〔センター行事〕
WHO指定研究協力センターセミナー
「発達障害の理解と就労支援−自閉症スペクトラムを中心として−」
開催報告
管理部企画課


 去る3月2日(日)、WHO指定研究協力センターセミナーとして、発達障害に関するセミナーを開催し、約200名の方々の参加をいただきました。
 これまで当センターは主に身体に障害のある方々のリハビリテーションに関するセミナーを開催してきましたが、平成19年度から当センターが青年期における発達障害者の就労支援、地域生活支援に取り組む準備を開始したことから、今回は発達障害をテーマとすることにいたしました。
 昨今、新聞やテレビの特集で発達障害について取り上げられることが増え、その一つである自閉症についても、これまで多くの人々は自閉症イコール寡黙・他者との接触をしないといった固定化されたイメージで捉えていたのが、実際には様々な状態の人々がいるということを知るようになったのではないでしょうか?
 当センターにとっては、発達障害について第一歩となるセミナーですので、発達障害の医学的側面、福祉・労働政策の現状、就労支援の取り組み等の基本的な情報を知る事と同時に、発達障害の当事者の声を聞くことといたしました。発達障害には色々な状態がありますが、今回は特にアスペルガー症候群を含む自閉症を中心に発表とディスカッションを行いました。
 初めに、アメリカ ニューイングランド自閉症協会名誉会長、全米自閉症協会役員のスティーブン・ショア博士に基調講演を行っていただきました。ショア博士はご自身がアスペルガー症候群の当事者であり、かつ、自閉症児の音楽教育、専門職に対する教育、コンサルタントとして世界で活躍されている方です。ショア博士は、ご自分が幼児期に自閉症の診断をされて以来、両親の導きにより自分の興味を見出す事ができた事や、青年期になってからのアルバイトや仕事の体験談を発表されました。更には、アメリカやイギリスの自閉症の人々の雇用の例を紹介されました。この講演で、ショア博士は、自閉症の人々には他者との言葉によるコミュニケーションや社会的相互作用の困難さ、感覚過敏、関心の限定等があるが、別の見方をすれば、例えば“関心の限定”とはある特定の分野に非常に強い関心や情熱を持っている事であり、これは“スペクトラム”(一つの点ではなく、広がりを持った領域)の一つであると話されました。この特長をうまく生かして雇用・就労に結びつけること、また自閉症者の個々人の状態に合った“柔軟な就労形態”を考えることにより、自閉症者が社会における生産活動に参加できると幾つかの例を挙げて説明して下さいました。
 ショア博士に続き、日本人パネリスト6名による各分野の現状についての発表がありました。
 行政からは厚生労働省の精神・障害保健課の日詰専門官が「発達障害者支援法」の3つの主旨:自治体において関係領域のネットワークを作ること、国として標準的な支援方法を構築すること、発達障害の当事者や家族に対応できる専門家の人材育成について発表されました。
 同じく厚生労働省の労働行政の立場から障害者雇用対策課の市川専門官が、ハローワークを中心にした支援について発表をされ、発達障害の場合は就労の場面で様々な困難が生じることにより初めて発達障害の可能性が考えられる場合もあるので、障害がある人々の専門の援助体制以外に一般サービス部門でも対応できる体制を作っている事が紹介されました。
 次に療育の分野から、西多摩療育支援センターの吉野施設長が、将来の就労を考えて診断がついた時点から、家族、地域、教育が一貫した支援をしていく必要があるという事や、対人関係の技術を支援することの大切さを述べられました。
 日本自閉症協会副会長で、実際に自閉症の人々の地域生活と就労支援をされている「けやきの郷」の須田理事長は、高機能自閉症、アスペルガー症候群の人々に対する調査の結果から、就労における対人関係に困難が大きい事と、社会生活の技術を支援することが重要であると発表されました。
 発達障害の当事者であり、精神保健福祉士の資格を持ち、九州で自助グループを運営している民田氏は、自助グループの活動の紹介と、現代のように仕事の効率化が進み一人に求められる責務やストレスが増大している状況下では、発達障害の人々にとっては様々な困難がある一方、生活ができるだけの収入を得られる就労の実現を願っていることを述べられました。
 最後に、医学の立場から国立精神・神経センター精神保健研究所の加我所長より自閉症は症状・程度が幅広いスペクトラムとして捉えられるという事と、診断の時期は、その人にとって必要な支援を逃さない時期になされることが大切である事、医学的な側面だけでなく社会生活の中で何が必要かを考えながら基本的な健康管理をすることが重要であると述べられました。
各発表の後は、ショア博士が加わりパネリスト全員でのディスカッションとフロアを交えて質問や意見の交換を行いました。フロアからは国立秩父学園の高木園長が家族の負担の大きさについて説明され、親として「けやきの郷」の運営をされてきた阿部常務理事は、「けやきの郷」において生産性の高い仕事ができていることは親、仲間の信頼関係によるものであることを紹介されました。また、当事者として参加されていた方からも途中から自閉症がわかった場合の就労についての質問がされるなど、短時間の中で活発な意見交換が行われました。
 今回のセミナーは3時間半の中に色々な内容を組んだため、それぞれについて掘り下げた議論をするにまで至らなかったのですが、自閉症と言っても実に様々な状態があり、親、地域の支援センター、就労に関わる人々等が個々の特徴を受け止めるところから始まるのであるという事がわかりました。
 また、セミナーに参加していただいた様々な立場の方々からも当センターに対して今後、発達障害についてセミナー等を通じて情報発信をして欲しいとの期待も寄せられました。
 冒頭でも述べましたように、当センターはこれから発達障害者の就労支援に取り組みますが、他の関係機関、当事者やご家族の協力がなくては進める事ができません。まだ、一歩を踏み出すところですが、今後とも皆様のご協力をお願いいたします。 最後に、本セミナーにご協力いただいたスティーブン・ショア博士を初めとするパネリストの方々、ご来場いただいた参加者の皆様に深くお礼を申し上げます。

