2023年度 研究所オープンハウス

共生社会の実現に向けて

~障害リハビリテーション研究の現在~

 リアル開催(2023年10月14日(土曜日) 10時~16時)の出展物について、展示課題ごとに説明をのせたページです。

※開催場所等、開催についての詳細については、2023年度研究所オープンハウスのトップページをご覧ください。

 

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展示室A ライフモデルルーム

テーマ 障害者の課題解決への工学的アプローチ

重度運動機能障害者を支援するジェスチャ認識インタフェース

 産業技術総合研究所と国立精神・神経医療研究センター病院ならびに当センター病院、研究所福祉機器開発部などと共同して重度運動機能障害者を支援するジェスチャインタフェースの開発をおこなっています。不随意運動を伴う脳性麻痺者や随意に動く身体部位が少なくなるしんこう性の神経・きん疾患患者など既存スイッチの利用が困難な重度運動機能障害者を支援対象者としています。

 これまでに収集・分析したデータに対して部位対象に依存した7種類のジェスチャ認識ソフトウェア(頭部、眼、口・舌、肩、指、膝、足)と、部位に依存しない2種類のソフトウェア(カメラからの最近接部位認識、微細な動き認識)を開発しました。

 低価格なインタフェースを提供するために市販の距離・画像センサを利用して、非接触かつ非拘束なインタフェースを実現しています。

 ジェスチャの認識結果は、パソコン操作(エンターキー入力やマウスカーソルの移動、クリック等)や、学習型の赤外線リモコンによる家電ひんの制御、リレーを経由したスイッチ入力等に応用できます。
専用に開設したホームページでこれまで開発したジェスチャ認識インタフェースのソフトウェアを無償で公開しています。

http://gesture-interface.jp/

 

遠隔操作システムを活用した障害者の社会参加・就労機会の拡大に関する研究開発

障害工学研究部 自立支援ロボット技術等研究室 河村拓実

 重度肢体不自由者が,暗黙のうちに選択肢から除外されていた,移動や手作業など,身体動作を使った仕事の一部を担えるようになりました.図は,当事者が遠隔から,受付やカフェでの仕事を行った事例です.しかし,就労先としての選択肢はごくわずかです.その要因として,当事者の遠隔操作の場合は,操作が難しく時間がかかる課題が,作業を自動化する場合は,当事者が自ら作業の主体を担える体験がなくなってしまう課題があります.

 そこで本研究では,肢体不自由者が遠隔操作ロボットを通じ,多様な作業の主体を担える可能性を高め,自分らしい就労の選択肢を拡張していきます.

 まず,これまでにない事例創出を目指して,肢体不自由者が遠隔操作ロボットで他者の介護の補助を担う,互助型の遠隔就労のコンセプトを策定しました.図はそのイメージです.肢体不自由者が日用品運搬など,介護の補助業務を担うことで,自身が介護を受けた経験をもとに,介護を受ける人にも,介護専門職にも,かゆいところに手が届く支援を提供できる可能性があります.

 実現には作業の効率化が必要で,独自のロボットや様々な支援機能を開発しています.可動部を最小限に抑え,普段づかいのパソコン操作ツールで操作できるロボットを試作し,操作の複雑さは電動車いす程度としました.さらに,図に示す,複数の作業の支援機能を搭載しています.今回は新たに,手先の映像の拡大,俯瞰映像の統合,背後映像の統合の各機能を開発し,買い物カゴの運搬作業で評価しました.図は,評価実験の様子です.俯瞰の機能は,移動操作のやり直し回数を大幅に減少させ,手先の映像の拡大機能は,作業の負荷を低下させることが分かりました.

 

シート型生体センサの開発

障害工学研究部 外山滋

 生体工学研究室では、障害者の身体表面に設置して計測するためのシート型センサを開発しています。ここで紹介するシート型せん断りょくセンサは表面に水平な方向に働く力を測ります。センサの直径は10ミリメートルで、厚みは実測でおよそ0.7ミリメートルです。測定回路はモバイルバッテリーを電源とし、パソコンに測定データをリアルタイムで無線送信します。

 身体の表面形状に対応してセンサ自体が変形できるようにするため、センサは柔らかい材料のみからできています。センサの内部には電解液をはさんで上下に電極が配置されており、せん断りょくが働くと上下の電極の間の距離が変わるので電流が変化します。この電流変化を測定し、せん断りょくを推定します。せん断りょくは2次元の力なので、上側に1個の電極、下側に4個の電極があり、力と方向が同時にわかります。

 今後の多様な応用研究に対応するために、センサデバイスや測定システムの改良を行なっています。例えば、既存のシート型圧力センサと重ね合わせることで、せん断りょくに圧力を加えた3次元の力を測定するセンサを作製しました。

