発達障害のある人で感覚の問題が顕著に生じるのは「聴覚」であるが、 自閉スペクトラム症のある人では「触覚」の問題も無視できない

当室の和田室長は、発達障害情報・支援センターの西牧謙吾センター長(病院)および研究所 障害福祉研究部の清野絵室長らと、発達障害のある人の感覚の問題を調査し、感覚の問題が最も顕著なのは聴覚であるが、自閉スペクトラム症(ASD)のある人では触覚の問題も無視できないことを明らかにしました。
本調査結果から、発達障害がある人が持つ感覚の問題の実態が明らかになり、よく知られた聴覚や視覚の過敏だけでなく、各人の特性に応じた個別の対応が必要であることがわかりました。本研究成果は、オープンアクセスジャーナル “Frontiers in Psychiatry” に2023年2月9日 (木)に掲載されました。

【研究の概要】

  • 発達障害のある人では、感覚の問題が深刻であることが知られている。今回の調査では、最もつらい感覚の問題が生じているのは聴覚であると答える人が多く、他に視覚、触覚及び嗅覚の問題も多く回答されていた。
  • 発達障害のある人のうち、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、学習障害(LD)での感覚の問題の特徴を調べたところ、ASDの診断を受けた人では、触覚の問題が一番つらいと答えた人が、そうでない人より多かった。一方、LDの診断を受けた人では、視覚の問題が一番つらいと答えた人の割合が相対的に多かった。
  • 年齢層別の分析からは、未成年者では味覚(偏食)の問題をつらいと答えた人の割合が他の年代に比べて相対的に多かった。
  • 感覚の過敏には、「高い音」「まぶしい光」など特定の強い刺激が苦手という問題に加えて、それぞれの感覚の中で複数の刺激が同時に来ると疲れてしまったり、状況の把握が困難になってしまったりする問題が含まれていることがわかった。

研究の背景

発達障害のある人は、感覚面で様々な困難が生じえます。発達障害のうち自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder, ASD)は、社会性とコミュニケーションの問題と反復する行動・興味の限局が主要な障害特性ですが、「感覚過敏」や「感覚鈍麻」など感覚の問題も生じることが、米国精神医学会の診断基準(DSM-5)に書かれています[1]。さらに注意欠如多動症(Attention-deficit/hyperactivity disorder, ADHD)や学習障害(learning disorder, LD)などASD以外の発達障害を持つ人も、様々な感覚の問題を有していることが、いくつかの論文で報告されています[2; 3]。しかし、聴覚過敏などが顕著であることは知られているものの、多様な感覚の問題の詳細、たとえば、感覚の困りごとの障害特性に応じた違いが明らかになっていないため、必ずしも適切な支援につながっていないのが現状です。
そこで、我々は、感覚にまつわる日常の困りごとを「見える化」することを目的に、調査を実施しました。具体的には、(1)障害特性により、感覚の問題の出現頻度に違いがあるか比較しました。(2)感覚の問題の年齢層ごとの違いを比較しました。(3)自由記述を分析し、それぞれの感覚ごとにどのような問題が含まれていたかを分析しました。

研究の内容と成果

(1) 障害特性による出現頻度の違い
「最もつらい感覚の問題」として、聴覚の問題が全415件の回答の半数以上(約55%)を占めることがわかりました。視覚、触覚、嗅覚の問題に関する記述は、それぞれ10%程度でした。このことは、日常での困りごととして、聴覚の問題の比重が大きいことを示しています。ところが「二番目につらい感覚の問題」「三番目につらい感覚の問題」となると、視覚や触覚、嗅覚の問題など他の感覚に関する記述も多くなりました(いずれも15~20%)。
発達障害のなかでASD, ADHD, LDを対象として、各障害の診断の有無による感覚の問題を感じる人の割合を比較しました。いずれも聴覚の問題が顕著であることは変わりがないものの、ASDを持つ人では、最もつらい問題として、触覚の問題と述べた回答が、ASDを持たない人に比べて相対的に多いことがわかりました。つまり、触覚刺激(具体例は表1参照)に鋭敏というような特有の感覚特性がASDのある人にとって他の障害より困難の原因になりやすいと考えられます。一方、LDを持つ人では、視覚の問題に対する回答が相対的に多いことが明らかになりました。

