第375号(令和6年秋号)特集
特集1『パリパラリンピックに込めた想い』
スポーツを通してみんなを元気に!~「負けず嫌い」の野球少年が掴んだゴールボール金メダル~【鳥居陽生選手】
企画・情報部 企画課 広報担当
2024年夏、パリで開催された2024パラリンピック競技大会。ゴールボール男子日本代表が金メダルを獲得し、日本中に感動を与えました。ゴールボールは、3人の選手が「アイシェード」と呼ばれる目隠しを装着し、鈴の入ったボールを互いに投げ合い、得点を競う競技です。静寂の中で行われ、選手達はボールの鈴の音や、移動の際のかすかな摩擦音などを頼りにボールの場所を予測します。攻撃側は、音を立てないように緩急巧みな投球で攻勢を仕掛け、防衛側は体全体を使ってゴールを守ります。
そんな、静かで熱い戦いを勝ち抜いた金メダリスト、鳥居陽生選手のインタビューをお届けします。
インデックス

鳥居陽生(とりい・はるき)選手 プロフィール
所属クラブチーム:ゴールデンスターズ
ポジション:ライト
神奈川県小田原市出身の20歳。幼少期から野球を続け、高校では野球部に所属。高1のときにレーベル遺伝性視神経症を発症し、中心暗点などの視覚障害が生じるも、部員として部を支え続ける。高2からゴールボールをはじめ、2023年に日本ゴールボール協会の強化指定選手、2024年4月にパリパラリンピック日本代表選手に選出され、2024年9月の本大会で金メダルを獲得。現在、国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局理療教育専門課程に在学中。


祝・金メダル獲得!周囲の反応は?
ーパリパラリンピック金メダル獲得おめでとうございます。決勝戦からまもなく1か月半が経過しようとしていますが、今のお気持ちはいかがですか。(取材日:2024年10月15日)
ありがとうございます。この間、選手達と会って話したときも、1か月という感覚がなくて、もう半年以上過ぎているのではないかというぐらいの気持ちです。
ー金メダルを獲得して、周囲の反応はいかがでしたか。
いろいろな方が声をかけてくださいます。日本に帰って練習中に、足を打撲したことがあったんです。地元に帰る予定があったので、地元の整形外科に行って、名前を書いて、先生に怪我の状況を話す中で、ゴールボールという競技をやっていると説明したら、「あ、あの記事で読んだ」と言われて。意外と知ってくださっている方がいて、声をかけてくれて、嬉しかったですね。
ー地元のお友達とはお会いになりましたか。
新聞の取材で「友人に取材したい」と言われて、高校のときの野球部の友達を紹介したんです。優勝して取材を受けてもらったので、地元に帰ったタイミングで、お礼をかねて一緒に食事に行きました。
まだ地元に帰ってゆっくり過ごす時間が取れていないので、会ったのはそのくらいですが、LINEやSNSで連絡をくれています。みんな喜んでくれて本当に嬉しいです。