 センサの使用例をご紹介します。応用測定は研究所内の他の部との共同で行なっています。この図は義足ライナーと足との間にセンサを設置し、膝を屈伸したときのセンサ出力です。右側のグラフからは屈伸と平行する方向にのみ力が加わっていることがわかります。

 また、衣服の上から臀部にセンサを貼り付けたのちに車椅子にちゃく座し、様々な姿勢を取ったときのセンサ応答を調べました。身体の姿勢によってせん断りょくが変化しています。

 せん断りょくセンサは研究所内外の研究グループに提供され、障害に関わる様々な研究に応用されています。

 

「自分で歩く」を支援する:無動力×装着型歩行支援機構の提案

障害工学研究部 眞野明日香

 本研究は,生活期における片麻痺者の かたへの歩行支援 を目的とした装着型歩行支援機構 の開発を行っています. 当事者の身体機能を活用する歩行支援機構を提案し,片麻痺者の歩行データに基づき,提供 可能な支援力およびタイミングなどの支援特性を 推定した結果を紹介します.

 本研究で提案する歩行支援機構は,腰と両脚の大腿に機構を装着します.左右の股関節を中 心の屈曲・伸展動作からエネルギーを取得し,腰に装着する機構内に蓄積します.そのエネ ルギーを麻痺のある脚の股関節屈曲・伸展支援に活用することで, モータを使用しない歩行 支援を実現します.

 片麻痺者の歩行データを使用して提案機構が提供可能な支援トルクの大きさを推定したと ころ,約 3 Nm (ニュートンメートル でした. これは足が地面に接地し,後方にけりだす 立脚期に麻痺側を支援する力になります.

 ユーザの身体機能を活用することで,歩行支 援と「自分の力で歩くこと」の両方の実現を目 指し ていますが, エネルギー源となるユーザの身体への負担 が生じるため,身体負荷 と支援 効果 の検証を行う必要があります. 今後は,設計の詳細化を進めながら,片麻痺者の歩行支援に最適な負荷や支援の強さを決定 し,試作機の実装や評価を進めていきます.

 

はじめての義手・義足

義肢装具技術研究部 全員

 はじめて義手や義足を作るかたにお渡しする冊子を展示しています。説明のご希望やご質問ありましたらお声かけください。

 

2分でわかる義肢装具技術研究部

義肢装具技術研究部 全員

 義肢装具技術研究部の活動についての動画を会場で再生しています。説明のご希望やご質問ありましたらお声かけください。

 

義手に関する情報を共有しよう!

義肢装具技術研究部 全員

 義手に関する情報について動画を会場で再生しています。説明のご希望やご質問ありましたらお声かけください。

 

断端の長さについて

義肢装具技術研究部 全員

 義足と断端の長さの関係についての動画を会場で再生しています。説明のご希望やご質問ありましたらお声かけください。

 

変化する断端

義肢装具技術研究部 全員

 手足を切断した後の断端がどのように変化していくか についての動画を会場で再生しています。説明のご希望やご質問ありましたらお声かけください。

 

先天性上肢形成不全児用各種デバイス

義肢装具技術研究部 全員

 先天性上肢形成不全児が鉄棒やマット運動をするために使用する義手を紹介します。

 

公開講座「わかる!義手と義足」

義肢装具技術研究部

 10分間の講座を下記の時刻に行います(毎回同じ内容です)。

   開催時刻: 10時30分、11時30分、13時30分、14時30分

 

補装具費支給制度における車椅子・座位保持装置等支給割合に地域間の差はあるのか?

福祉機器開発部 シロガネ サトシ

 車椅子や座位保持装置は、移動や姿勢保持に障害のある者にとって重要な用具です。当然、これらは、その住んでいる地域に関わらず、必要に応じて支給されるべきものですが、過去の報告は支給状況に地域差があることを示唆します。しかし、実際のところは不明であるので、この調査では、2010~2019年度の10年間分の支給実績から、都道府県間の差を明確化しようとします。

 政府統計窓口が公表する福祉行政報告例というデータから、当該補装具の新規支給決定件数を抽出し、都道府県ごとに集計します。車椅子、電動車椅子、座位保持装置、座位保持椅子の4種もくについて、同報告内における肢体不自由しゃすうで除して支給率としたものを、10年間分の平均ちとして求めました。

 集計結果からは、都道府県で、支給率にけっこうバラツキがあることがわかりました。 最も支給率の低い秋田県と、最も支給率の高い宮城県を比べてみると、その支給率はおよそ3倍の違いがありました。

