〔トピックス〕
超高齢社会における運動器障害
〜ロコモティブシンドローム〜
自立支援局長 中村耕三


 日本は超高齢社会を迎え、中高年者の社会参加や余暇の過ごし方などについて多くの提案がなされている。その中には中高年者の足・腰といった運動器が健康であることを前提にしているものが多い。しかし、実際には整形外科で入院・手術が必要となる運動器疾患は50歳以降急増している(図1)。疾患内容は背骨(脊椎)の圧迫骨折や足の付け根(大腿骨頸部)の骨折といった骨粗鬆症が関連する骨折、椎間板の変性による変形性脊椎症、腰部脊柱管狭窄症など背骨の疾患、関節軟骨の変性による変形性膝関節症などである。これらの骨折や疾患はいずれも人の起立や移動を困難にし、QOL、生活活動に影響する。介護を必要とする人は現在450万人を超えている。原因として転倒・骨折が9.3%、関節疾患が12.2%と運動器の疾患が全体の21.5%を占めている。

 このように人口の高齢化にともない顕在化する運動器の問題は、その対象数がきわめて多く、また重症例や複数の疾患が合併する例があるなど、これまでの考え方の単なる延長だけでは対応が難しい新しい課題である。この新しい課題に多くの人が気付き、対応を考えていくには新しい言葉、概念が必要である。それがロコモティブシンドローム(略してロコモ、locomotive syndrome、運動器症候群)で、多くの人が長期にわたり足・腰、運動器を使用するという新しい視点が重要である。

図 整形外科の入院手術の患者年齢と疾患(2006〜2007年) 最大数は70代
図1 整形外科の入院手術の患者年齢と疾患(2006〜2007年)
資料:厚生労働科学研究費補助金「包括払い方式が医療経済および医療提供体制に及ぼす影響に関する研究」(主任研究者・松田晋哉)

 運動器は、①身体を支持する骨、②骨格の中の動く部分である関節、脊椎の椎間板、③骨格を動かしたり制御したりする筋肉、靭帯、神経系、という3つの要素で構成されている。これらの要素が連携することにより身体の運動が可能となっている。

 各要素の疾病として、骨粗鬆症、骨粗鬆症関連骨折、変形性関節症、変形性脊椎症、サルコペニア(筋肉減少症)、エンテソパチー(腱・靭帯付着部症)などがある。それぞれの疾患は他の要素にも影響をおよぼす。超高齢社会となり、運動器疾患への対策は個々の疾患への対応と同時に全身としての起立や移動といった運動機能全体への配慮が特に大切となった。

 運動器は身体を動かすための器官で、外部や内部から力学的な負荷、メカニカルストレスを常に受けている。構成要素である骨や軟骨、筋肉は「分解」と「形成」という代謝の過程で作り変えられているが、この代謝の調節にメカニカルストレスが重要である。適正な運動器の構造の維持にはメカニカルストレスが適性であることが必要である。

 メカニカルストレスが過剰な状態では、骨では疲労骨折、筋肉では筋挫傷(肉ばなれ)が起こるが、現代社会では一般に骨や筋肉にとってはメカニカルストレスの不足が問題となりやすい。また、何らかの疾病や障害がある場合にも運動の不足となりやすい。一方、身体の動く部分である関節の軟骨や背骨の椎間板では、メカニカルストレスの過剰が問題となりやすい点に注意がいる。

 組織の修復の点からも、骨、筋肉と軟骨、椎間板には違いがある。骨、筋肉には血流があり、またそれぞれ骨芽細胞、サテライト細胞など修復にかかわる細胞が存在している。一方、軟骨や椎間板髄核には血流がなく、また修復にかかわる専用の細胞は存在しておらず、修復されにくい組織である。

 運動器は常に代謝の過程で作り変えられていることから、その代謝の要素となる栄養は重要である。骨に対するタンパク質、カルシウム、ビタミンDや、筋肉に対するタンパク質などの大切さはよく知られている。また、肥満は腰痛、膝関節痛に関連があるなど、運動と栄養はあいまって運動器の健康にとって大切な問題である。


 ロコモティブシンドロームは運動器の障害によって、生活活動の制限が起きていたり要介護になっていたり、そうなるリスクの高くなっていたりする状態をいい、予防的視点も含めている。ロコモティブオルガン(locomotive organs)は運動器の意味で、名称の由来はここにある。

図 ロコモティブシンドローム (運動器症候群)の概念 骨・関節軟骨・椎間板・筋・靭帯・神経系の痛み、機能低下などによって生活活動(運動、食事、生活習慣など)の制限や要介護の状態になる
図2 ロコモティブシンドローム (運動器症候群)の概念

 一般住民を対象としたコホート研究で、エックス線画像で判定できる変形性膝関節症、変形性腰椎症、骨量測定検査で判定できる骨粗鬆症の有病率が明らかにされている。変形性膝関節症は女性の方が多く60歳代女性ではおよそ60%に達し、変形性腰椎症は男性に多く60歳代男性では70%を超えている。骨粗鬆症(大腿骨頸部で判定)は女性に多く、60歳代以降に急激に増加し、70歳代で40%を超えている。