国際大会初出場で9得点の快挙
ーふり返れば、昨年10月に行われた杭州2022アジアパラ競技大会では見事銀メダルを獲得されました。全試合に出場して9得点、攻守に大活躍だったと伺っています。センセーショナルな国際戦デビューとなったわけですが、日本代表として初めての国際大会、どのような気持ちで臨まれたのですか。
自分としても、一番若手で新人だったので、とにかく全力でやろうと思っていました。点を取ろうというより、自分のプレイを出し切ろうという気持ちで臨んで、それが得点につながった感じです。
国際大会では、得るものが多くありました。例えば、海外は背の高い選手が多く、パワーも違うので、色々な球を受けることができました。また、日本とは守備の形が違うので、自分の攻め方や、自分の投球がどこまで通用するかということを、大会を通して感じることができたのも大きかったです。
ー決勝で中国に敗れて惜しくも準優勝でしたが、選手の方々も、手応えはかなり掴んだとおっしゃっていたようですね。
中国はその前の大会でも負けた相手だったので、僕個人としても、チームとしても、今がどの段階なのかを確かめるような、腕試しの機会になりました。トップレベルの選手相手にどういう攻撃が有効なのか、色々探ることができたので、今回のパリで中国に勝てたというのもあると思います。
パリパラリンピックは和気あいあい
ーそして迎えた今回のパリパラリンピック。平常心を保つために工夫していたこと、秘訣などはありますか。
選手とのコミュ二ケーションを一番大事にしていました。一人の時間を大事にする選手もいますが、僕は自分の気持ちを大きく変動させないように会話をしていたい方なので、試合前の練習のときや、ウォーミングアップのときなど、選手同士で会話したりしていました。大舞台となると、普通緊張すると思うんですけど、僕、本当に緊張しないんです。体は多少緊張していたと思いますが、気持ちの面ではまったく感じていませんでした。緊張というより、楽しく感じていました。
ー音楽を聞いて集中するという方もいらっしゃいますけど、鳥居選手はみんなの輪の中で過ごす感じですか。
そうです。試合前は特にそういう感じでした。選手村にいるときは、音楽を聴いたりもしました。
ーどんな音楽を聴いていたのですか。
そのときは、同部屋の先輩と同じような趣味だったので、オリンピック関連の曲を聴いていました。「栄光の架橋」とか。今までのオリンピックで使われたような曲ですね。それでモチベーションを上げていました。曲を聴きながら頭の中で色々なシーンを思い浮かべて、成功のイメージを作ったりします。
ー先輩後輩の関係はいかがでしたか。
僕らの男子チーム自体が、野球部ノリというか、野球経験者もいて、和気あいあいとするようなタイプがそろっていました。日本代表6人の中で、僕が一番年下で、一番上は一回りぐらい離れている田口侑治選手なんですけど、僕と田口さんの仲がよくて、同世代のように一緒になってふざけている感じでした。みんなではしゃいだり、とにかく楽しかったです。練習のときや合宿でも、誰かが怒るような場面もなく、ずっと楽しくて。チームの仲がよいのも勝利の秘訣だったかもしれません。
(編集注)次の写真は、ゴールボール日本代表(愛称・オリオンJAPAN)で大活躍中の当センター卒業生・在校生の皆さんです。9月18日凱旋時のやわらかな笑顔からも、和気あいあいが伝わってきます。
左から、田口侑治選手、萩原直輝選手、萩原紀佳選手、鳥居陽生選手

所属チームの大会は「ぶっつけ本番」!?
ーゴールボールのチームとしての練習は、週にどのくらいですか。
日本代表の方は、合宿以外では、週2回夜に所沢市の市民体育館で練習しています。所属チームの方は、チームでの練習はほぼありません。僕らは拠点を作っていなくて、うち2人は代表選手ですが、それ以外の選手は各々練習するか、他チーム主催の練習に参加しています。社会人が多く、それぞれ忙しくて、時間や練習場所を特定するのも難しくて。チームとしての練習はほぼできないまま、ぶっつけ本番で大会に臨む感じです。
ーぶっつけ本番!?去年は日本選手権で優勝されていましたよね?
はい。去年も所属チームの練習は1回くらいだったと思います。近々また大会がありますけど、合わせる時間がないまま本番です。
(編集注)2024年11月の日本選手権で、所属チーム・ゴールデンスターズが2連覇を達成しました!
ーチームでの練習以外のときにはどんなトレーニングを行っていますか。お部屋にとても重そうなバーベルがあったのが印象的でしたが。
筋トレとかですね。練習が始まるまで市民体育館のジムに行ったりしています。部屋でもストレッチは毎日行います。あのバーベルは15キロで軽い方ですが、ウエイトトレーニングは体にダメージがあるので、休みを入れながら行うようにしています。
ー15キロで軽い方なんですね・・・

(編集注)次の写真6枚は、日本選手権で撮影した鳥居選手の投球の様子です。後ろ向きに振りかぶったかと思うと、素早く体を回転させ、遠心力を乗せたボールを放ちます。ものすごいスピードで、とてもカメラが追いつきません。この大迫力の投球を生み出すのが日々のトレーニングなんですね。






