〔研究所情報〕
第3回「認知症のある人の福祉機器」
シンポジウム開催報告
研究所福祉機器開発部 武澤友広


 

 平成20年12月6日(土),当センター学院講堂にて,「認知症のある人の福祉機器」シンポジウム―できる・わかるを支援するシステムの研究開発と今後―を開催しました。アルツハイマー病の治療薬が認可されてから約10年が経ち,認知症は「治らない病気」から「生活上の障害」へと変わりつつあります。今年で3回目を数える本シンポジウムでは「ITやロボット技術が,認知症のある人の「生活上の障害」をどのようなかたちで軽減しうるか」を中心に活発な議論が展開されました(写真1)。

 

認知症を障害として捉え,社会生活を支援する
 第1部の基調講演では,江藤文夫更生訓練所長より,『認知症者の生活支援研究の意義―障害としての認知症―』と題して,医療現場でのご自身の実践談を交えながら,これまでの認知症者を対象とした生活支援研究を概括していただきました。認知症医療の世界では,100年以上前から,「生命」としてのライフだけでなく,「生活」としてのライフも治療の対象に含めるようになったそうです。つまり,認知症がその人の生活や人生にどのような影響を及ぼしているかを踏まえた上で,社会的な側面を支援し,本人の意思を尊重するための実践が医療現場でも行われてきました。具体的な実践例として,入院患者を朝の定時に起こし,皆で一緒にラジオ体操をした後,食卓を囲む,といった「規則正しい生活」「他者を感じる生活」を成立させるための支援が挙げられました。
 認知症のある人は脳機能の障害により,限られた情報に基づいて行動せざるをえず,周囲から見ておかしな行動をとることがあるが,本人からすれば,手持ちの情報を使って合理的な判断を下した結果であることに注意して対応すべき,という点が繰り返し言及されました。

 

機器で必要な情報を提供し,自立を支援する
 第2部では,平成19年度厚生労働科学研究費補助金 長寿科学総合研究事業にて実施した「認知症者の記憶と見当識を補う情報呈示による不安軽減効果の研究」の成果発表を井上剛伸福祉機器開発部長と石渡利奈研究員が行いました。本研究にて開発した「情報呈示システム」(写真2)は,認知症のある人が覚えにくい活動に必要なスケジュールの情報を,絵や単語,そして文章で提供します。また,時間をLEDで表示することで,「次の活動までどのくらい時間が残っているか」を直感的に把握できるようにしています。このシステムをグループホームに設置したところ,以前は食事の時間を職員や他の入居者に繰り返し尋ねていたが,システムを参照することで,自分で時間を把握することができるようになった事例が紹介されました。成果発表に関する質疑応答では,早期認知症の対策に関わる工学者から「研究として第一歩を踏み出した貴重な知見」との評価を頂きました。

 

認知症介護の現場における複雑性と技術をつなぐ
 第3部では,「できる・わかるを支援するシステムの研究開発の今後」というテーマで,パネルディスカッションが行われました。司会は井上福祉機器開発部長,パネラーは江藤更生訓練所長と石渡研究員の他,石川容子氏(医療法人社団 翠会 和光病院 認知症看護認定看護師),浅羽エリック氏(財団法人 浅羽医学研究所付属岡南病院・スウェーデン王立カロリンスカ研究所 作業療法士),本村陽一氏(独立行政法人 産業技術総合研究所 サービス工学研究センター),大中慎一氏(NEC 企業ソリューション企画本部 PaPeRo事業推進グループ)の6名でした。以下に,中心的な議題とそれに対するパネラーの回答を要約して,議論の紹介に代えさせていただきます。


議題:認知症のある人の生活の質を高めるとは,具体的にどのようなことを指すのか?
石川氏/当事者の「できること」を維持するように,「できないこと」を補うように支援すること
浅羽氏/当事者のニーズを満たすこと
議題:ITは認知症介護にどのような貢献をしうるか?
本村氏/計算機は大量のデータを処理することに長けているので,多くの当事者をひとまとまりにしたときに,はじめて見える当事者の行動特性についての情報を介護現場に提供できる。
議題:コミュニケーション・ロボットは,認知症介護においてどのような存在意義をもつのか?
大中氏/ペットの飼い主同士にコミュニケーションが生まれるように,ロボットも人と人をつなげる話題になる。また,在宅の時からロボットと一緒に暮らしていれば,施設に移ることになったとしても,ロボットを連れて行くことで,在宅時の環境を一部保持することができ,環境の変化に伴う不安を軽減できる可能性がある。

 

 最後に,開催にご協力いただきました皆様,休日にも関わらずご参加いただきました113名の皆様に,この場を借りて御礼申し上げます。なお,本シンポジウムは,長寿科学総合研究推進事業の助成を受けて実施されました。ここに記して,感謝の意を表します。


(写真1)会場の様子写真1.会場の様子
(写真2)情報呈示システム写真2.情報呈示システム