 本調査の限界と今後の課題です。そもそも、このような補装具を必要とする者が全国に等しく存在するとは限らず、また、今回支給率計算の分母に用いた肢体不自由しゃとされる人のすべてが、それらの補装具を必要とするわけではない点には注意が必要です。しかし、正確な情報が存在しない現状において、本調査結果は地域間の差を議論する上での参考資料となり得るものと考えています。正確な情報を把握するために、より適切な分母の値の情報が必要です。ここで紹介した調査研究のように、補装具・支援機器に関して、その制度やそういう地域特性なども踏まえた公平な支給、あるいは適正な支給、そういったようなことに向けた研究というのにも取り組んでいますということで、今回、このような内容を紹介させていただきました。以上です。

 

センシング技術を使った電動車椅子安全走行に関する研究

 センシング技術を使った電動車椅子安全走行に関する研究、福祉機器開発部の劉がご紹介させていただきます。電動車椅子は主に歩行補助の必要性が高い障害のある方や高齢者の日常的な移動手段として使われています。こうした中で、運転者の身体能力低下また使用環境に関するリスクの認識不足を要因として、電動車椅子を使用中の死亡・重傷事故は増加する一方です。

 電動車椅子に対するリスク低減の方策として、慣性計測装置(いわゆるIMUセンサ)による車椅子操作のモニタリングを行いますが、事故に至る可能性が高いユーザーの不注意や誤操作(例えば、意図しない発進)が判別できません。そこで、人による事故を防ぐことを目的として、車台にカメラを搭載することで、運転リスクの自動検知機能を有する安全走行支援システムを構築したいと考えております。ディープラーニングを用いて、撮られた画像から顔の位置を検出し、そしてフェイスマークを見つけ出し、顔向き角度を推定し、ユーザーの運転姿勢パラメータを取得します。それとIMUセンサが記録したユーザーの操作データを組み合わせ、動作意図を抽出し、運転リスクを自動的に検知します。今後は提案したシステムを電動車椅子に実装し、安全運転が誘導されることを定量的に検証したいと考えております。

 

機械学習を用いた視線方向の検出による意思伝達支援システムの開発

福祉機器開発部 伊藤和幸

 九州工業大学では眼鏡型カメラを利用して、深層学習により眼の画像を入力として夜間でも画像内の瞳孔中心位置を高精度で検出できる技術を提案しています。

 この技術をきん萎縮性そく索硬化症ALS等、重度運動機能障害者の見ている方向の検出に応用し、スイッチ操作へと連動するシステムを構築します。画像内の瞳孔中心点の検出方法です。

 眼の画像を入力として、まず分類モデルにより眼の開閉状態を分類します。次いで、眼を開いていると分類された画像に対して回帰モデルにより瞳孔中心点の座標を求めます。

 システムの構成です。左上の写真に示すように、レンズを外した眼鏡に小型カメラを取り付け、眼との相対位置を保ちます。システムは、右に示すように小型コンピュータ、モニター、スイッチ操作を行うためのリレー制御器で構成します。

 動作の概要です。

 スライドは正面を向いている画像です。 眼の画像から瞳孔中心位置が検出されますので、通常の視野範囲を確認して、それを超える範囲をしきいちとして設定します。瞳孔中心点がこれらのしきいちを超えると、割り当てられたスイッチがONになります。

 本システムでは、リレー制御器へ信号を送るモードを 2 つ用意しています。

 単発モードは、しきいちを超えた際に1回だけ信号を送信します。しきいち内に一旦瞳孔中心点が戻らないと次の信号は出ません。

 連続モードは、しきいちを超えているあいだは一定間隔で信号を送ります。 一定の方向を見続けていると連続で信号が出ますので、少ない目の動きでスイッチ操作を行うことができます。

 

支援機器の開発・普及のためのモデル拠点構築に資する研究

福祉機器開発部 井上剛伸 石渡利奈

 それでは、支援機器の開発・普及のためのモデル拠点構築に資する研究について、ご説明させて頂きます。

背景と目的

 支援機器は、補装具や日常生活用に限らず、障害のある方々の生活を支援する幅広い範囲を包含する機器の総称といわれています。 そのような支援機器の有効活用は、障害のある方々の支援において、最重要課題の一つとされています。 それを受けて、厚生労働省では、その普及を促進する取り組みや、厚生堂々科学研究費等では、そのためのいろいろなツールの開発が行われています。 ただ、これらの事業を基に、全国への均てん化に向けた仕組みが必要ということが背景となっています。 それを受けて、本研究では、これまでの研究で得られた知見、ツール、手法を関係者の主体的かつ継続的な取り組みとして発展させ、支援機器の開発・普及に資するモデル拠点を構築することを目的としています。

