〔研究紀要〕
論文紹介
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Potential Role of pNF-H, a Biomarker of Axonal Damage in the Central Nervous System, as a Predictive Marker of Chemotherapy-Induced Cognitive Impairment. (化学療法による認知機能障害の発症予測因子としてのバイオマーカーpNF-Hの有用性) Clin Cancer Res. 21(6):1348-52, 2015
名取亜希奈(聖路加国際病院)、緒方徹(病院 障害者健康増進・スポーツ科学支援センター)ほか

 がんに対する術後化学療法の際、一定の頻度で認知機能障害が生じることが近年知られており、ケモブレイン(Chemo-Brain)と呼ばれているが、その病態や診断方法は未だ確立していない。一方、血中バイオマーカーpNF-Hは神経軸索の損傷を反映して血中で検出され、これまで脊髄損傷や外傷性脳損傷の予後予測因子として有用性が報告されている。  本研究では乳がんに対する術後化学療法の様々なステージの76症例から末梢血を採取し、血中pNF-Hを測定し、化学療法施行回数との比較を行った。
 その結果、血中pNF-Hは化学療法施行中の症例の28.8%で陽性となり、陽性率は化学療法の施行回数が多くなるほど高くなる傾向を示した。
化学療法施行前や施行後時間が経過した症例では陽性症例はなかった。  この結果は化学療法による神経組織ダメージが血中pNF-Hに反映されていることを示しており、血中バイオマーカーpNF-Hの検査がケモブレインの早期発見につながる可能性が示唆された。

 
Development of a screening program to assess motor function in the adult population: a cross-sectional observational study.(壮年期から老年期の運動機能スクリー ニング法の開発) J Orthop Sci. 2015 May 26. [Epub ahead of print]
緒方徹(病院 障害者健康増進・スポーツ科学支援センター)ほか

 ロコモティブシンドロームは「運動器の障害により移動機能が低下した状態」を指し、高齢者のみならず4・50歳代の壮年期からの注意が必要と考えられている。しかし、これまで壮年期から高齢期まで共通して使える移動機能の尺度は確立したものはなかった。多くの場合、高齢者にとって適切な移動機能テストは壮年期世代にとって簡単すぎて、測定値が「天井効果」を示してしまう場合が多いためである。本研究ではロコモティブシンドロームのスクリーニングテストとして1)立ち上がりテスト(立ち上がる機能)、2)2ステップテスト(歩く機能)、3)ロコモ25質問票(日常活動動作評価から構成される「ロコモ度テスト」を提唱した(図)。今後、基準値が設定されるなど、利用方法が定まることによってロコモティブシンドロームの対策が整備されていくこととなる。

http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00776-015-0737-1

 
A region-based two-step P300-based brain-computer interface for patients with amyotrophic lateral sclerosis(筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者による二段階式 P300-BMIス ペラーの使用) Clin. Neurophys. 125, 2305-2312, 2015
池上史郎、高野弘二、神作憲司(研究所 脳機能系障害研究部)ほか

 ブレイン‐マシン・インターフェイス(BMI)は脳からの信号を元にコミュニケーションや生活環境制御を行うことを可能にする技術である。この技術は脳神経系の障害によりコミュニケーションに困難を生じる患者等において有用であると考えられている。しかし従来のBMIで用いられている視覚刺激では、表示される文字が小さく見難いため機器がうまく使えない患者が見られた。
 そこで本研究ではより大きな視覚刺激を用いて2段階で文字を入力する改良型視覚刺激を開発し、年齢性別を合わせたALS患者と健常者(各7名)によって実験を行い、改良型視覚刺激と従来手法での正答率を比較した。
 ALS患者では従来手法での平均正答率が24%であったのに対し、改良型視覚刺激では55%となり正答率が有意に向上した。健常者の平均正答率は従来手法では71%、改良型視覚刺激では83%であり、有意な差は観察されなかった。2名の患者では改良型視覚刺激を用いて実用的とされる正答率(>70%)で機器を操作することが出来た。また他2名の患者で継続的に改良型視覚刺激を用いて実験を実施したところ、平均正答率が92%まで向上した。
 以上のことより、改良型視覚刺激を用いることで、従来方式のBMIを使用することが困難なALS患者であっても実用的な正答率でBMI機器の操作が可能なことが示唆された。

