第375号(令和6年秋号)特集
特集1『パリパラリンピックに込めた想い』
リハビリテーションの延長線上でのパラスポーツとの関わり
研究所 運動機能系障害研究部 神経筋機能障害研究室長 河島 則天
当研究室では、身体機能に障害を持つ方々の機能改善および生活の質の向上に資する研究開発を進めてきた。多数の障害当事者との長い関わりを持つ中で、リハビリテーションを終えた後にスポーツを楽しみ、さらに競技として取り組むことで活き活きとした生活を送るようになる様子を間近に接し、その意義を実感してきた。ここ数年は、医療・リハビリテーションに関する研究の傍ら、パラスポーツの科学的支援に関する研究を文部科研費研究のテーマとして進めるようになり、競技用具の開発やパフォーマンス計測などの競技サポートを行っている。本稿では、当研究室のパラスポーツへの関わりについて、パリパラリンピックに参加した選手への支援や経緯を交えて紹介する。
1 研究テーマとしてのパラスポーツ支援
パラスポーツは障害者が参加する余暇としての身体活動の延長線上で、競技試行をもって取り組む活動である。パラスポーツにおける競技力向上のためのトレーニングは、残存機能を駆使した身体能力の向上を目指すものであり、リハビリテーションの延長線上に位置づけられる。一部の身体機能に障害があっても、残存機能やトレーニングで鍛えた能力を駆使してパフォーマンスを最大化するプロセスは、単に競技記録の向上だけでなく身体へのケア、さらなる機能改善に結び付く重要・有益な取り組みであり、リハビリテーション期間を終えた後に生活の質や身体機能の維持を図ることを目的に含ませてスポーツ活動に参加し、楽しみ、挑むことは励行されるべき有意義な取り組みといえる。パラスポーツ競技では、障害や疾病による身体機能の障害を考慮したルール設定、クラス分けの工夫がなされており、車いすや義足をはじめとした特殊な競技用具を用いて競技に臨む。競技用車いすは、競技特性に応じた構造や機能が考慮されているが、選手個人の多様な障害特性に応じたカスタマイズが必須となる。当研究室では、ユーザーの障害特性や個人特性に応じた競技用車いすのセッティングと評価を行っている。競技用車いすは、よりアクティブな活動を支える重要な用具であり、日常用車いすの開発や評価で得た知見やデータをさらに積極展開する形で、競技用車いすの評価と設計論構築に取り組んでいる。

当研究室が行っている競技サポートの一例。競技動作の特性を把握するための動作分析を実施し、より高いパフォーマンスを発揮する上でのデータ検証と、選手への結果のフィードバックを行っている。
左上:パラ投擲・鬼谷選手
右上:パラフェンシング・櫻井選手
下:パラ陸上・伊藤選手
2 パリパラリンピック視察報告
2024年8月28日から9月7日の期間に開催されたパリパラリンピックには、当研究室で関わってきた選手が参加した。各選手は競技に臨むにあたり、使用する用具がレギュレーションに抵触しないかチェックを受けたり、事前に万全の体制で臨めるように身体だけでなく用具面の管理や整備を行うことが重要となる。また、本大会はこれまでに当研究室が開発してきた用具がいかにパフォーマンスに結実するかを見極めるための機会となるため、現地視察を行うこととした。
今回のパラリンピックは歴史的建造物、景勝地を使った会場が多く、コンパクトなパリ市内に会場が配置されており移動至便、どの競技もチケットほぼほぼSold outで会場熱気高く非常に高い盛り上がりを見せていた。パラフェンシングの会場となったグランパレは数週前に日本選手が活躍したフェンシングと同じ会場で、フランスの国技ということもあり会場の雰囲気は素晴らしかった。パラ陸上の会場となったスタット・ド・フランスの盛り上がりも素晴らしく、週末だけでなく平日でもスタンドに多くの観客が駆け付け、同じく高い盛り上がりを見せていた。
3 パリパラリンピックに参加した選手たち
〇鬼谷慶子選手(パラ陸上F53円盤投げ)
5年前に研究で関わりを持つ他院Drより紹介を受け、当初は身体機能の評価とリハビリ指針の提案などでの関わりであった。入院加療と継続治療中心の生活から、自宅での生活に戻るにあたりパラスポーツ参加への希望・意欲が聞かれ、陸上投擲競技を本格的に開始するにあたって当研究室が競技に用いる投擲台の試作を担当した。競技参加の本格化、パフォーマンス向上による動作範囲の拡大に伴って投擲台に求められる応力や機能が追加され、さらに競技会における用具チェックにおける指摘に応じてこれまで幾度もの改変を重ねた。
日常生活においては筋緊張低下と体幹・上肢機能の麻痺によって電動車いすでの生活を送っているが、競技場面ではそのことを感じさせない力強い投擲を見せ、これまでに国内大会、アジアパラ競技大会、世界パラ陸上の各ステップ毎に着実に記録と成果を重ね、今回のパリパラリンピックへの参加へと飛躍を遂げた。
本大会では全試技で自己ベストを上回り、中でも2投目は15m78cm(自己ベスト・アジア新記録)のビッグスローとなり、見事銀メダルを獲得した。
パリ大会には、ご家族が総出で応援に駆け付けた。リハビリでの関わりの時期には、ご両親、2人のお姉さん夫婦が代わる代わる付き添いで当研究室に来ていたが、当時はこうしてパラリンピックに出場するとは誰も想像していなかっただろうから、感慨もひとしおであっただろう。また、当センター職員の方々は既にご存知の通り、競技支援として献身的なサポートをしている夫の健太さんの存在をなくして鬼谷選手の競技活動を語ることはできない。