野球少年とパラスポーツとの出会い
ー続いて、鳥居選手のお人柄に迫ってみたいと思います。初めてお目にかかったとき、若いのに落ち着いていて、周囲への気遣いもあり、朗らかで、人間的な魅力のある方だと感じました。どのような育ち方をされたのですか。昔からそのような性格だったのですか。
いやいやいやいや、ありがとうございます(照)。わからないですけど、母の教育方針とかですかね。聞いたことはありませんが、僕がやることに対して、後押しをしてくれるような母です。
あとは、ずっと野球をやっていて、中学や高校は、上下関係や規律があるようなところでやってきたので、敬語とか、失礼のないように対応するというところは指導されてきました。中学のクラブチームも高校の部活でも、野球以外のところでも、人間性を磨けというようなところでした。
ー幼い頃はどのようなお子さんでしたか。
体を動かすことが好きだったので、ずっと外で遊んでいました。野球は幼稚園の年長ぐらいからやっていました。始めたきっかけを全然覚えていなくて、気づいたらボールを持っていた感じです。地元の少年野球のチームに入って、中学も外部のクラブチーム、高校は部活でやっていました。中学の部活は人数が足りなくて、他の中学校と合併すると聞いたので、本格的にやるためにクラブチームにしました。野球が好きというより、日常の中に野球があったような感じで、ごく自然にやっていました。
他の競技にはまったく目移りしませんでした。野球は、打ったり走ったり取ったり投げたり、道具も使ったりして、体の使い方が複雑で難しい、そういうところに惹かれたんだと思います。
ー野球少年だったんですね。野球ができなくなったときは?
13年間くらい野球をやっていたので、野球は人生の一部のような感じでした。目が悪くなって、野球ができなくなるかもしれないと思いましたが、「かも」の段階ならまだ可能性があるので、いつでも復帰できるようにとトレーニングを続けていました。ただの素振りは面白くないので、飽きないように工夫して、使っていないバットに重りを付けて振ったり、片手で振ったり、懸垂をするにも紐で重りを括って腰に巻いたりしていました。
完全にできなくなると考えたとき、自分から野球を取ったら何も残らないなと思いました。それで、他のスポーツに目を向けるようになりました。目立ちたがりの性格でもあるので、自分が目立てるようなスポーツを探していて(笑)、パラスポーツに出会いました。
ーゴールボールはどんな印象でしたか。
ゴールボールは、最初からこれ、という感じがあったわけではなかったんですが、やっているうちに、この競技だな、次に打ち込むのはこのスポーツだなという感触がありました。高校2年生の頃です。やるからには上を目指そうという気持ちになりました。
ー負けず嫌いの方ですか?
そうですね。負けとか黒星は好きじゃないです。もう、文字も好きじゃないです(笑)。負けず嫌いな部分はあると思いますね。負けても何か得られるものがあるはずだし、悔しい思いがあれば次につながると思うタイプです。負けを負けで終わらせたくない、負けがあったからこそ勝てたというのが僕のマインドです。
ー熱いんですね。心の中はすごく。
あまり感情を表に出していないと思うんですけど、競技に対しての熱量は結構ある方かなと思います。友達とじゃんけんをしても、結果は結果でいいけど、じゃんけんで負けたことが嫌だから、もう一回じゃんけんさせて、と言ったこともあります(笑)。
ーそれはもう相当な負けず嫌いですね(笑)。内に秘める闘志を垣間見ました。


倒立~できなかったことに挑戦したから今がある
ー試合前のルーティーンなどはありますか。
倒立です。倒立は、自分の中で一番大事にしているものです。練習前や試合前のウォーミングアップの際のルーティーンにしています。試合中のタイムアウトのときもやっていました。リラックスもできるし、集中もできるし、リセットもできて。色々な思いのあるルーティーンです。
倒立をするには、体幹やバランス感覚や腕の力が必要です。倒立してバランスの悪いところを確かめて、ちょっと腹筋を追加したり、腕であればストレッチを多めにやったりして調整したりもします。
目が悪くなって、今後、野球やパラスポーツができるとしてもかなり先のことだと思っていたので、その手前で小さな目標を色々作っていました。せっかくトレーニングをしているのだから、何か今までできなかったことに挑戦したいと思って、倒立の練習をしました。足で立てるんだから、手でも立てるだろう、同じ2点で立つだけだと思って(笑)。
大袈裟かもしれないですけど、「できなかった倒立をできるようにした経験」があるから、ここまでこられたのではないかと、今回の結果につながったのではないかと思っています。
ー倒立のお話は、他の記事でも見たことがありませんでした。伺えてよかったです。
そういえば、倒立については、あまり聞かれたことがありませんでした。実は、日本では放送されていなかったのかもしれませんが、パリパラリンピックの試合のとき、選手が入場した後、メンバーがひとりひとり紹介される場面がありました。僕ら日本チームは、今回の大会のために、それぞれがパフォーマンスを作って披露していたんです。一番力を入れていたというか(笑)、本当にそのぐらい完成度の高いものだったと思います。佐野優人選手は(ドラゴンボールの)「かめはめ波」のポーズをしたり。
そのときも僕は、「倒立して前転して侍ポーズ!」みたいなことをやっていました。海外の人に受けが良くて、嬉しかったですね。他の海外のチームはそんなに派手にはやっていなかったので、僕らだけでした。僕らとしてもそれを放送してもらって、皆さんに見ていただきたかったです。
(編集注)番外編にパフォーマンス再現動画があります。