(写真1)スティーブン・ショア博士

スティーブン・ショア博士

 

(写真2)パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子



プログラム

 13:00−13:10 開会挨拶 岩谷 力
       (国立身体障害者リハビリテーションセンター総長)

 13:15−14:00 講演 「自閉症者の長所と関心を生かした教育と交流による就労支援のすすめ−当時者の立場から−」
         Dr. Stephen Shore
ニューイングランド アスペルガー協会名誉会長 全米自閉症協会役員

 14:10−16:10 パネルディスカッション
         司会 深津玲子(国立身体障害者リハビリテーションセンター病院医療相談開発部長)
             北村弥生(同研究所障害福祉研究部研究員)
   パネリストからの発言
   ① 「発達障害者支援法について」
     日詰正文氏(厚生労働省 精神・障害保健課発達障害対策専門官)

   ② 「発達障害者への就労支援の取り組み」
     市川浩樹氏(厚生労働省 障害者雇用対策課障害者雇用専門官)

   ③ 「一貫した療育的支援の構築」
     吉野邦夫氏(西多摩療育支援センター施設長)

   ④ 「アスペルガー、高機能自閉症者の就労について」
     須田初枝氏(日本自閉症協会副会長(福)けやきの郷理事長)

   ⑤ 「自助グループ」
     民田森夫氏(精神保健福祉士、発達障害当事者)

   ⑥ 「自閉症スペクトラム障害の医学的診断治療と支援」
     加我牧子氏(国立精神・神経センター精神保健研究所長)

 ディスカッション Dr. Stephen Shoreが参加して

   質疑応答

 16:20−16:30 閉会挨拶 江藤文夫
          (国立身体障害者リハビリテーションセンター更生訓練所長)


※ 本セミナーの報告書は、センターホームページに掲載する予定です。