(2) 年齢層ごとの違いを比較
全ての回答を年齢層にわけて分析したところ、味覚の問題に関する記述は、未成年者層で多く、中年層で少ないことがわかりました。
なお「味覚の問題」の回答には、食感や苦手な食べ物に関する記述も含まれていました。

(3) 自由記述の分析
具体的にどのような感覚の問題がふくまれていたのか、自由記述の検討を行いました。各感覚でどのような問題が記述されていたかを分類しました(表1)。聴覚、視覚、嗅覚については、強い刺激や特定の刺激が苦手という種類の問題と、複数な刺激が同時にやってくることで混乱や苦痛が生じるといった種類の問題に、分かれることがわかりました。
その他、前庭覚、気圧、気温に対する困りごとなどの問題についても同様に分析を行い、報告しました。

感覚の問題の具体的な内容
全ての回答を内容に応じて分類し、2件以上みられたものを感覚種別ごとの出現頻度順に並べたものです。聴覚・視覚・触覚・嗅覚・味覚の問題に関する結果を抜粋しました。固有覚、前庭覚、その他(気圧、気温に関する困りごとなど)についても同様の分析を行いましたが、ここでは省略します。

結論と展望

本調査から、日常生活上で、大きな問題となっている感覚の困難の実態が浮かび上がってきました。すなわち、感覚の問題は、よく知られている聴覚や視覚に関するものだけはなく、それ以外の感覚の問題が最も困難と感じている人も一定数いることと、つらさの内容も様々であることから、特性に応じた個別の対応が必要であることが明確になりました。

用語

  • 感覚過敏:感覚の刺激が過剰に強く感じ、苦痛と感じるような状態です。
  • 感覚鈍麻:感覚の刺激を感じにくかったり反応が低下したりする状態です。例えば、気温の変化に気づきにくく、熱中症になってしまうことがあるなどの困りごとが知られています。
  • 自閉スペクトラム症(ASD):社会性やコミュニケーションの障害、行動の繰り返しや限られた興味を特徴とする発達障害の1つです。米国精神医学会の診断基準(DSM-5)では、「感覚過敏」や「感覚鈍麻」など感覚の問題も生じることが記されています。
  • 注意欠如多動症(ADHD):不注意や多動・衝動性の問題を特徴とする発達障害の1つです。
  • 学習障害(LD):全般的な知能に問題はないが、読み書きあるいは計算など特定の能力が限局的に障害されることを特徴とする発達障害の1つです。限局性学習症(Specific learning disorders, SLD)とも呼ばれています。

関連資料

【文献】

  1. American Psychiatric Association, Diagnostic and statistical manual of mental disorders: 5th ed. (DSM-5), American Psychiatric Association, Arlington, VA, 2013.
  2. D. Bijlenga, J.Y.M. Tjon-Ka-Jie, F. Schuijers, and J.J.S. Kooij, Atypical sensory profiles as core features of adult ADHD, irrespective of autistic symptoms. European Psychiatry 43 (2017) 51-57.
  3. K. Nandakumar, and S.J. Leat, Dyslexia: a review of two theories. Clinical and Experimental Optometry 91 (2008) 333-40.

【発表論文】
Wada M, Hayashi K, Seino K, Ishii N, Nawa T and Nishimaki K (2023) Qualitative and quantitative analysis of self-reported sensory issues in individuals with neurodevelopmental disorders. Frontiers in Psychiatry 14:1077542. doi: 10.3389/fpsyt.2023.1077542

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Frontiers in Psychiatry掲載ページはこちら
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyt.2023.1077542/full