〔巻頭言〕
エビデンスに基づくサービス提供のために
更生訓練所長 江藤文夫

 


 約20年前、医療ではエビデンス・ベイスト・メディスン(EBM)が提唱されました。EBMは「根拠に基づいた医療」と訳されますが、何らかの治療法を選択する時には「占い」に基づくにせよ根拠がないわけではないので、EBMのエビデンスは科学的根拠と訳すことが適当と思われます。1990年代後半には臨床的ドグマとして横行するようになり、EBMのEにもいろいろあり、experience(経験)はもとより、eminence(高名さ)やeloquence(雄弁さ)やelegance(優雅さ)に基づくといったユーモアが英国医師会雑誌に掲載されたこともありますが、今日では医療以外の分野でもエビデンスに基づく実践が強調されるようになりました。
 こうした背景で私たちの活動に対しても「エビデンス(科学的根拠)に基づく医療・福祉施策の向上についての提言」や「エビデンス(科学的根拠)に基づく障害者リハビリテーションサービスを企画・実践し、関係機関とのネットワークの構築を図り、全国に情報提供」する役割が求められています。
 さて、「科学」とか「科学的」という言葉は日常的に汎用されていますが、その内容にはかなり複雑な背景を理解する必要がありそうに感じます。ラテン語のscientia(知識)に由来するscienceという英語を、東洋の科挙の制度以来の「科挙之学」の略語を適用して科学と訳したもので、さまざまな学問(分科の学)を意味します。西欧においてルネサンス期から産業革命にかけて実用的な技術が発展する過程で自然科学の知識と手法が応用されたことで科学技術へと進化し、今日では「自然科学=科学」のイメージが普及しています。そこでは、デカルトに象徴される「解析できる」、ガリレイに象徴される「計測できる」、ニュートンに象徴される「数学的に記述できる」現象のみが存在を許されるかの如くで、これらを満たすことが実証の方法論として信じられています。しかし、数学は実験も観察も行わないので自然科学ではなく、どちらかという言語学に近いものでしょうが、科学の分野に含めることに異存はないでしょう。一方で、今日の科学では「反証可能性を備えるもの」であることが重視されます。
 EBMも科学的手法ですから、反証可能性を有するものです。したがって、臨床研究によるエビデンスは反証されることが稀でなく、例えばエビデンスとして最も推奨度の高いシステマティックレビュー(メタアナリシス)100件のうち23件が2年以内に新たな知見により臨床判断の根拠としての意義を喪失したことが内科の国際雑誌で報告されています。この研究では、統計的有意性や効力の低下、臨床判断に悪影響する有害事象の追加情報、より優れた治療法の発表、などによりエビデンスが効力を失うまでの期間の中央値は5.5年でした(Shojania KG, et al., Ann Intern Med, 2007; 147: 224-233.)。
 科学的根拠とはこのような側面もあり、現在の事象を仮証としてとらえ、常に反証を前提としていることから、医療や福祉のサービスに従事する私たちは反証に耐える記載を洗練することを心掛けるべきであります。個別のニーズに対応したサービスを推進するためにこそ、何らかの介入では、介入の目的、適用した手法、結果(可能な限り計測法を適用して)について他者が同様のアプローチを実行できるように記載し、単純な観察では他者にも納得できる解釈に到達するようナレーション技術を磨くことで、反証を可能にし、適切でよりよいサービスの開発に結びつくことが期待できると考えるからです。