〔巻頭言〕

外来語の漢字表記をめぐる雑念

自立支援局長 江藤文夫



 障害者の権利に関する条約のキーワードの一つは「合理的配慮」で、この配慮がaccommodationであることを知りましたが、手元にある英和辞典に「配慮」という訳語はありません。この言葉は個人的には宿探しで身につけたものですが、なるほど便宜を図るニュアンスであると理解しました。
 グローバリゼーションの時代には、コミュニケーションの重要手段である言葉も変化します。われわれは、東アジアの辺境にあって、いわゆる中国文化圏のグローバル化に対応して中国語の文書を漢文として読み下すため2種類の仮名文字を生み出し、その手法を近代の欧米言語についても単語レベルで上手に適用してきました。文章表記に関しては、次第にカタカナ単語を増やして対応し、究極は森有礼が提唱したようにアルファベット(ローマ字)表記に移行するのかもしれません。
 日本列島内でも江戸時代までは、東西の会話言語はかなり相違して、江戸勤務の東西異なる藩の侍同士の対話では筆談が併用されたようです。その間に国替えがしばしば行われ、急速な貨幣経済の普及と経済活動の拡大により国民の一体化が促進され、欧米近代文化の導入も順調に進めてきました。こうした社会の変化は言葉にも変化をもたらします。言葉の変化は世界中で生じているので、国際的に採用される日本の単語が増加する反面、幕末から明治初期に翻訳対応で作成された漢字表記の単語の使われ方にも注意を要します。
 リハビリテーションには更生という訳語が当てられていましたが、医療で汎用されるようになると違和感を生じたようです。病名など専門用語に類するものも一般に普及すると不快なイメージから変更を命じられますが、病名などは漢字文化圏で先行してきたので残念に感じることもあります。ベトナムは、かつて漢字由来文字を使用していましたが、その国の病院で、リハビリテーション科を表記する文字の意味は機能回復ということでした。中国では康復、香港では復康、台湾では復健と漢字表記します。WHOにおけるキーワードの一つが健康で、さすが漢字の国です。
 この健康概念を再認識して今日に至るWHO戦略の起源となったアルマ・アタ宣言(1978年)では、「地域社会または国家が自助と自己決定の精神に則り、・・・」プライマリヘルスケア(PHC)を普及させるといった文面があります。これが、今日のCBR(community based rehabilitation)の活動につながっていますが、コミュニティは、共同社会というニュアンスで、コミューンやコミュニズムと密接な言葉です。社会という言葉はsocietyを幕臣であった中村正直が仲間連中、福沢諭吉が人間交際と訳したごとく、日本にはない概念でした。中村正直はスマイルズのセルフヘルプという書物を「西国立志編」の表題で翻訳出版し、今日では「自助論」として新訳書が話題になっています。セルフヘルプグループが自立生活(IL: independent living)運動と関連して話題となったのは1970年代で、ノーマライゼーション理念の強調され始めた時期と一致します。さて上述のアルマ・アタ宣言にある「自助」はself-helpではなくself-relianceの訳語でした。そして米国には障害者のエンパワーメントを通じてILを推進するセンター(CIL)として、Self Reliance, IncというNPOが1978年来活動しています。セルフリライアンスは我が国の障害者活動では耳慣れない言葉のようです。
 国連は国際条約の批准においては翻訳も課題として認識していますが、アジアでは中国語が優先されます。権利条約でも中国語訳は正文とされています。欧米外来語の漢字表記に関しては、これまで以上に同じ漢字文化圏として中国での訳語に注目すべきように感じます。障害に関わる海外情報を翻訳して国内に紹介する時に役立つかもしれません。