〔研究所情報〕
「認知症のある人の福祉機器シンポジウム」開催報告
研究所福祉機器開発部 寺田 容子・塚田 敦史



 平成19年12月8日(土)、学院大研修室にて、「認知症のある人の福祉機器シンポジウム」を開催しました。

 第2回目となる今回のシンポジウムでは、「自立と家族を支える」という副題のもと、認知症者の暮らしに福祉機器を取り込み、本人の自立と家族の支えに活かすための方策を共に考えることを目的としました。

 メインシンポジストとしては、本分野の先駆者であるスウェーデンハンディキャップ・インスティチュートのインゲラ・マンソン氏をお迎えし、認知症のある人の機器の実際についてお話しいただきました。第1回目のシンポジウムとの差異は、機器について「知る」段階から、「使う」段階へと視点をシフトした点が挙げられます。

 当日の参加者は100名にのぼり、盛況のうちに終了いたしました。

 シンポジウムのプログラムは、以下の通りです。



第一部
13:15−13:30
  佐々木 健 (厚生労働省 老健局計画課 認知症・虐待防止対策推進室)
  〜新健康フロンティア戦略における認知症研究の位置づけ〜
13:30−14:30
  Ingela Mansson(SwedishHandicapInstitute)
  〜ASSISTIVE TECHNOLOGY SUPPORTING PEOPLE WITH DEMENTIA AND THEIR RELATIVES
  認知症のある人と家族を支援する福祉機器〜
   
第二部
14:45−15:00
  中村 成信 (若年認知症家族会 関東部会 彩星の会)
  〜暮らしの工夫事例〜
15:00−15:20
  島村 淑子 (社会福祉法人 浴風会 グループホーム「ひまわり」)
  〜認知症の排泄ケア ―グループ ホームでの取り組み―〜
15:20−15:50
  山崎 正人 (スタジオ代 、 東海大学 文明研究所)
  〜道具・空間・視覚伝達系デザインを取り入れた実母の在宅ケア実践例〜
   
第三部
16:00−16:20
  井上 剛伸 (国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所 福祉機器開発部)
  〜「何をしたか?」「今がいつか?」「これから何をするか?」を知ることの支援研究〜
   


更生訓練所の利用者との協働作業

 今回のシンポジウムでは、更生訓練所の利用者の方と協働で、シンポジウムの運営を進めるという試みも取り入れました。これは、将来「就労」を目指して、日々訓練に励んでいる更生訓練所・就労移行支援の利用者の職場体験実習を受け入れるという、福祉機器開発部では初の試みを通して行われました。

 具体的には、運営スタッフとして、更生訓練所の5名の利用者の方に主に受け付け業務のお手伝いをいただきました。参考までに、障害の内訳は、肢体不自由で車いすの方が3名、肢体不自由で松葉杖を利用されている方が1名、高次脳機能障害の方が1名でした。

 当日の待ち合わせ時間は、午前9時。5分前に私たちが到着すると、利用者の方々は、福祉機器開発部のスタッフの誰よりも早く、会場に到着されていました。

 当日、お願いをした仕事は、「張り紙の掲示」「控え室の準備(お弁当を並べる、お茶を準備する、お茶菓子を買ってきて、並べる)」「受付業務」等でした。

 そのうち、もっとも主要な仕事であったのが、受付業務です。受付は、基本的には、2人一組のペアで対応していただくようにしました。例えば、「事前受付(既に申し込まれている方)」については、一人がまず、お客様の名前を伺い、事前受付の有無を確認し、名簿にチェックを入れます。また、そのお客様が、シンポジウム終了後の交流会に参加されるかどうかについても確認します。その間にもう一人がシンポジウムの資料を用意し、お客様にお渡しすると共に、交流会を申し込まれている方に対しては、交流会受付の場所をお知らせします。交流会を申し込まれていない方に対しては、交流会があることをお知らせします。

 利用者の方々は、受付業務は初めてとのことで、はじめは緊張してぎこちない様子でお客様に対応していましたが、時間が経過するにつれ、ペアでうまく連携して、受付業務をこなすようになっていきました。お客様への対応も板についてきて、安心して仕事を任せることもできました。働きぶりも、最初から最後まで、大変真面目かつ意欲的であり、私たち福祉機器開発部のスタッフは気持ちよく仕事をさせていただくことができました。

 今回、私どもが感心したのは、利用者の方が、自分たちで創意工夫をこらして、業務に取り組まれていた、ということです。例えば、受付にかかる時間を短縮するために、「名簿をセロハンテープで机に固定し、手先が不自由でもすばやく名前をチェックできるようにする」、「一人が、お客様の交流会参加の有無を名簿確認したら、それを、○とか×とかという簡単な分かりやすい言葉でペアのパートナーにすばやく伝える」などの工夫を、うまく実行されていました。

 当日の仕事開始直後、「この障害ではこの作業は難しいのではないだろうか…」、正直、私たちは、利用者の方に、どの作業を、どこまでお願いしたらよいか分からず、とまどっていました。しかし、たった「一日」ですが、共に同じ時間を共有する中で、利用者の方々、一人ひとりがそれぞれできることを徐々に見極め、自然な形でお願いすることができるようになっていきました。そして、利用者の方もそれに真摯に応えてくださいました。


我々が学んだこと

 このような経験を通し、一人ひとりの方の特性を見極め、この方は「何ができるか」、「どうすればできるか」を考えることが重要であると学ばせていただきました。そして、それは、時と場を共有することで、お互い徐々に分かり合ってくるのだということを実感しました。

 わが国が目指すべき社会は共生社会です。そのために、研究所では、様々な研究がすすめられています。しかし、そのような研究を行う上で重要なのは、私たちの心の中に共生の芽が育っていることではないかと考えさせられました。今回のように、更生訓練所の利用者の方と共に何かを創り上げる経験を積み重ねていくことで、私たちは、心の共生の芽を育て、その意識を自然な形で研究面にも反映させていくことができるのではないかと、そのような気づきを得たシンポジウムでもありました。





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