支援機器開発・普及モデル拠点の概要

 実際に、現在取り組んでいるモデル拠点の概要ですが、厚生労働省で実施している、機器開発の補助事業やニーズとシーズをマッチングさせるための事業、人材育成事業などを展開していますが、こういったものが、在宅で暮らす障害のある方々の活き活きとした生活につながっていく、そこで支援機器がうまく利活用して頂ける、そういったところを描いていきたいと考えています。 従いまして、これらの間を上手につないでいく、そういった役割を持ったモデル拠点を構築したいと考えています。 具体的には、福祉用具プラザですとか、市や県のリハセンタなどを候補として想定しています。 こういった拠点において、これまでに開発してきた人材育成プログラムやモニタ評価のガイドライン、選定・導入のガイドなどのツールを活用して、支援機器の開発や普及を促進するような機能を、このモデル拠点が持っていくということで構築をしているところです。 また、そういったところで、厚生労働省のいきいき支援機器普及アンテナ事業等を活用しながら、モデル拠点が育っていく、定着していくことを目指しています。

 

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展示室B 福祉機器展示館(障害者用モデル住宅)

テーマ 認知症のある方の生活支援研究

認知機能を支援する機器の利活用に関する研究

福祉機器開発部 川崎

 リハビリテーションにおいて認知機能を支援する機器は,認知機能障害を有するかたに対して,生活の自立を支える効果が示されています. 当展示では,認知症のかたの支援機器を80点ほどご紹介しています.これらの支援機器を試用してもらう機会が増えることにより,支援機器に対する理解を深め,自立を支援する機器として導入が進むことが期待されます. これらの支援機器の研究開発が進む一方で,個々の認知機能障害や生活障害は多様であり,その特性に合わせた支援機器を十分に活用できていない現状があります. そのため,この研究では,認知機能を支援する機器提供の実態把握をもとに,有効な提供方法や支援体制を検討することにより,これらの支援機器の有効活用,普及の促進を目指しています.

 

過疎高齢化地域を対象とした情報支援機器のコミュニティ実装手法の開発

福祉機器開発部 間宮郁子

 軽度認知症やMCI(認知機能の低下が見られる状態)では、脳神経細胞の大幅な減少等により、新しいことを記憶しにくくなったり、日付やスケジュールが分からなったりして、これまでのように自分で切り盛りして暮らすことが難しくなります。

 これらの方の多くは、介護保険サービスや医療福祉専門職と接点が少なく、発見されにくい状況にあります。

 過去の調査で、要介護未満の在宅高齢者の 20%に認知機能低下が疑われ、認知機能低下が疑われる群ほど、近所の人との会話頻度や、外出頻度が少ないことが分かりました。

 国立障害者リハビリテーションセンター研究所では、このような方が必要な情報を確認し、日々の暮らしを営めるように、現地の資源で高齢者を支える生活支援ロボットシステムの地域運用モデルを開発しています。

 高齢者へ声掛けを行うには、日ごろから本人を支えている住民や、家族、専門職の連携が必要です。 そこで、自治体、地域包括支援センター、地域の住民の方が連携して、外出が少ない高齢者の方のご自宅に、声掛けを行う生活支援ロボットを置いて、家の中で一人にしない取り組みを始めています。

 また、各地域の実情にあわせた運用ができるよう、住民参加型研究をもとにした、コミュニティ実装手法の開発を進めています。

 関連する研究や、ロボット利用者の声は、ホームページでも紹介しています。 「声掛けロボット 国リハ」とご検索ください。

 

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展示室C 第一会議室(会議室1)

テーマ 感覚・脳機能・恒常性を科学する~原因から支援まで~

認知行動機能に対するニューロモジュレーション手法の開発

脳機能系障害研究部・脳神経科学研究室 中村 仁洋(なかむら きみひろ)

 国リハ研究所の脳機能系障害研究部・脳神経科学研究室では、脳や神経の障害に起因する 認知機能や⾏動機能の障害に関する研究に取り組んでいます。最近では特に、機能的MRI や脳波などの⾮侵襲的脳機能計測法や、磁気や電気を⽤いて脳を刺激して認知⾏動機能を 変化させる脳刺激法などを応⽤して脳の働きを誘導する、ニューロモジュレーション⼿法 と呼ばれる新しい技術の研究開発に取り組んでいます。このような研究を進めることで、 脳機能に障害がある⽅の認知⾏動機能を安全かつ効果的に調節できる、治療および⽀援 のための新しい技術へとつなげていきたいと考えています。

 

網膜の変性と再生に関する研究

感覚機能系障害研究部 世古裕子

 外界の情報の80%以上を視覚を通して得ていると言われています。光の情報は最初に、眼球の一番内側にある網膜で受容されるので、網膜が不可逆てきな変性に陥ると視覚障害となり、外界からの情報が得られなくなります。私たちは、分子生物学的手法によって網膜変性疾患に関する研究を行い、新しい診断法・新しい治療法・新しいリハビリテーション方法の開発を目指しています。

