〔研究所情報〕
ブレースクリニック
研究所 補装具製作部 中村 隆



 研究所は臨床現場のニーズに応える研究開発の推進のため、他部門との連携を積極的に推進しています。その一つとして今回はブレースクリニックを紹介します。
 補装具製作部の義肢装具士は研究所に籍を置く一方で、医療職として病院・第一機能回復訓練部を併任しており、病院の入院患者をはじめとして、障害のある方のために義肢装具を製作しています。特に国立施設の使命として、民間では対応が難しい多肢切断、重複障害、少数症例や特殊な目的で使用される義肢・装具が必要な方なども対象としています。
 補装具製作部で義肢装具を製作する方のほとんどは、病院のブレースクリニック(補装具診)を受診していただいています。ブレースクリニックは毎週火曜日の午後に病院・整形外来で開催され、医師と複数の義肢装具士、時には他の医療スタッフも参加し、どのような義肢装具を製作してリハビリテーションを進めるべきか検討することを特徴とします。受診者数は毎年100名近くになります。
 補装具製作部では、臨床現場では何が問題として起こっているかを把握するために、受診記録から受診者と製作した義肢装具に関する情報を整理し、各年度の受診傾向をまとめています。最近は高齢の受診者が増え、種目別では義手・義足が必要な切断者の割合が増える傾向にあります(図1、2)。特に切断者の場合、単なる切断だけでなく、他の合併症を伴う難しいケースが増えています。糖尿病による切断者の多くは視覚障害があったり、外傷による切断者でも切断後の幻肢痛に悩まされたり、切断によって精神的に不安定な方もおられます。そういった場合には義手・義足を製作するだけではく、切断者とその生活全体を見る目がないと切断者のリハビリテーションは達成されません。また、切断者の中には義足を作ればすぐにでも歩けるという認識を持つ方も増えているように感じます。パラリンピックをはじめとして、切断者の高い能力がテレビでも紹介され、義足というものが一般の方にも知られる様になったのは良いことですが、その反面、義足について過剰な期待を持つ方も多く、検討中に安易な認識を修正する場面もあります。なぜなら義足を使って歩くのは切断者の力であり、義足が歩かせてくれる訳ではないのですから。我々は義足についてもう少し適切な情報を伝えることが必要であると感じています。

(図1)ブレースクリニックの受診者数と平均年齢の推移(2008年度は2月末までのデータ)
図1 ブレースクリニックの受診者数と平均年齢の推移
(2008年度は2月末までのデータ)
 
(図2)義肢装具の種目別割合の推移
図2 義肢装具の種目別割合の推移 

 


 ブレースクリニックで検討されるケースの中には、義肢装具が適用になるか判断し難いケースもあります。そのような場合は試用評価という形で製作をしてみて、実際に義肢装具がその方のために有効かどうか判断をします。
 そのような試用評価の試みから新たな装具の可能性が見出されることもあります。脊髄損傷者の骨折用下肢装具もその一例です(写真1)。脊髄損傷者は骨萎縮により骨が弱く、車椅子やベッドから転落して骨折する場合があります。これまでは骨折部位が癒合するまでベッドで安静にするしかなかったのですが、患部の固定・保護が可能な機能的骨折装具を装着すれば、早期に車椅子への移乗が可能になり、ADLの低下を防ぐことができるようになります。当初は感覚の乏しい部分へ装具を装着することが、逆に褥瘡を発生させるリスクを高めるのではないかと懸念されましたが、適切な材料の選択と細かな適合チェックを行えば問題が少ないことがわかってきました。このような装具は毎年数名の方に試みられています。

(写真1)骨折用下肢装具
写真1 骨折用下肢装具

 障害のある方に対して、どのような義肢装具が良いかを検討し、仮あわせと試用評価で有効性を確認するプロセスは、作業仮説の立案と実験による検証という研究のプロセスにほかならず、臨床現場で障害のある方一人ひとりに義肢装具を製作すること自体が一つの小さな研究でもあります。そしてその過程では、細かな観察眼と本質を見抜く感覚が研ぎ澄まされます。臨床のみの業務では、その成果は障害のある方と医師、義肢装具士までに留まり、世の中に出ることはあまりありません。しかし、症例報告や統計といった調査研究によって世の中にその情報を還元し、臨床現場に基づいた研究を障害者のためになる研究へ結びつけることが、研究所に所属する義肢装具士としての使命であると確信しています。




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