〔センター行事〕
第27回業績発表会開催報告(2)
①特別講演開催報告

管理部企画課



 講演者:鎌田 実先生(東京大学高齢社会総合研究機構長)
 演題:「ジェロントロジー概論」

 平成22年12月22日(水曜日)に第27回業績発表会が開催され、演題発表が終わった後に、鎌田 実(かまた みのる)先生をお招きして特別講演が開催されましたのでご紹介します。
  鎌田先生は、東京大学大学院工学系研究科教授として、主に工学系を専門に多方面に関わってこられました。
 現在、鎌田先生が機構長を務めておられます高齢社会総合研究機構は、平成21年3月に東京大学総長室総括委員会の下に恒常組織として設置された機関です。
 以下に、「ジェロントロジー概論」についての先生のご講演の要旨を掲載いたします。
 「ジェロントロジー」と聞いてもまだ一般的に馴染みが薄く、日本語では「老年学」等と訳されますが、日本語訳の「老年学」という考え方は狭い範囲に限定して考えられがちであるため、機構ではあえて訳さず、「ジェロントロジー学」としてミッションを進めている。
 まず、日本の高齢社会の現状について、少子化により人口に占める高齢者の割合が非常に高く、既に「高齢化」ではなく「超高齢化」にあること、かつ人生区分においても、子供・大人・老人と区分けしていたが、長寿により老人の期間が長くなったため、さらに前期と後期に分けて考えるなど人生において高齢期の占める割合が高くなっている。
 急速に高齢化している日本が、2050年以降には日本を追い抜く勢いで高齢化の一途をたどっている韓国、中国などに対して、アジアに限らず世界がまだ経験していない領域のフロントランナーとして、模範となるべく、世界も着目している。
 高齢化していく社会においては、個人が長い人生を自ら設計する時代であり、"Successful Aging"つまり『人生への積極的関与』『病気や障害がない』『高い身体・認知機能を維持』とこの条件を満たすことで多くの不可能が可能になる。高齢期の可能性を、能力が落ちた集団と考えるのではなく、得意な分野では後進をリードできるような体制を創ることが望ましい。反面こういったポジティブな考えと相反し、現実は大変厳しく、少子化により人口ピラミッドの頂点がごそっと抜け落ち、後期高齢といわれる75歳以上が急増し、100歳以上で言えば、今は3万人と言われているが、2055年には60万人になると推測され、これは人口の少ない県の総人口に相当する。こういった現象は世界でも類を見ず、日本が今後どのような社会を構築していくか、世界も注目しているところである。
 超高齢化の日本において、"Successful Aging"の『健康であれば全員が元気な老後を過ごすことができる』とされるアメリカ的な考え方は、加齢により身体機能が低下し、健康でない者は"落ちこぼれ"となって、余計に落ち込んでしまうと考える日本では、"Successful Aging"の概念では無理があると考えられるようになった。
 後期高齢期を射程に入れた"Successful Aging"に代わる理念として"Aging in Place"="進み慣れた地域で安心して自分らしく生きる"と言う考えの下、『在宅医療・24時間対応可能な訪問看護・バリアフリーの住居・移動手段の確保』など、高齢者が安心して生活できるためのサポート体制を整備する一方、自身が地域の中で役割を持つことによりコミュニティと繋がり、貢献していると自認することでQOLの向上に繋がると考えられている。
 機構では、"Aging in Place"の基本理念の下にいくつかの研究を行っており、秋山弘子教授による【全国高齢者パネル調査】の研究では1987年から3000名を対象に3年ごとに追跡調査を実施し(※経年により亡くなる人が増えたため途中で3000人を調査対象に追加)、機能的健康度を計り、15年後の変化パターンにより、男性は定年後もなんらかの形で組織に属することで元気が続く。女性は既婚者ならば、夫に頼らず自分で判断して行動し、精神的に自立することで健康が続くなど、男女によって違いがある。
 辻 哲夫教授は、在宅医療(終末期ケアを含む)の重要性の観点から、在宅(自宅のほか家族が見守ることができるプライベート空間を確保できることを前提としたケアホーム、有料老人ホーム、居宅系サービスを含む)と療養サービス(外来診療、訪問診療・看護・介護など)が直結し、組織が連携することで、地域における在宅復帰に向けた支援体制が構築され、高齢者が安心して生活することができると考えられている。
 機構では、こういった研究も含め、長寿社会の街づくりモデルとして社会実験を重ねながら、試行錯誤したプロセスを失敗も含め記録として残していくことが、実際の街づくりの遂行に役立つと考えている。
 実際に、千葉県柏市において"Aging in Place"の理念で総合的なまちづくりのモデル構築にむけての活動をしている。
 以上が鎌田先生の講演の主な要旨です。
 鎌田先生は、冒頭でもご紹介したとおり、学究活動のほとんどを工学系一筋に身をおいて来られましたが、今はジェロントロジーの下、現場に出て現場のニーズを解決するという認識を持って、農業を始め今までに携わってこなかった分野と密接に関わっておられるとのことです。まさに一つの学問体系を以って高齢化の問題に対処するのは不可能な時代であり、様々な分野が連携して取り組むことの重要性が伺われます。
 昨年は、高齢者の所在不明問題が大きく取り上げられました。日本の高齢化社会における大きな穴が見えたようにも思え、まだほかに見つからなかった穴がたくさんあってはならないし、もっと真摯にこの問題に目を向けなければいけないと痛切に感じました。
 日本に限らず、必然的に迎える超高齢化社会にどのように対処していかなければならないのか、国情は違えどもさまざまな観点から試行錯誤し、検証を重ねながら、ジェロントロジーの下に成熟した社会を育み、次の世代を担う若者たちが安心して老後を迎えられるような社会システムの創生を目指して、一人ひとりが今取組まなければ、今現在の高齢者が安心して生活できる社会は望めないと感じました。
 また、高齢者も今までの支えてもらうといった受動的な考えばかりではなく、老後を有意義に過ごすためには、自身がアクティブにアクションを起こし、社会における自分の役割を持ち、健康に過ごすことが強いては社会保障費の縮減となり、社会貢献になると言われています。
 自分にとっての高齢化を、まだまだ遠い未来と考えるのでなく、ごく身近に実感し、ずっと先を見据えた目標作りをしていただけたら、少しは意識の改革に役立ったのではないかと思われます。
 

(写真)講演の様子