これからの目標~スポーツを通してみんなを元気に!
ー選手として、これからどんなプレイを見てほしいなどありますか。
自分はどちらかというとオフェンス、攻撃側が得意です。自分の得意とする中バウンドのボール、相手を刺すようなバウンドボールや、コート内を自由に動き回るタイプなので、移動してからの攻撃などを見てほしいですね。海外選手は移動が少なく、移動したとしても、ゴールを伝っていったり、センターの人を触って位置を確認してから移動したりするんですけど、僕の場合そのまま行きます。
ーそう、確認しないで移動していました。どうして行けるんだろうと思いました。
あれは、味方が声を出してくれていたり、気配感だったりもありますが、練習によってできるようになりました。最初は、多少ぶつかったりかすったりするので、練習で精度を高めていきます。ゴールを伝っていくと擦れる音が聞こえたりするので、相手に気付かれないよう音を出さずに移動します。
あとは、僕だけかもしれませんけど、コート内ではあまり考えず、頭の中が真っ白な状態でやっているんです。フィーリングというか、気配などを感じながらやっているので、すぐ走っていく攻撃などは、体が勝手に動いています。先輩に聞いたら、色々目まぐるしく考えているらしいんですけど、僕は本当に全然考えていないんです。先輩には、逆にそれがいいんだと言われました。他の選手が考えないような動きをするので、相手も読みにくいのかもしれません。自分の発想というか、体が勝手に動いたところに投げているだけなので、うまくいくかどうかはわかりませんけど、マッチしたときは点が取れたりします。移動攻撃は得点率が高いと思います。
ーなるほど、「忍びの鳥居」ですね。鳥居選手の研ぎ澄まされた感性からの移動攻撃に注目したいと思います。最後に、我々ファンに向けてひとことお願いします。
ありがとうございます(照)。次の4年後は自分が軸になって、連覇の一員になるのが目標です。それに向けて、日々の生活を大事にしていくのもそうですし、スポーツを通して元気を届けられるような選手になりたいと思っています。それが僕の最終的な目標なので、そんな選手になれるように頑張っていきたいと思います。
野球をやっていたときも、プロを目指していたわけではなくて、目指していたのは小学生の頃から変わらず、レスキュー隊員なんです。僕の父がレスキュー隊員だったのもあって。目が悪くなって、レスキュー隊員にはなれないけど、今自分ができることで誰かの力になれるとしたら、スポーツを通じたものなのかなと思っています。
レスキューのオレンジの服が格好いいなと思っていて、今、日本代表のユニフォームのオレンジを着られているので(笑)、どこかつながっているのかなと思います。
-鳥居選手、本日はお忙しいところありがとうございました。これからも応援しています!!

(編集注)次の写真は、当センターの江黒直樹教官が、かわいい教え子でもある日本代表選手に囲まれ、金メダルを3つも首にかけてもらって撮影した贅沢な一枚です。
左から、萩原紀佳選手、鳥居陽生選手、江黒直樹教官、田口侑治選手、萩原直輝選手

番外編
インタビュー終了後、「倒立」についての話題で盛り上がり、なんとパリ2024パラリンピック選手紹介パフォーマンスを再現してくださいました。11月に行われた日本選手権大会の様子とあわせて動画にしましたのでご覧ください。
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(取材:企画課 秋山一敏)