 
Implementation of a beam forming technique in real-time magnetoencephalography. (リアルタイム脳磁図におけるビームフォーミング技術の実装) J Integr Neurosci. 12(3):331- 41, 2013
大良宏樹、高野弘二、川瀬利弘、神作憲司(研究所 脳機能部)ほか

  リアルタイム脳磁図(MEG)は、脳神経系に障害を持つ患者・障害者に対する応用が期待される新しいニューロフィードバック(NF)技術である。これまでMEGを用いたNF研究のほとんどがセンサーレベルの信号を用いており、センサー位置と脳内位置が直接対応しないため、神経活動の位置同定の点で制限があった。このことがこれまでに蓄積された脳画像研究の知見をNFに活かす際に制約となっていた。本研究では、特定の脳領域の神経活動を対象としたNFトレーニングを可能とするために、ビームフォーマを用い、さらに2箇所の脳領域間の虚部コヒーレンス値を計算し、それを円の大きさとして被験者にフィードバックする系を開発した。
 MEG計測中の健常被験者は、ブレイン‐マシン・インターフェイス(BMI)に使用可能な明滅する視覚刺激(5or6Hz)の一方に注意を向ける様に教示された。視覚NFは、右後部頭頂皮質(PPC)と左視覚野の2箇所の虚部コヒーレンス値を元に生成された。
 実験の結果、視覚刺激に注意を向けている間、被験者はPPCと視覚野との虚部コヒーレンス値を増加させることに成功した。右の明滅する視覚刺激に被験者が注意を向けた場合に、右PPCと左視覚野との虚部コヒーレンス値は、右PPCと右視覚野との虚部コヒーレンス値よりも大きかった(p<0.05)。
 この結果は、我々の系がNFトレーニングに適用でき、かつ実用的なBMIやNFに役立ちう ることを支持している。

 
網膜色素変性症の羞明生起における特異的波長 あたらしい眼科. 32(9):1349-1354, 2015
山田明子(国立障害者リハビリテーションセンター病院)仲泊聡(国立障害者リハビリテーションセンター病院)ほか

  ロービジョンケアでは、多くの患者が羞明(眩しさ)を訴え、その羞明を軽減させるために遮光眼鏡の選定が行われている。羞明をきたす疾患は多岐にわたるが、それぞれの疾患で、なぜ羞明を生じるかといった原因やメカニズムは明らかにされていない。
 そこで、本研究では、網膜色素変性症で生じる羞明が「どのような波長の光に関係しているか」といった特異的な波長について検討を行った。
 対象は、直径2°以上の中心視野を有する網膜色素変性症患者20名と眼疾患のない晴眼者20名とした。
 被験者には、直径2°の円形である12種類の単波長刺激光(6波長、各波長2段階の強さ)を暗室内で疑似ランダムに呈示し、羞明の程度を9段階(1:「眩しさを感じない」から9:「耐えられない眩しさ」まで)から主観的に評価してもらった。
 その結果、群間比較おいて、網膜色素変性症患者群は、晴眼者群に比べて、484nm0.50logcd/u時の評価値が有意に高かった(p<0.05)。また、9段階の評価値のうち、眩しさが強いことを示す「5」以上と評価した人数の比率が有意に高かった(p<0.05、図1)。
 波長間比較では、両群ともに短波長光に対する評価値が長波長光に対する評価値に比べて有意に高かった(p<0.05)。また、網膜色素変性症患者群では、短波長光の中でも、晴眼者群にはみられない484nmの光に対する評価値が高くなるという傾向が示された。
 以上のことから、両群ともに、短波長光を遮光することが羞明軽減に有効であり、特に、網膜色素変成症患者に対する遮光眼鏡選定では、484nm付近の波長を考慮に入れた選定の必要性が示唆された。

