〔研究所情報〕
米国の電子教科書事情:
NIMAS顧問会議とATIA会議に参加して
研究所 障害福祉研究部 北村弥生


 2011年1月27日から29日まで米国フロリダ州オーランドにおいてATIA(Assistive Technology Industry Association全米支援技術産業協会)会議が開催され、出席いたしました。また、会議に先立ち開催されたNIMAS(ナイマス)顧問会議にもオブザーバー参加をいたしました。

 NIMAS(National Instrumental Materials Accessiblilty Standard:米国指導教材アクセシビリティ標準規格)は米国の義務教育教科書電子版の国家規格です。IDEA(Individuals with Disabilities Education Act:全障害者教育法)の2004年の改定では、ニーズのある子ども全てに代替え教科書を無料配布することが決まりました。そこで、多様なニーズの子どもに共通する代替え教科書の基盤規格として、教育研究組織であるCAST(Center for Applied Special Technology:特殊技術応用センター)による審議の結果、連邦政府はNIMASとしてDAISY3を採用することを決定しました。2011年に改定されるDAISY4は動画にも対応することから、手話教科書の製作が今後は期待されます。また、電子教科書の効果測定に関する研究の必要性も指摘されました。

 NIMASファイルの集配機関として、2006年にNIMAC(ナイマック:National Instrumental Materials Accessibility Center: 米国指導教材アクセシビリティセンター)がAPH(American Printing House for the Blind:全米視覚障害者印刷センター)の一角にオフィスを構えました。APHは1858年から視覚障害児(者)に対して、点字教科書(図書)、拡大文字教科書(図書)、録音教科書(図書:DAISY規格を含む)の製作と配布をしてきた機関で、NIMACの職員は5名です。

 電子教科書集配の流れは以下のとおりです。まず、出版社は法律に従ってNIMASフォーマットのファイルをNIMAC に提出します。教科書会社の中には大手のピアソン社のように独自に技術部門を持ちDAISY規格の教科書を出版・販売している場合もありますが、独自にNIMASファイルを作ることができない場合には、外部企業に業務委託します。アクセシブルな電子図書作製に経験のあるブックシェア社は国から5年間で32億円の教科書製作助成資金を得てNIMASファイル製作の代行や技術支援をしています。

 NIMACは提出されたファイルが適正に作られているかを確認して、ダウンロードできるようにします。また、州の教育委員会などの契約機関(Authorized User)とダウンロードに関する契約を結びます。契約機関は、その地域では、どのような基準で配布する子どもを決めるか、どのような方法で配布するか(学校だけで使用するか、自宅に持ち帰りを許可するか)などをNIMACと契約しなければなりません。2年前までは、契約の基本形について試行錯誤しているために配布が進まないことが課題でした。しかし、契約手続きを簡素化し、啓発プログラムを実施することにより、幼稚部から高校までのすべての教科書のNIMASファイル約24,000タイトルが99の出版社からNIMACに集積され、契約機関数は177(57州)と着実に増えていることが、顧問会議で報告されました。24,000タイトルのうち約5,800タイトルは教科書で、すべての州のすべての教科書を網羅していました。NIMASファイルのダウンロード数は約3,000で、前年度と比較して倍増していました。3,000を177機関および13学年で割ると、1学年あたりでは約1.3教科にしかならない一方で、300ファイルをダウンロードしている機関があることから、州により実用化の程度には大きな幅があると推測されます。また、ダウンロードしたからといって、すぐに子どもがNIMASファイルを使える訳ではありません。NIMASファイル(あるいはDAISYファイル)を読めるソフトウエアを学校が持っていなければならないからです。点字や拡大文字がよい子どもには変換をしなければなりません。変換や技術指導を誰がするか、機材やソフトをどこに整備するかも契約した機関にとっての検討課題です。ブックシェア社は契約機関がNIMASファイルをテキストファイルや点字ファイル等の子どもが直接に使える規格に変換する技術支援も行っていました。利用している子どもの数と障害種別をNIMACは把握していませんでしたが、利用者の8割近くは学習障害(learning disability)であろうと推測されていました。

 ATIA会議では約250の発表(うち92は企業の製品紹介)と約130の展示がありました。日本の国際福祉機器展の企業展示数は約500ですので、学習障害児の教育に関する支援技術に特化した会議といえそうです。AT (Assistive Technology: 支援技術、支援機器あるいは福祉用具と訳されることもあります)という言葉は、Assistive Technology Act(支援技術法)が1988年に制定されてから一般に使われ始めたということで、ATIA会議は1999年に開始されています。参加者の多くは、ATスペシャリスト、OT、ST、教員でした。ATスペシャリストは国家資格でも協会資格でもない一般名称でATコーディネーターと呼ばれている場合もあり、業務と資格は多様です。大学の障害学生支援室に所属し最先端の工学的対応ができる場合もありましたが、州教育委員会に所属し管轄地域の複数の学校の技術支援を担当する場合の方が多いようです。教員が手作りの教材をパワーポイント版にして地区の学校に集配している場合もあり、身近に誰でも電子教材を使う環境整備の開始が感じられました。

 日本でも、平成22年1月に著作権法が改正され、視覚障害者以外にも「通常の出版物の読書障壁に直面している人(プリントディスアビリティのある人)」は図書館等を介した代替図書を利用することができるようになりました。マルチメディアDAISY教科書は日本障害者リハビリテーション協会が、DAISY図書はサピエ図書館が、それぞれオンラインで配信しており、今後の読書に関する支援技術の発展と活用に期待がもたれます。


(写真)機器展示会場。左には盲導犬を連れた技術者がいる。   (写真)宿泊棟と会議棟を結ぶ通路。簡単なマットと点字表示が敷かれていた。
機器展示会場。
左には盲導犬を連れた技術者が見える。
  宿泊棟と会議棟は離れており、
その間は簡単なマットと点字表示が
敷かれていた。