〔研究所情報〕
最先端の義足と切断者の現状
研究所補装具製作部 中村 隆


 「義足のランナー北京五輪出場ならず!」年頭に届いたこのニュースを耳にした時、ある一面に限って言えば、障害のある選手が障害のない選手を脅かす存在になった、義足の進歩もついにここまできたか、という印象を持った方も多いことでしょう。
 昨年7月末、世界最先端の義足に接する機会がありました。カナダのバンクーバーで開催された国際義肢装具学会に参加した時のことです。この学会は3年ごとに開催され、世界中から義肢装具に関与する医療従事者、教育者、エンジニアらが集います。一般の研究発表はもちろんのこと、発展途上国における義肢装具事情の紹介や義肢装具メーカーによる新製品の商業展示があります。
 商業展示では、ある海外メーカーからこれまでの常識を一変させる義足部品が紹介されました。
 それは階段を交互に上ることが可能な大腿義足の膝継手です(写真1、2)。義足と健足に取り付けたセンサにより切断者の歩行状態を感知し、平地、坂道、階段といったさまざまな状況に応じて内部の動力が関節の動きを制御します。これまで大腿切断者にとって階段を交互に上ることは困難なこととされていただけに、目の前で繰り広げられる義足ユーザーの高いパフォーマンスに皆が驚かされました。ただし、実際に使用できるまでには数週間の特別訓練が必要とのことであり、また価格も高額なため、すぐ一般に普及するわけではないようです。とはいえ、この画期的な製品を目の当たりにして、海外メーカーの高度な技術力とその製品化を決断した勇気に心から拍手を送りたいと思いました。

(写真1)最先端の義足  (写真2)デモンストレーション   

写真1
最先端の義足(左)と
デモンストレーション(右)

(写真3)階段を交互に昇る様子「左足が義足」

写真2 階段を交互に昇る様子 (左足が義足)




 かつてある海外の研修生から「日本はロボットが作れるのになぜ義足の部品を作らないのか?」と問いかけられ、答えに窮したことを思い出しました。もちろん日本製義足部品の中には世界に誇る部品もありますが、現在、日本の福祉制度で認可されている多くの部品は欧米で開発されたものです。また、日本の大学の研究室でも義肢装具の研究を行っているところもありますが、研究発表にとどまり、実用化まではなかなか到達しません。日本の技術力をもってすればもっといろいろなことができそうなのですが、うまくいきません。その一因は、研究サイドと現場との乖離が大きいため、相互理解の情報が乏しく、研究のゴールイメージがなかなか一致しないためであると思います。すなわち、本当に有用な研究成果を挙げるには、相互の情報交換が必須であり、現場からも情報発信をする必要があります。
 補装具製作部ではセンター開設当初から臨床業務として1000名を超える方に義肢装具製作を行ってきました。このたび、その製作記録をまとめ、その中から義肢装具製作の実態を情報発信できるように切断者と義肢装具製作に関する資料を作成しています。その一部を紹介すると、義肢製作の対象となった切断者の平均年齢は上昇の一途をたどり、上肢切断者に比べて下肢切断者の平均年齢の上昇が近年著しいことがわかりました。特に、疾病を原因とする下肢切断者が高齢者に増加しており、センター開設当初と切断者の状況が大きく変化していることが明らかとなりました(図1。詳細は国リハ研究紀要28号にて発表予定です)。
 これまで高機能な義足といえば、義足のランナーのように活動的な切断者が健常者と同様のパフォーマンスが可能になることを目指して開発されてきた傾向にあります。しかし一方で、現実には疾病により切断に至った方や高齢者のように、体力的に弱い切断者が増加しているのも事実です。このような方が義足を簡単に装着して安全に立ったり歩いたりするためには、その能力を補うために別な意味での高機能部品の開発が課題となってきます。 今回カナダで見た最先端義足の今後にその答えがあるかどうか、皆さんはどうお考えになりますか?



(図1)片側下肢切断者の原因別切断者数と平均年齢の推移(補装具製作部調べ)
図1 片側下肢切断者の原因別切断者数と平均年齢の推移(補装具製作部調べ)