図1  羞明の主観的評価を「5」以上と
評価した人数の比率
*p<0.05(2群の比率の差の検定)
 実験の結果、視覚刺激に注意を向けている間、被験者はPPCと視覚野との虚部コヒーレンス値を増加させることに成功した。右の明滅する視覚刺激に被験者が注意を向けた場合に、右PPCと左視覚野との虚部コヒーレンス値は、右PPCと右視覚野との虚部コヒーレンス値よりも大きかった(p<0.05)。
 この結果は、我々の系がNFトレーニングに適用でき、かつ実用的なBMIやNFに役立ちう ることを支持している。

 
失語のある人の参加、環境因子、健康関連QOLについての検討:CIQ,CHIEF,SAQOL-39の日本語版による分析 高次脳機能研究 35(4): 344-355, 2015
大畑秀央(病院 言語聴覚療法)、吉野眞理子(筑波大学 人間系)

  失語は脳血管障害などの脳損傷によって生じ、失語のある人の多くは、一次的な言語機能の障害によるコミュニケーション障害から、二次的に活動・参加における問題を抱えている。そのため失語の治療では、言語機能を評価するだけではなく、個人の日常生活における実行状況や参加への影響、QOLについても評価する必要があるとされる。しかし、失語のある人の参加と、環境因子、健康関連QOL、およびその他の要因との関連はこれまで構造的に捉えられていない。
 本研究では、失語のある人の参加、環境因子、健康関連QOLを検討した。脳損傷による失語のある人(失語群)66名、脳損傷の既往のない人(一般人口群)51名に、参加の尺度Community Integration Questionnaire(CIQ)日本語版、阻害因子の尺度Craig Hospital Inventory of Environmental Factors(CHIEF)日本語版Ver.2を実施したほか、失語群からは健康関連QOLの尺度Stroke and Aphasia Quality of Life Scale-39(SAQOL-39)日本語版および他の関連尺度の情報を得た。CIQでは失語群の参加は一般人口群より有意に― 21 ― 低かった。CHIEFでは失語群は一般人口群よりも阻害因子が有意に高かった。失語群ではCIQとCHIEFの総合得点に有意な正の相関を認め、参加が高い人ほど感じている阻害因子が高かった。ロジスティック回帰分析、相関分析の結果から、失語のある人の参加には身体的自立度が、阻害因子には参加状況が、健康関連QOLには言語機能が主に関与していると考えられた。

 実験の結果、視覚刺激に注意を向けている間、被験者はPPCと視覚野との虚部コヒーレンス値を増加させることに成功した。右の明滅する視覚刺激に被験者が注意を向けた場合に、右PPCと左視覚野との虚部コヒーレンス値は、右PPCと右視覚野との虚部コヒーレンス値よりも大きかった(p<0.05)。
 この結果は、我々の系がNFトレーニングに適用でき、かつ実用的なBMIやNFに役立ちう ることを支持している。

 
抗NMDA受容体脳炎の記憶障害に対するリハビリテーション JJRM(リハビリテーション医学)53.75-87.1. 2016.
浦上裕子、山里道彦、白岩伸子、飛松好子

  抗N-methyl-D-asparate(NMDA)受容体脳炎は、神経細胞の細胞膜抗原であるNMDA受容体に対する新規自己抗体が卵巣奇形腫に随伴する自己免疫性傍腫瘍性脳炎である。予後は良好な場合が多いとされているが、記憶障害の回復については不明な点が多い。

 そこで当院でリハビリテーションを行った患者6名を対象に記憶障害の回復の経過、予後とリハビリテーションを検討した。対象は6名(男1、女5、20〜47歳)、リハ開始時のリバーミード行動記憶検査は平均18.2であった。2名は展望記憶(存在想起、内容想起)に障害を認めず、2名は経過で改善した。ウエクスラー記憶検査の5項目は再評価時(評価間隔平均184.8日)に有意に改善、遂行機能も改善した。しかし発症から治療まで6ケ月以上経過した2名は、記銘力や展望記憶の障害が慢性期にも残存、代償手段や就労支援を必要とした。  抗NMDA受容体脳炎に対する回復期リハによる記憶障害の予後は良好な場合が多い。しかし慢性期においても記銘力障害が残存する場合があり、保たれている展望記憶や遂行機能を活用して、就労支援と連携した介入を行うことが重要である。