 この結果からそれぞれの疾患の有病者数は、変形性膝関節症2530万人、変形性腰椎症2790万人、骨粗鬆症は腰椎判定で640万人、大腿骨頸部判定で1070万人、また、これら三つのうち少なくとも一つ以上の変化がある人は40歳以上で4700万人と推定されている。


 症状・徴候は、関節や背部の疼痛や機能低下(可動域制限、変形、筋力低下、バランス力の低下)で、具体的には、膝や腰背部の痛み、姿勢が悪くなった、膝の変形(O脚)、体が硬くなった、歩きが遅くなった、転びやすい、などである。

 運動機能の低下は徐々に進行することが多いことから、自分でも気づくことが大切である。日本整形外科学会では自己チェックのための7項目ロコモーションチェック(略称、ロコチェック)を提唱している。一つでも該当すればロコモである可能性がある。

  1. 片脚立ちで、靴下がはけない。
  2. 家の中でつまずいたり、滑ったりする。
  3. 階段を上るのに、手すりが必要である。
  4. 横断歩道を青信号で渡りきれない。
  5. 15分くらい続けて歩けない。
  6. 2kg程度の買い物(1ℓの牛乳パック2個程度)をして持ち帰るのが困難である。
  7. 家のやや重い仕事(掃除機の使用、布団の上げ下ろしなど)が困難である。

 運動機能評価法には、開眼片脚起立時間(秒)測定、歩行速度測定、握力測定、立ち上がりテスト(立ち上がれる椅子の高さで判定)などがある。立ち上がりテストは比較的若年の人にも使用できる。

 ロコチェックに該当したり、足腰の衰えが生じていたりする場合は、その重症度にあわせ負荷の少ない運動から徐々に運動を行い、運動を習慣化するよう努めることが大切である。最近急に具合が悪かったり、現在痛みがあったり、健康や体力に不安があったりする場合には、医療機関を受診するよう勧めている。
 予防・治療の基本は足腰の筋力強化とバランス力の強化である。この際、中高年者では脊椎や膝関節軟骨の変性がすでに始まっていることが多く、膝、腰に過剰の負荷にならないようにすることが大切である。
1)ロコモーショントレーニング(図3)
 足腰の筋力の強化、バランス力の向上、そして膝関節や腰への負担が軽いことの3点を満たし、家庭でも簡単にできる方法として「開眼片脚立ち」と「スクワット」をロコモーショントレーニング(略称、ロコトレ)として勧めている。
2)その他のロコモーショントレーニング
 「ご当地体操」「太極拳」など各種の運動プログラムが全国各地域で行われている。これらの体操の多くはその中に「スクワット」と「片足立ち」の要素がとり入れられており、ロコモの対策になる。各種スポーツに参加することもロコモ予防として有用である。

図 ロコトレ a:開眼片脚立ち 1、転倒しないようつかまる物がある場所で行います。床に触れない程度に片足をあげます。 2、難しい場合は両手を机などについて行います。片足1分で両足行い、1日3回行うようにしましょう。 図 ロコトレ b:スクワット 1、椅子に深く腰掛けるように、お尻をゆっくり下します。膝は曲がっても90度以上曲がらないようにします。
2、難しい場合は机などに手をついて行います。5〜6回くりかえし、1日3回行うようにしましょう。
(左) 転倒しないようつかまる物がある場所で行います。床に触れない程度に片足をあげます。 (左) 椅子に深く腰掛けるように、お尻をゆっくり下します。膝は曲がっても90度以上曲がらないようにします。
(右) 難しい場合は両手を机などについて行います。片足1分で両足行い、1日3回行うようにしましょう。 (右) 難しい場合は机などに手をついて行います。
5〜6回くりかえし、1日3回行うようにしましょう。
図3.ロコトレ a 開眼片脚立ち、 b スクワット
(日本整形外科学会ロコモパンフレット2010年度版から)

 中高年者になって顕在化する運動器の障害、ロコモティブシンドロームは超高齢社会が実現して、はじめて大きな課題となったものである。運動器は社会を作り上げるための実際の道具であり、その意味で社会の基盤の一つをなしているものである。超高齢社会ではその基盤が危うくなっているともいえる。

 手足の運動、体の移動は意思の表明でもあり、社会参加の一つの手段である。ロコモの考えは、人の運動、移動を支援することである。先に述べたように、疾病や障害のある人は運動の不足になりがちで、ロコモは大切な課題である。障害のある人の肥満対策、生活習慣病対策もロコモの考えに沿うものである。

 エイジングに抵抗することは一般に難しいことである。しかし、その中にあって人が身体を動かす、移動するということは対策をとることができ、直接的に効果が期待できる。これからの高齢者の増加を考えると、このことを多くの人々に分かりやすく伝えていく必要がある。