〔研究所情報〕
ブレイン-マシン・インターフェイス(BMI)研究
研究所・感覚機能系障害研究部感覚認知障害研究室 神作憲司


 「念じるだけで機器を操作する。」こうした夢のような話が、近年の科学技術の進歩によって、現実のものとなりつつあります。脳からの信号を計測し、それを利用して生活環境操作、コミュニケーション、運動の補助などを行おうとする試みが行われて来ています。こうした技術は、ブレイン-マシン・インターフェイス(Brain-Machine Interface: BMI)、もしくはブレイン-コンピュータ・インターフェイス(Brain-Computer Interface: BCI)と呼ばれ、障害のある方のための最新技術として注目されてきています。
私たち感覚機能系障害研究部の感覚認知障害研究室でも、野弘二流動研究員、小松知章流動研究員(感覚)、畠直輝流動研究員(工学)らとともに、特に手術を必要としない脳波を用いたブレイン-マシン・インターフェイス(BMI)の研究を行ってきています。日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞などのメディアでも報道されましたが、最近私たちは、四肢麻痺の障害をお持ちの方に被験者となっていただき、脳からの信号で家電などの機器を操作する実験に成功しました。
 私たちが開発したシステムでは、頭皮上に装着した脳波電極から信号を計測しそれを解析することで、操作パネル上の記号や文字のうちどれを注視しているのかを判別し、その特定されたコマンドを赤外線で家電などの機器に送ります。こうすることで、手足を動かさずに脳からの信号だけで機器を操作することが可能となります。今回成功した機器操作は、デスクライトの点灯・明るさ調整・消灯、テレビをつける・音量を調整する・チャンネルを変える・消す、家庭用ロボットを動かす(前進・旋回)、ワープロでひらがなを入力する、といったものです。こうした操作を、四肢麻痺の障害をお持ちの方に28回お願いしましたが、この被験者さんは、28回全てで思い通りの操作を行って下さいました。特段のトレーニングを行わずにこれだけの正解率が出せたのは、開発した私たちとしても驚きでした。
 こうした研究をすすめていくことで、手足を動かさずに脳からの信号だけで、自宅の生活環境を制御することが出来る「インテリジェントハウス」を構築することも可能となります。現状では、例えば、一つの操作をするまでに10秒から数10秒程度の時間がかかったり、脳波キャップ(電極10個)をつけるのに時間がかかったり、といった課題もありますが、こうした点にも考慮しながら、より実用性の高いシステムの開発をすすめていく予定です。
 今年度からは、厚生労働科学研究(活動領域拡張医療機器開発研究)にて、これらをさらに展開させていく予定です。また、これまでの生活環境操作やコミュニケーションの補助に加えて、義手やアシストスーツを動かすなど、運動の補助に関するブレイン-マシン・インターフェイス研究についても、認知的側面を掘り下げながら行っていきます。こうした研究は、筑波大学大学院システム情報工学研究科教授の山海嘉之先生らとともに行います。ブレイン-マシン・インターフェイスを通じて、障害のある方の活動領域を拡張するための研究を行っていければと考えています。
 国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所は、基礎医学(システム神経科学等)、臨床医学(脳神経外科学、リハビリテーション医学、神経内科学等)、工学といった分野間での学際的な取り組みを必要とするブレイン-マシン・インターフェイス研究を行うのに、大変適した環境だと考えています。また私自身も、医学部を卒業した後、脳神経外科医師として臨床を経験し、その後は、工学系研究者が多い産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門や、医学系研究者の多い米国立衛生研究所・神経疾患卒中研究所、自然科学研究機構・生理学研究所にて、人間の脳からの信号を計測してその機能を評価する基礎医学研究(システム神経科学)を行ってきています。今後とも、国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所のような学際的な環境を活かし、基礎から応用までを有機的につなぎ研究を推進していきたいと考えています。

(写真)四肢麻痺のある方が脳からの信号でデスクライトをつけるのに成功
(図 四肢麻痺のある方が脳からの信号でデスクライトをつけるのに成功)