〔特集〕
障害工学研究部における脊髄損傷者等の
肢体不自由者の支援研究の紹介
研究所 障害工学研究部 東 祐二( 障害工学研究部長)、外山 滋( 生体工学研究室長)、中山 剛( 電子応用機器研究室長)

 国立障害者リハビリテーションセンター研究所障害工学研究部で取組んでいる主に脊髄損傷者・ 頸髄損傷者等の肢体不自由者への支援研究について紹介します。

 排泄動作支援ならびに褥瘡予防に関する研究
 当部スタッフの一人は病院の専門外来であるシーティング・クリニックへ約19年参画しています。同クリニックでのケース対応を通じ、当センター研究所運動機能系障害研究部や福祉機器開発部、病院等と共同して座位排泄時用除圧クッション(図1)や身体障害者用便器に対応したクッション等の研究開発を行ってきました(1)(2)。また、別府重度障害者センターや伊東重度障害者センターと共同して開発したトイレ用カメラ装置は市販化され、排便動作の訓練などで利用されています(3)。その他、病院、自立支援局、研究所の他部とも共同して、排泄用車いすに関する開発研究も行っており、試作した排泄用車いすは当センター病院でも活用されています(図2)。

 ジェスチャ認識インタフェース
 当センター研究所福祉機器開発部、病院、自立支援局ならびに(国研)産業技術総合研究所、(国研)国立精神・神経医療研究センター病院と共同あるいはご協力頂いて、重度運動機能障害者(頸髄損傷者、脳性まひ者、脳卒中後遺症者、進行性筋疾患・神経疾患患者等)のジェスチャによりスイッチ操作などを可能とする非接触なインタフェースの開発研究を行っています(4)。
このジェスチャ認識インタフェースを利用すれば、指、手、足、顔、耳など色々な身体部位の動きでスイッチ等の操作ができます。
 本研究で開発しているシステムは市販の距離画像センサ(カメラ)、パソコン(認識部)、出力装置で構成されています(図3)。インタフェースへの入力情報はカメラ画像を利用しているため、利用者(運動機能障害者)に対して非接触なインタフェースを実現できます。また、パソコン内のジェスチャ認識ソフトウェアで認識する対象部位を変更することで、様々なジェスチャに対応することが可能となります。出力装置としては、例えば学習型の赤外線リモコンにより操作が可能な家電品を制御する機能、パソコンのキーボードやマウスを操作する機能(Enterキー入力、マウスカーソルの移動やクリック操作等)、リレー制御器を介した意思伝達装置への入力機能等を実装することが可能です。
 ジェスチャ認識ソフトウェアを開発するに際して、これまでに40余名の重度運動機能障害者の約160部位のジェスチャを収集しました。得られたジェスチャデータを基にして、8種類の認識ソフトウェア(頭部動作、舌の出し入れ、指の動作、足の動作、膝の開閉、肩の動作、身体部位のモデルを持たずカメラに最も近い身体部位の動きを認識するタイプ、細かな動きに対応したタイプ)を開発しました。これらのなかから、代表的な身体部位を認識するソフトウェアを平成30年3月頃にダウンロード形式での一般公開を予定しています。
 なお、ジェスチャ認識ソフトウェアに関しては、脳性麻痺者・脳卒中者等を支援対象とした研究は日本医療研究開発機構(AMED)研究費(障害者対策総合研究開発事業、研究代表者:伊藤和幸氏)、進行性筋疾患患者・頸髄損傷者等を支援対象とした研究は文部科研費(JP16H03216、研究代表者:依田育士氏)の助成を受けて実施しています。

 シート型せん断力センサの開発


 せん断力は面に対して水平方向の力であり、圧力(面に対して垂直方向の力)とは異なりXY成分を持ちます。せん断力は圧力とともに人体が物体に接触するときに皮膚に加わることになりますが、これらの力が過度に大きい場合、創傷の原因となる可能性などの問題が指摘されています。このうち、圧力センサは既に十分に薄い物が開発されており実際に使われています。他方、せん断力を測定する装置やセンサは各種開発され、市販されている物もありますが、小型化(特に薄型化)が十分に進んでおらず、義足内や車いす上での人体接触部位に配置するのに必ずしも適した物ではありませんでした。そこで、薄いシート型のせん断力センサを独自に開発することになりました。
 これまでに無かった物を新規開発するということで技術的な困難が予想されましたが、材料として液体電解質を用いることがブレークスルーとなり、様々な問題を解決することができました(5)。初期の試作品は構造も複雑で、厚さが2mm、直径も29mmと十分に使い勝手の良いものではありませんでしたが、改良を重ねた結果、現在は最小の物で厚さが0.7mm、直径が6.5mmの物を実現しています(図4)。
 また、センサ単独では応用には使えないため、センサを駆動する回路や計測ソフトの開発も行っています。駆動回路については小型、無線通信可能、バッテリー動作可能な物を作製することで、臨床での測定に配慮したものとなっています。ソフトは測定回路からの信号を受けて画面表示をする他、データをパソコンに電子ファイルとして残せる様になっています。さらに、信号を計算により補正する機能を備えており、結果としてほぼ完全に温度環境に影響を受けないシステムを実現しています。
 既に研究所の義肢装具技術研究部や福祉機器開発部との共同研究による複数の応用実験のデータ取得も開始していますが、さらなる応用展開を期待してセンサの高機能化を考えています。
 なお、本センサに関しては特許を出願しました。

参考文献
(1)新妻淳子,中山剛,廣瀬秀行,岩崎洋,吉田由美子,関寛之.座位排せつ時用除圧クッションの開発評価に関する研究,リハ工学カンファレンス講演論文集,17巻,pp.133-136,2002.
(2)中山剛,新妻淳子,廣瀬秀行,塚田[伊集]玲子,吉田由美子,岩崎洋,関寛之.シーティング適合サービスにおける身体障害者用便器での褥そう対応,Rehabilitation Engineering,24(1),pp.36-41,2009.
(3)横田恒一,中山剛.高位頸髄損傷者のための排泄動作自立支援装置,難病と在宅ケア,5(5),pp.15-18,1999.
(4)中山剛,伊藤和幸,依田育士.重度運動機能障害者のためのモジュール型ジェスチャーインタフェースの基礎的評価.信学技報,116(453),pp.57-60,2017.
(5)S. Toyama, S. Utsumi, T. Nakamura, T. Noguchi,Y. Yoshida,A novel shear-stress sensor using electrolyte as a conductive element, Sensor Letters,11,pp.442-445,2013.

画像:図1  座位排泄時用除圧クッション(特殊形状のロホクッション)
図1  座位排泄時用除圧クッション(特殊形状のロホクッション)
画像:図2  試作した排泄用車いすの一例(チルト・リクライニング機構付)
図2  試作した排泄用車いすの一例(チルト・リクライニング機構付)
画像:図3 ジェスチャ認識インタフェースの外観
図3 ジェスチャ認識インタフェースの外観
画像:図4  独自開発したせん断力センサ(左側の丸い部分がセンサ、それ以外はリード線)
図4 独自開発したせん断力センサ(左側の丸い部分がセンサ、それ以外はリード線)