 網膜の再生に関する研究では、ヒト体細胞から“ダイレクト・リプログラミング”と呼ばれる方法で、光に応答する視さいぼうよう細胞に分化誘導することに成功し、誘導細胞の質の向上に取り組んでいます。 この分化誘導の方法を、網膜の変性に関する研究に応用しています。

 網膜変性に関する研究では、網膜色素変性の新規診断法・治療法の開発を目指し、分子生物学的手法による研究を行なってきました。網膜色素変性は、網膜視細胞が徐々に変性脱落することによって、や盲や視野狭窄などが徐々に進み、見えにくくなる遺伝性の病気です。特効薬がないため、原因を調べる研究を開始し、当センター病院眼科に受診された患者様から血液の提供を受け、既知の原因候補遺伝子の塩基配列に変異が無いかどうかを調べ、EYS遺伝子に高い頻度で変異がみられることがわかりました。 これは、ヒトのEYS蛋白質の構造ですが、変異の頻度が特に高く病原性のある5種類の変異を見つけ、報告しました。 一方で、再生技術を応用し細胞モデルやゼブラフィッシュモデルを作製・解析する研究も行なっています。これにより、網膜色素変性の進行を遅くして、見えにくさの程度が軽減されることをめざしています。

 

聴覚障害の病態解明に関する研究

感覚機能系障害研究部・感覚認知障害研究室 鷹合 秀輝

 こんにちは、感覚機能系障害研究部・感覚認知障害研究室の鷹合です。私たちの研究室では、聴覚障害の病態解明に関する研究をおこなっています。私たちの研究内容についての説明に先立ち、「きこえ」のしくみからお話しさせて頂きます。

 「きこえ」のしくみですが、おとは外耳から入って鼓膜を振動させ、中耳の・耳小骨《じしょうこつ》を介して、内耳の蝸牛《かぎゅう》へと伝わります。《かぎゅう》には音波を電気信号に変える《ゆうもうさいぼう》があり、かぎゅう神経とシナプスで繋がれています。この電気信号は最終的に大脳に到達し、「きこえ」として知覚されます。聴覚系のいずれの部位に異常が生じても、難聴になります。

 私たちの研究室の研究内容です。年齢とともに聴こえづらくなるかれい性の難聴などで、蝸牛《かぎゅう》の《ゆうもうさいぼう》と《かぎゅう》神経のつなぎ目であるシナプスの異常が指摘されています。《かぎゅう》や《かぎゅう》神経などの異常で生じる感音難聴には特効薬が無いため、なぜ難聴になるのかという原因を明らかにした上で、新しい薬を創ったり、補聴器や人工内耳などのリハビリテーション機器の開発を進める必要があります。具体的には、難聴モデルマウスのかぎゅうから取り出した神経細胞から、小さなガラスの電極を使って活動を記録するなどしています。上段の正常な聴力をもつ野生型マウスのシナプスでは、刺激に対してたくさんの応答が見られますが、下段の難聴マウスのシナプスでは刺激しても応答が見られません。

 このような形で、神経生理学的な手法による聴覚障害の病態解明研究を進めていて、将来的に私たちの持っている技術を耳鼻科臨床に応用することを目標にしています。

 

幼児吃音の疫学研究

感覚機能系障害研究部 酒井奈緒美

 吃音とは、ことばの最初の音を繰り返す(例:あああありがとう)、引き伸ばす(例:あーーりがとう)、また最初の音が出てこない(例:・・ありがとう)という三つが主な症状です。幼児期に主に発症しますが、その多くは数年後に消失することも報告されています。海外では、これらの発症率・回復率についての信頼性の高い研究がありますが、日本ではデータが不足しています。当研究室は他の研究機関と共同で、日本における幼児期の吃音の発症率・回復率、および発症・回復に関連する要因を調べてきました。

 3歳児2,000人弱を対象に吃音の有無を調べ、その後彼らを5年ほど追跡し、調査時点での吃音児の割合(有症率)、その時点までの発症率(累積発症率)、その時点までの回復率を算出しました。その結果、①有症率は3歳時点で最も大きいこと、②累積発症率は4歳で10%程度になり、その後大きく増加しないこと、③吃音発症から3年後には8割程度の回復率を示すこと、が明らかになりました。今後、これらの発症・回復に関わる要因について分析を進める予定です。

 

