〔研究所情報〕
国リハでの脊髄再生研究
運動機能系障害研究部 緒方 徹


 脊髄損傷に対する新たな治療法の開発は社会全体の関心事であり、また多くの臨床例と関わる国リハにとっても大きな課題です。従来より研究所運動機能系障害研究部で行われてきた運動生理学に基づく研究アプローチに加え、平成16年度より新たに細胞生物学、遺伝子工学の技術によってこの課題に取り組むプロジェクトが始まり今年で6年目となります。この間、研究室では主として動物モデルを用いた実験や細胞培養による実験を行ってきました。
 実験動物(マウスあるいはラット)に対する脊髄損傷は脊髄に機械的な圧挫損傷を加えることで作ることができます。我々が使用しているIHインパクターという機器は圧挫を加える部分に圧センサーがついておりコンピュータで制御しながら、あらかじめ決められた力で損傷を加えることができます(写真1、2)。実際の脊髄損傷は症例によって損傷の部位や程度もばらばらですが、このようにして一定の脊髄損傷病態を作り出すことで詳しい解析ができるようになります。
 近年、一般メディアにも万能細胞(iPS細胞)やそれを用いた再生医療というキーワードが登場するようになり、「脊髄再生」という言葉はともすると細胞移植と同義語のように捉えられます。しかし、研究室では損傷を受けた脊髄組織に生じる様々な変化を詳しく観察し、その中に組織修復の手がかりがないか、という視点で実験を進めています。実際、脊髄損傷後の組織標本を観察すると非常に多くの細胞が活発に活動しており、脊髄自体が治ろうとがんばっているようにも見えます。その中で神経(ニューロン)を助ける働きをするグリア細胞の活動に着目し、その数や働きを高めるような治療介入をすれば外からの移植細胞がなくても神経機能の改善が得られるのではないかと考えています。
 具体的には、研究の過程でグリア細胞の働きは炎症反応によって大きく影響されることがわかったので、実験的に炎症反応を制御したマウスを作成しました。実際に脊髄損傷を誘発したところ炎症反応制御を受けたマウスでは通常のマウスに比べてグリア細胞の活動が盛んになっており、同時に四肢の神経機能も良好な結果を示しました。したがって、グリア細胞の機能改善が神経回復につながったと考えられます。一方、細胞移植の分野では、今年の1月にアメリカのベンチャー企業が始めて胚性幹細胞(ES細胞)を用いた脊髄損傷への細胞移植の認可をとったことで注目を集めました。その企業が移植を計画している細胞もES細胞から作ったグリア細胞である、という点も興味深いことです。このように、脊髄の中のグリア細胞には大きな可能性が秘められていると思われます。
 これまで研究室では主として脊髄組織の修復、つまり神経回路のハードウェアの修復を目指してきましたが、もう一つの重要な要素としてハードウェアが正しく機能するためのソフトウェアの問題があります。再生医学の技術がどんなに進んでも、まったく元通りに戻ることはないので、必然的に新しくなった回路で機能するソフトウェアを整備する必要が生じます。こうした神経回路のプログラムの更新にはリハビリテーション訓練が欠かせず、また神経回路には訓練に応じてプログラムを変えていく柔軟性「可塑性」があることが分かっています。今後の研究ではハードウェアの修復技術をさらに進めるとともに、臨床に還元できる技術体系として成熟させるため、再プログラム化の研究開発も進めていきたいと考えています。


(写真1)IH インパクター   (写真2)操作画面
IH インパクター   操作画面
インパクター先端部分にかかるピーク圧を指定することで段階的な損傷を加えられる
 
(写真3)損傷脊髄標本(マウス)
損傷脊髄標本(マウス)