障害者福祉システムも整備され、人口構成、疾病や障害の構造が大きく変化しました。感染症、事故による死亡、障害が激減し、先天性疾患、慢性疾患が多くを占めるようになり、障害者の障害の様相も変化しました。重度障害者、重複障害者が増え、新たな障害種別が加わって、センター利用者の支援ニーズが変化しました。

 さらに、わが国は少子高齢社会となり、加齢による心身機能低下に起因する高齢障害者の介護が家族と社会の大きな負担となっています。

 「センターの今後のあり方」は、このような社会の変化を乗り越えて、センターが目指してきた障害者のリハビリテーションを先導する役割を果たしていくために検討されました。

 センターのこれからの行動目標として、

 1,少子高齢社会における多様な障害に対応する国立身体障害者リハビリテーションセンター

 2,先進的リハビリテーション医療実践、政策福祉推進の中核的機関

 3,研究・開発、実践・検証、人材育成、関連情報発信の統合型機関

 4,社会生活を支える保健、医療、福祉、労働支援サービスモデルの確立と一体的提供

 5,戦略的運営体制による効率的事業展開

 を掲げています。

 この「センターの今後のあり方」については、また、私は日を改めて、職員の皆さんに詳しく説明する機会を持ちたいと思っております。皆さんには、明日のセンターをイメージして、日常業務の改善を積み重ねることで、センターの将来を切り開いて頂きたいと思います。