自閉スペクトラム症者の終助詞使用の研究

脳機能系障害研究部 ⾼次脳機能障害研究室 幕内充

 私たちは普段、 ⼀緒においしいものを⾷べたとき「美味しいね」と感想をシェアする、あるいは⾷べた ことのない料理を前に不安そうな⼈に対して「美味しいよ」と教えてあげる、というように⽂の最後に 「よ」や「ね」などの終助詞を使います。⼀⽅で、 終助詞を使わなかったり聞き⼿の知識や感情に配慮 して適切に使わないと、 相⼿を不快にさせてしまうこともあります。終助詞「よ」「ね」がそれぞれ適 切な場⾯で⾃閉スペクトラム症の⽅と定型発達の⽅が同様に終助詞を使うのかを調べる⾏動実験を⾏いま した。すると、 次のふたつの結果が得られました。

  1. ⾃閉スペクトラム症の⽅は「ね」を使う頻度が定型発達の⽅より少ない。
  2. ⾃閉スペクトラム症の⽅は「よ」を使うのが不適切な場⾯で、「よ」を使う頻度が定型発達の⽅より 多い。

 我々は⾃閉スペクトラム症の⽅と定型発達の⽅の⾔語使⽤の違いについての特徴を明らかにすることで、 診断や⾔語教育などに役⽴つのではないかと考えています。定型発達の⽅と⾃閉スペクトラム症の⽅がお 互いの⾔語使⽤の特徴を理解して会話場⾯でのすれ違いを減らす⼀助になれるかもしれないと考えていま す。特性の異なる話者同⼠の円滑な会話を⼿助けできるようなデバイスの開発への応⽤も⽬指していま す。

 加えて、機能的核磁気共鳴画像法を⽤いて、 終助詞「よ」 「ね」 「よね」が⽂末について⽂を読んで いる時の脳活動を計測しました。その結果、 終助詞の処理には、伝統的に⾔語野と呼ばれる脳領域だけ でなく、社会的コミュニケーションに関する脳領域も寄与していることが分かりました。⾃閉スペクトラ ム症の⽅と定型発達の⽅で終助詞の使い⽅が異なる背景には、社会的コミュニケーションの⽅略の違いが 関わっているのかもしれません。

 

発達障害者の食の問題に関する調査・研究

脳機能系障害研究部・発達障害研究室 和⽥ 真 (わだ まこと)

 こんにちは、脳機能系障害研究部・発達研究室では発達障害の当事者に多くみられる「⾷ べること」に関する問題について研究を⾏なっています。特に、⾃閉スペクトラム症がある お⼦さんでは、様々な⾷の問題が⽣じることが知られています。嫌いな⾷べ物を無理強いす るのは望ましくない⼀⽅で、偏りすぎた⾷⽣活は成⻑の遅れや病気につながり、医療および 社会的な問題をおこす可能性があります。しかし、⾃閉スペクトラム症のある⼈での味覚の 問題は、実態やメカニズムがよくわかっていないため、本研究では、⾷⾏動の実態調査をす るとともに、当事者の味の感じ⽅の特徴が⾷⾏動に与える影響を研究しています。

 これまでに、⾃閉傾向に関連した⾷⾏動についてアンケート調査を⾏いました。その結果、 ⾃閉傾向が⾼い⼈では、味の混ざりが苦⼿で、苦⼿な⾷感もあるという特徴がわかりました。 さらに酸味が苦⼿な⼈は全体的に⾷の苦⼿が多いこともわかりました。

 現在、味の感じ⽅を調べるため、共同研究により開発した味覚刺激装置を⽤いて、実際に ⽢味と塩味を短い時間差で連続的に呈⽰して、その順序などを答えてもらう実験を⾏ってい ます。味の感じ⽅の違いを明らかにした上で、⾷⾏動との関連について調査を進めています。

 

発達障害者の表情認知の問題とその軽減を目指す研究

脳機能系障害研究部・発達障害研究室 和⽥ 真 (わだ まこと)

 脳機能系障害研究部・発達障害研究室では、表情認知の問題に関連した研究とその成果を ⽣かしたコミュニケーション⽀援のための研究開発を⾏なっています。 ⾃閉スペクトラム症は、社会的コミュニケーションの障害が特徴のひとつとされています。 円滑なコミュニケーションにとって、表情を読み取って、相⼿の感情状態を推定することは とても⼤切です。⾃閉スペクトラム症のある⼈は、この表情の読み取りが苦⼿といわれます が、どのような場⾯でどういった苦⼿が⽣じるのか、よくわかっていません。

 現実場⾯では、表情は時間とともに変化します。例えば、会話中の相⼿の表情のうち、悲し い表情の占める割合が⼤きい場合には、相⼿が悲しんでいるのではないかと推測してコミ ュニケーションを⾏っています。私たちの研究では、「喜び」「怒り」「悲しみ」「恐怖」「驚 き」「嫌悪」の顔画像を使って、⼀定時間内に占める表情の割合を判断してもらいました。 その結果、⾃閉スペクトラム症のある⼈は、怒り表情の占める割合の⾒積もりが苦⼿な⼈が 多いことがわかってきました。