鬼谷選手はパラ競技のキャリア自体は短いものの、もともと学生時代に投擲競技を専門としていた経験、高い自身の技能への向上心、探求心がこの成果に結実した原因といえる。このことが評価されてか、本年のパラスポーツ大賞新人賞に選出された。

鬼谷選手のメダルセレモニーの様子
〇伊藤智也選手(パラ陸上車いす競技T52)
今大会の日本選手団で最年長選手であり、37歳に多発性硬化症を発症して以後、アスリートとしてトレーニングに打ち込んできたベテランアスリートである。ロンドン大会後に症状悪化により一度は競技を引退するも、東京大会に向けた競技復帰を決意、しかし大会直前に競技クラス変更(より軽度の障害クラスへの変更)という不遇を経験した。東京大会以降も自身の健康維持のためにトレーニングを続け、年齢的に身体機能の衰えが生じてもおかしくない61歳になっても自己ベストを更新し、パリ大会直前に再度のクラス変更によってパラリンピック出場を果たした。
当研究室は、東京パラ前から関わりを持ち始めて以降、パフォーマンス評価に基づくトレーニング指針立案と車いすセッティングの改変提案で関わりを持ってきた。進行性の難病を抱えながらの競技生活は多くの苦労と努力が想像されるが、パリ大会では400mで見事銅メダルを獲得し、日本選手として最年長のメダリストとなった。余談になるが、パラリンピックでのメダル獲得という成果に高い充実感を持つ一方、天候・コンディション万全の状態で臨むことができず自己ベストの更新には至らなかったため、大会直後の会話で「これまでに仕上げてきたフォーム、技術で今シーズンに自己ベストを出したい」という希望が聞かれた。
パリからの帰国1か月後に開催されたジャパンパラ陸上競技会では100m, 400m, 1500mの三種目に出場、何とすべての種目で自己ベストを更新するという驚きの結果を示した。加齢影響をものともせず過去の自分の記録への挑戦を続け、有言実行する伊藤選手の姿勢には、傍らで見ていると只々、驚きと尊敬を覚え、共に喜び会える関係性を持たせてもらっていることに感謝するのみである。
〇櫻井杏里選手(パラフェンシング競技)
研究連携で関わっている外部病院スタッフが担当していた元症例であり、12年前から関わりを始めた。当初は座位姿勢も取れない状態で、リハビリテーション期間を終えた後にも機能障害や痛みが残り、生活にも苦労が大きかったが、学生時代からスポーツ活動を積極的に行ってきた経験があったことから、リハビリテーション期間終了後にはパラスポーツに打ち込むことで、生活の質を高め、自己実現の目標を探すべく複数競技にトライした。その中で自らの関心と興味が合致するフェンシングの競技活動を本格化するようになり、現在はイギリスを活動拠点に、生活を律し、競技活動を最優先にアスリートとしての活動を行っている。
体幹機能の麻痺を持ちながらも車いす上でのダイナミックな動作を必要とする同競技のパフォーマンス底上げを目的として、当研究室では体幹の安定性を高めつつ競技に必要となる回旋動作を補助するためのコルセット型サポーターを開発、医療用サポーターの専門メーカーの技術協力を経て提供している。当研究室には帰国毎に来所、身体機能と競技場面の動作のチェックや開発サポーターの改良相談をすることに加え、転戦するワールドカップではライブ配信が行われるため、その様子を確認しながら大会前後に情報共有とアドバイスを行う関係を続けている。
初のパラ出場であった東京大会では、直前のケガで思うようなパフォーマンスを発揮できなかったことから、パリ大会には並々ならぬ意欲で臨み、非常に良い動きを見せていた。結果、メダル獲得にはあと一歩届かなかったものの、同カテゴリーの3種目すべてで金メダルを獲得した選手に、フルーレ種目準決勝であと1ポイントに肉薄する好試合を演じた。現場には私だけでなくリハビリ当時の担当PTも駆け付け、大会の様子を見守ることができたことは感慨深い経験・時間となった。
4 おわりに
パラリンピックは研究開発や科学支援の成果を確認する重要な機会であり、開発用具の価値や今後の課題を再認識するまたとない機会となった。サポートしている選手たちと密に関わり、試行錯誤とサポート尽くして同じ目標に向かい、本番でヒリヒリする瞬間を味わい、喜び、また、悔しい思いも共有できるのは、我々の仕事冥利に尽きる。1週間が非常に長く感じたのは充実感の表れだろうか。
各選手とも、新たな次の目標に向けた関わりを始めており、加えて彼らの活躍の後を追う選手たちのサポートも加えながら、パラスポーツの科学支援をさらに進めているところである。掲題の通り、当研究室が進めているパラスポーツの科学支援は、リハビリテーションにおける身体機能の改善や生活動作の獲得の延長線上に位置付けた取り組みである。パラスポーツで用いる用具や車いすの開発・評価は、障害特性や身体機能の理解の上に成り立っており、競技用車いすのセッティングや評価には、日常使用の車いすの評価と開発の経験と成果が大いに役立っていることを実感している。これまでの医療・リハビリテーション領域の研究で培った知見と成果をもとに、障害当事者がよりアクティブに生活する上での支援や環境整備へと繋げるべく、今後も引き続き研究開発を継続していく予定である。