〔研究所長就任挨拶〕 |
障害者の立場に立った研究を目指して |
研究所長 諏訪 基 |
去る3月30日に山内繁前所長が定年で退官され、後任として研究所長を拝命いたしました。自己紹介を兼ねて一言ご挨拶申し上げます。
平成15年4月に、情報技術を中心とした研究開発と研究所マネージメントに35年近く携わっておりました経済産業省の研究所(組織改革によって電気試験所、電子技術総合研究所、独立行政法人産業技術総合研究所と変遷をしています。)から、当研究所福祉機器開発部長に着任いたしました。研究所の陣容が小規模であるにもかかわらず福祉分野での存在感が大きいということに、3000名以上の規模の研究所から参りました私にとりまして驚きでありました。また、医学・工学・社会学・心理学等の学際的取り組みと、更生訓練所・病院・学院などの“現場”と連携して研究を展開できる環境が備わっていることは、障害のある人々のための工学研究を進める上で大変有利な環境にある研究所であると感じました。小規模ながら存在感のある活動を可能にしている一つの要因であり、今後も大いに活用すべき環境であります。この2年間、私は障害者福祉並びにその政策、障害のある人々の自立と社会参加を支援するための技術とその研究開発との現場などについていろいろ学ばせていただいて参りました。
研究所が取り組んでおりますリハビリテーション支援技術に関連する研究分野は、他の研究分野と比べると大変若い分野でありますが、2つの観点から大変重要であると主張しなければなりません。
第1は研究をする目的に由来します。リハビリテーション研究は人間の生活の質を左右する最も身近な課題を解決することを目的とした研究であります。このことは現代社会にとって大変重要な課題であります。
第2には、研究を進める姿勢に由来します。リハビリテーション研究では障害者の視点に立った研究展開を重要視します。たとえ学術的な興味をそそる研究課題であったとしても、障害のある人々に喜んでもらえる成果につながらない研究はリハビリテーション研究の世界では無意味であります。意味のある研究を進めるためには、障害者の立場に立って研究しなければ達成し得ないとの共通認識がこの分野では形成されています。このことは、これからの国が取り組むべき工学的研究開発のお手本でありますから、大変重要な取り組みといえます。
当研究所は、設立に関わられた多くの先輩を始め、故初山泰弘先生、山内繁前所長のご指導により、研究所の20年の歴史の中で研究の方向性と基礎理念を築いてきています。そこでは、「障害者の立場に立った研究開発」を研究の基本的方向性として、WHOが2001年に提唱した国際生活機能分類(ICF)の「社会モデル」の考え方を、世界の潮流に先立って取り入れています。その見識は誇るべき財産です。「障害者の立場」を基本とした研究スタイルは、同時に、科学技術研究開発の世界の潮流の先取りにもなっています。現在我が国の科学技術研究開発推進の理念として「社会のための科学」、「社会のための研究開発」が挙げられており、とかく研究者が陥りがちの、「科学のための科学」、「研究のための研究」になることを戒めています。当研究所におけるリハビリテーション研究は、「社会モデル」の取り組みの中でこの理念が先取りされて実践に移されてきています。
我が国の障害者施策においては、三障害の一元化を図るために施策の垣根を取り外すなど新たな展開を見せております。このような変化の時代にあって、これからも障害のある人々の自立と社会参加を支援するという本来のミッションを果たすために、研究所として新しいサイエンス・技術・考え方を発信し、次の時代をリードする役割を担って行くことが期待されています。そのためにも豊かな発想を持つ研究者集団が育つ研究環境のさらなる整備も必要となります。研究所が置かれている行政的な枠組みの中にあって、研究環境を国際的水準に少しでも近づけるためにも、今までの経験を少しでも活かすことができればと考えております。ご協力をよろしくお願いいたします。