〔研究所情報〕
吃音(どもり)と聴覚が密接に関連
- 吃音早期からの大脳言語処理
感覚機能系障害研究部長 森浩一


 第83回アカデミー賞を受賞した「英国王のスピーチ(原題The King’s Speech)」の主人公であるジョージ6世には大きな悩みがあり、できることなら国王になりたくないと思う程でした。彼を悩ませていたのは「発達性吃音」です。発達性吃音は幼児の5%くらいに発症します。自然に軽快することも多いのですが、一部の人は成人しても続きます。症状の特徴は、音の繰り返し、引き延ばし、あるいは声が出にくいことが中心です。さらに、何とか声を出そうとして渋面を作ったり身体を動かしたり(随伴症状)、あるいは吃るのを避けるために吃りやすい単語(自分の名前・住所、ア行で始まる単語など、人によって違う)を避けたり、発話すること自体やそのような機会を避けたりするようになります。症状が変動しやすく、誤解されやすいため、学校でからかわれたり、心理的・社会的にいろいろな問題が生じます。「英国王のスピーチ」にもよく描かれていますが、思うように喋れないことの悩みは深く、小はレストランで好きな食べ物を注文できないというような日常的なことから、大は面接や電話が苦手なために希望する進学、就労、昇進をあきらめる人も多くいます。
 当センターは設立時より吃音臨床の専門家がおり、全国から頼りにされています。国会質問で吃音のことが取り上げられたことをきっかけに、研究所を含め、他施設とも共同で総合的な吃音の研究を開始しました。また、小児に使えることを視野に入れ、近赤外分光法(NIRS)という、赤外線の光を使って脳機能を計測する方法を応用する研究を行って来ました(図)。この検査は、安全で、単に音を聞いていればいいので、乳幼児にも実施できます。今回報告するのは、これらの組み合わせによる成果です。

   
  写真 NIRS装置を頭につけている子供
  図. NIRSの光端子を左右の側頭部に格子状に装着し、送光と受光の光端子の組み合わせて、その間にある側頭葉(聴覚野)の脳組織の活動を検出する。
   

 吃音はその原因の半分以上が遺伝子の異常によるものと考えられています(双生児研究などによる)。さらに、吃音者・児では左前頭部にある発話中枢(ブローカ野)の体積がやや小さく、左前頭部と左側頭部の言語中枢間を結ぶ神経線維束(弓状束)が乱れていることが報告されています。つまり、吃音は育て方に問題があって発症するのではなく、何らかの脳の異常がきっかけになって発症し、次いで吃音に対する本人と周囲の反応によって精神的な問題がからみ、症状も進展して行くと考えられます。しかし、その詳しい機序はまだ不明です。そのため、吃音を根本的に治す方法も手探りの状態です。
 
 吃音者の先行研究で、前頭部では右の活動が異常に高いことが報告されていました。今回は側頭部(聴覚野)から記録しましたが、非吃音者・児群では2種類の言語刺激(音韻の違い、抑揚の違い)を聞くことに対する脳反応に満1歳から左右差が出ます。しかし吃音者群では左右差が出ませんでした。つまり、側頭部にある聴覚野でも異常があることになります。今回の研究ではさらに、聴覚反応の左右差が発達とともにどのように変っていくのかがわかりました。幼児期で吃音になった当初は右聴覚野が優位に働き、学童期以降に左右差がなくなっていき、一部の重症者は優位側が左右逆転していました(表、色付部分)。
 この結果から、吃音では幼児期から、おそらくは上述の脳の接続異常のため、左聴覚野が十分に使えなくて右聴覚野が優位に働くことが推測され、吃音が生じ、進展する脳内メカニズムの解明に一歩近づきました。



表:吃音群と非吃音群の言語音処理の優位側の要約
刺激音 乳児 幼児(3-5) 学童 成人
非吃音 音韻の変化 左優位 左優位 左優位 左優位
抑揚の変化 右優位 右優位 右優位 右優位
吃音 音韻の変化 右優位
  左右差無 (右)
  左右差無 (右)
抑揚の変化 右優位
(左) 左右差無  
(左) 左右差無  
※ 乳児は満1〜2歳、幼児満3〜5歳、学童満6〜12歳。
※ (左)(右)は一部の吃音被験者で、非吃音者に比較して、左右機能の逆転が見られた。




 正常なら満1歳頃に聴覚野の反応に左右差が出現しますが、その後、吃音を発症するまでの間に何が起きているのかが、今後に残された課題です(表の中で“?”となっている部分)。すなわち、(1)正常に脳反応の左右差が出現してから、吃音の発症とともに脳機能が異常になるのか、(2)一度も正常パターンにならずにずっと異常なのか、そのどちらなのかがまだわかりません。さらに研究を進めることで吃音の発症にかかわる病態が解明され、よりよい治療が開発され、あるいは、このような検査をすることで吃音の予後判定や最適な治療法の選択が可能になると期待されます。

 発表論文: Sato, Y., Mori, K., Koizumi, T., Minagawa-Kawai, Y., Tanaka, A., Ozawa, E., Wakaba, Y., Mazuka, R.: Functional lateralization of speech processing in adults and children who stutter. Frontiers in Language Sciences (A section of Frontiers in Psychology), 2011, doi: 10.3389/fpsyg.2011.00070.
 http://www.frontiersin.org/language_sciences/10.3389/fpsyg.2011.00070/abstract

 謝辞 この研究は、厚生労働科学研究事業補助金の援助を受けています。