〔巻頭言〕
国リハ山の会
飛松好子 病院診療部長 研究所補装具製作部長



 国リハ山の会は、里山を中心に安全第一、無理しない山歩きをモットーに活動している。
 2008年に私がリハセンターに赴任したとき、私は病み上がりであった。50歳過ぎから山歩きを始めたのだが、運動経験のない素人が突然その様なことを始めたものだから身体がついていかず、故障やけがの連発で、およそその期間の半分は休んでいた。こちらに来る前も膝を故障し、山歩きは1年間行っていなかった。最後の登山は、2007年の5月の連休の剣岳の源次郎尾根であった。一時期は平地すら歩けなかったのだが、だんだん回復し、赴任した最初の5月の連休に、どうしても我慢が出来なくなり、膝の相談相手である東大整形外科の渡会公治先生の「早いんじゃないの。。。」という言葉を聞かなかったことにして、奥武蔵の伊豆が岳に出かけた。奥武蔵の山は、秩父に向かって西武線の左手側の山は急峻で、里山ながらなかなかのぼり応えがある。右手側の山は比較的なだらかで、ハイキングというにふさわしい。伊豆が岳はその左手の山であり、急峻で、途中岩場があったりして、変化に富んだ楽しい山である。子の権現まで縦走し、コースタイムの2割り増しだったが、何とか無事に帰ってこられた。一時期は山登りももうお終いかと考えていた私は、気をよくしてリハビリがてら毎月山に行くことにした。類は友を呼ぶもので、一緒に行きましょうという中高年やら、行ってみたいという若者やらが自然と集まり、一時期は20人近くで山を歩いたりしたが、今では大体7−8人くらいで月に1回里山を歩いている。メンバーは病院、研究所、学院、本館、更生訓練所とセンター全体に散らばっている。
 昨年は「有名な高い山に行きたい」という声に応えて、常連のみを対象に八ヶ岳連峰を、赤岳から横岳、硫黄岳と山小屋に1泊して縦走した。ランチタイムに何を作るかも一大イベントで、昨年12月に関八州見晴台に行った時は、頂上でなべをしようということになり、それぞれ分担して荷を担いだのだが、なんと頂上で若者がザックから本物の土鍋を出してきたのには驚かされた。
 例会は月に1回とし、その間はそれぞれの活動をしている。あるものは釣りをもっぱらとし、私は、これまた1年ぶりに再開したロッククライミングに勤しみ、若者同士誘い合って富士山に行くとか、時間と気の合ったもの同士で山に行くなど、結びつきは緩やかである。3月の例会は、”合ハイ”をしようということになり、広くセンターの老若男女に呼びかけて親睦を深めようと企画している。行き先は、日和田山、歩行時間3時間半程度のハイキングコースである。日は3月20日である。野山を歩いてみたいと思う方、出会いの場が欲しいと思っている方、ぜひおいでください。参加資格はセンター職員とその家族、友人の方々である。希望者は、飛松好子、または山の会メンバー(そこいら辺にいます)にご連絡ください


(写真)本年1月に行った子の権現。足と歩行の神様だそうで、フットケア外来、補装具製作部の発展を願ってお参りしてきました。
本年1月に行った子の権現。足と歩行の神様だそうで、フットケア外来、補装具製作部の発展を願ってお参りしてきました。