 このような研究を積み重ねていくことで、例えばオンライン会話中に、相⼿の感情状態を推 定しやすくなるような表⽰⽅法など、⾃閉スペクトラム症のある⼈もない⼈も円滑にコミュ ニケーションがとれる⽀援⼿法の開発を⽬指しています。

 

発達障害者の聴覚の問題とその軽減を目指す研究

脳機能系障害研究部・発達障害研究室 佐藤 彩 市川 樹

 こんにちは、脳機能系障害研究部・発達障害研究室では発達障害の当事者に多い「聴こえ」 に関する問題について研究を⾏なっています。発達障害のひとつである⾃閉スペクトラム症 の当事者に対して⾏ったアンケートでは「特定の⾳や⼤きな⾳がつらい」という聴覚の過敏 と、「⾳がどこから来たのかわかりにくい」という⾳源の位置を特定する難しさが、「聴こえ」 に関する問題として多くあげられています。

 現在はふたつのテーマに取り組んでいます。「⾳源の位置特定に関する研究」では、⾃閉 スペクトラム症の当事者を対象に⾳に対する困りごとの聞き取り調査を⾏い、⾳の⽅向を判 別する実験や脳機能を調べることで、当事者の困りごとがどのようなメカニズムに由来す るかを調べています。将来的には⾳がどこから来たのかよくわかるようになるリハビリテー ションの開発に繋げることを⽬標にしています。

 また、もうひとつの研究テーマ「聴覚の問題を緩和する知覚体験補正システム」では、発 達障害当事者にさまざまな場⾯の⾳を提⽰し、「その⾳と同じような場⾯で⾃分にどう聞こ えていたか」を再現してもらう実験を⾏うことで、当事者の主観的な感覚を数値化する研究 を⾏なっています。収集したデータを⽤いて「聞こえてくる⾳に対してどのような感じ⽅が ⽣じるか」を予測できる⼈⼯知能を開発しており、将来的には⾳を⾃動的に聞こえやすく変 化させる「スマート⽿栓」などの⽀援機器を実現することを⽬標としています。

 

運動器障害時の身体不活動に起因する健康障害の病態・発症機序の解明とその改善方法の確立

運動機能系障害研究部 篠原正浩

 運動機能系障害研究部、分子病態研究室では障害者の身体不活動に伴い起こる様々な身体の異常の背景にある分子メカニズムを解明して、新しい治療法や予防法の開発につながる研究を行っています。長期間の寝たきり生活や車椅子生活など運動をしないような状況では骨や筋肉が弱くなってしまうことだけでなく、脳、心血管系、代謝系そして免疫系など様々な臓器に影響を及ぼすことが知られています。逆に運動を行うと、これらの臓器の働きは改善し健康に維持されます。私たちは、障害者の身体不活動でみられる全身的な臓器機能の低下や、運動によって臓器機能が改善する分子メカニズムを解明するための基礎研究を行っています。この研究では、ゲノム編集技術を利用して作成した遺伝子改変マウスや次世代シークエンサーを利用した網羅的遺伝子発現解析といった、先駆的な実験技術を導入した解析を行っています。

 この研究から、身体不活動に伴う健康障害を予防するための手法の開発が期待され、障害者はもちろん、健康な子供やお年寄りの健康を守る未来を切り開くことが可能になります。

 

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展示室D F-111

テーマ 立つ・歩く・移動するためのリハビリテーション研究

自動車運転時の視空間情報処理を評価するためのドライブシミュレータの開発

運動機能系障害研究部 河島 則天(のりたか)

 自動車運転は社会生活上で必要不可欠な移動手段です、特に、郊外地域では、自動車運転の可否が生活範囲の決定要因になります。私たちは、認知機能が低下した高齢者ドライバーや、脳卒中後に運転再開を希望するドライバーに対して、データに基づく客観的な運転適性判断行うためのシミュレーターシステムを開発しています。当センターの自動車訓練場をリアルに再現したCG映像を使用して、頭部の動きと提示映像を連動させることで、操作感を高める工夫を施しています。最終的に、実車訓練に移行する前段階での運転技能の見極めと、自動車運転リハビリテーションに活用することを意識して開発を進めています。

 

半側空間無視の病態メカニズム理解に基づく新たな評価手法の開発

運動機能系障害研究部 河島 則天(のりたか)

 半側空間無視(はんそくくうかんむし)は、脳卒中後に生じる神経症状の一つで、損傷を受けた脳の反対側の空間や出来事を無視してしまう症状です。私たちは、この症状の評価や特徴把握を行うためのツールとして、タッチパネル・ディスプレイや視線計測を用いたシステムを開発し、臨床現場に導入することで、研究成果の応用を試みています。

 

身体と調和する義手の開発

運動機能系障害研究部 河島 則天(のりたか)

 手指、上肢による物体把持や操作は、日常生活動作の中核です。体肢切断(たいしせつだん)によりこれら動作が困難となると生活に大きな支障を来たします。本研究室では、目的に応じて様々な義手を開発しています。上肢や手指の機能を補う目的の義手、身体の喪失感を軽減し痛みの発現を緩和させる目的の義手、センサを実装することで義手に触れた感触を生起させる義手などです。

 

車いすセッティング最適化のためのシミュレーター・設定可変車いすの開発

運動機能系障害研究部 河島 則天(のりたか)

 歩行に困難を伴う運動機能障害者にとって、車いすは脚がわりとなる重要な移動手段です。身体機能や障害の特徴に合わせて最適な車いす設定を行うためには、車いすの駆動原理を探り、安定した座位姿勢を確保した上で、安定駆動を行えるようなプロセスが必要となります。本開発装置は、車いす設定に必要な項目を、動力により自在可変させることができるものです。この装置を用いて、さまざまな車椅子ユーザーのデータを蓄積し、最適な車いす設定のアルゴリズム構築を目指しています。

 

重心動揺リアルタイムフィードバック装置BASYSの開発

運動機能系障害研究部 河島 則天(のりたか)

 ヒトが立っている姿勢を維持することは、本来、無意識に実現されるものです。しかしながら、加齢や疾患により、立つこと自体に労力や意図が必要となることで、転倒リスクの増加が生じます。本開発装置は、ヒトが立っている時の身体の揺れを制御信号に用いて、床面を動作させることで、動揺を減衰、または増強させて、姿勢調節能力を改善させることを目的としています。

 

歩きの特徴を捉える追尾型歩行計測システムの開発

運動機能系障害研究部 河島 則天(のりたか)

 二足歩行はヒトに特有な移動様式です。加齢や疾患によって、歩行動作には様々な停滞や困難が生じます。以前は、精度の高い歩行計測を行うために、研究室レベルでの特殊な設備を用いる必要がありました。本研究の開発システムでは、移動追尾型のロボットによって、10Mの歩行中の動作を捉え、ラボレベルと同等の計測・評価を実現することを目標としています。

 

脊髄完全損傷者用長下肢装具の開発(成人モデル・小児モデル)

運動機能系障害研究部 河島 則天(のりたか)

 脊髄損傷などにより歩行が困難となった障害当事者が、再び立って歩くことができる、あたらしい長下肢装具の開発を進めています。医療やリハビリテーション領域で用いられる義肢や装具は、構造や機能、外観デザインの面で、使用者のニードを充足できていない側面が多いのが現状です。ヒトの歩行運動の原理に基づいて、効率的な運動をアシストする機構設計と、「使ってみたい」と思わせる外観デザインを、両立することを意識して開発を進めています。

 

再生医療と連動した脊髄損傷者のリハビリテーションの取り組み

運動機能系障害研究部 河島 則天(のりたか)

 歩行の神経制御や中枢神経の可塑性についての研究成果を基に、脊髄再生医療と連動したリハビリテーション・プロトコルの確立を目指して臨床研究を進めています。現在、国立障害者リハビリテーションセンターでは、大阪大学医学部付属病院が実施する損傷脊髄への自家嗅粘膜細胞移植、札幌医科大学が実施する骨髄系幹細胞移植と連携し、再生治療とリハビリテーションの併用による慢性期脊髄損傷者の機能改善効果の検証を行っています。

 

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展示室E  F-115

義肢装具の試験評価

福祉機器開発部 石渡利奈

 福祉機器開発部、第一福祉機器試験評価室では、ユーザーの方が、より安全で十分に機能する義し装具を利用できるようにするため、義し装具の試験評価に関する研究を行なっています。具体的には、義し装具の試験方法に関する調査研究、実際の試験や、破損データの収集分析等をもとに、試験評 価法を開発しています。試験は、大きな力がかかった時に、義し装具が耐えうるかを調べる強度試験、長期間の使用に耐えうるかを調べ る繰り返し耐久性試験などがあります。

 現在、進行中のプロジェクトとして、近年、急速に実用化が進む三次元積層造形義し装具の試験評価の研究があります。本プロジェクトでは、三次元積層造形義し装具の実用化に関する国内外の動向調査、三次元積層造形義し装具の試験方法に関する調査、三次元積層造形義手の試験等を実施しています。三次元積層造形義手の試験からは、耐久性には、三次元積層造形パーツと、組み合わせて用いるゴムや糸、ネジ等の部品との相互の関係が影響し、本体に合った部品を用いることが重要であることが示唆されています。

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